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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィア室内合奏団(インテルプレティ・ヴェネツィアーニ)とサント・ステーファノ教会

10月4日(木曜)夜、紀尾井ホールにヴェネツィア室内合奏団の演奏を聴きに行ってきました。今年で連続7回目の来日になるそうです。知り合ったチェロ奏者のダーヴィデ・アマディーオさんはその7回連続の途中1回はヴェネツィア残留組になっていましたが、その時機ヴェネツィアに行くと姉上のソーニァさん(ヴィオーラ)や父上のジャンニさん(コントラバッソ)と合奏団を率いていました。
アマディーオ一家[アマディーオさん一家、サイトから借用。一家揃っての来日は、2008.07.03日の横浜みなとみらいホールで磯絵里子さんとのコラボの演奏会の時でした。この時はダーヴィデさんの奥方クラウディアさんも来日され、お会いしました。サン・ヴィダール教会では会場の受付におられ、よく席を取ってもらいました。リアルト橋の直ぐ傍が火事の時、予定していた道が通行止めで、大変大回りをして開演直前に会場に着きました。満席の中ダーヴィデさんの前の席が確保してありました。]

この楽団の設立は、団長のコニョラートさん(チェンバロ)により1987年の事だったそうで、今年で31年になるそうです。この楽団を初めて聴いたのは、私が1994年初イタリア行した時、サント・ステーファノ教会で聞きました。演奏後、直前に座っていた夫婦が“Magnifique !”と何度も叫んでいたので、仏人と判りました。素晴らしかったです。1994年の資料を捲ってみると、彼の名前がありました。ダーヴィデさんの演奏を聴き始めて24年にもなるようです。2012.09.25日のブログヴェネツィア室内合奏団で彼らの歴史等を書いたパンフレットを訳しています。
1994年9月20日サント・ステーファノでの演奏2度目彼らを聴いたのは、1996年サン・サムエーレ教会でした。大聖年の2000年に、リアルト傍のサン・バルトロメーオ教会での演奏時、教会前で煙草を吸っていたダーヴィデさんに声を掛けたことが縁で、この演奏団はヴェネツィアに行く度に必ず聴きに行くようになりました。今回演奏後、外に出て来た彼と話すと、楽器を新しくしたと言っていました。確かに音が大きく良く透ると思いながら聴いていました。

ここで初めての語学留学をして住んだ広場サント・ステーファノ(広場の裏です)のこの教会について、『Calli, Campielli, e Canali』のサント・ステーファノ教会の記事を紹介してみます。
地図―5 サント・ステーファノ広場[左、地図下方に、ヴェネツィア室内合奏団の本拠地であるサン・ヴィダール教会があります。現在ここが彼らの定期演奏会場です。右、ベルナルド・ベッロット画『サント・ステーファノ広場』――このサント・ステーファノ広場は古くは“サン・ステーファノ”広場と言ったらしく、ヴェネツィア碩学のアルヴィーゼ・ゾルズィ著『Il Doge』の中で、14世紀前の“San Stefano”とそれ以後の“Santo Stefano”が区別して表記されていました。事実“サン・ステーファノ騎士団”のような言葉があったようです(伊語文法はサント・ステーファノが正しいのですが)。] 

「教会と隣接する修道院は、1200年末サンタゴスティーノのアウグスティヌス修道会隠修士達により設立された。1325年教会が完成した後、1400年代半ば改築と建物の拡大があり、現在の姿に至る。この教会は、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パーウロ教会とゴシックの宗教施設の最重要の一つと考えられるフラーリ教会と共に尊重されていると言っても過言ではない。1400年代後半の入口大門の浮彫りは、B.ボーン工房の花咲けるゴシック様式の物である。」
  1. 2018/10/07(日) 13:27:57|
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ヴェネツィア室内合奏団(インテルプレティ・ヴェネツィアーニ)(6)

10月3日、紀尾井ホールでのヴェネツィア室内合奏団(インテルプレティ・ヴェネツィアーニ)の演奏を聴きに行ってきました。今年2月にヴェネツィアに行った時は、娘達のカーニヴァル案内やフェニーチェ劇場でのオペラ『ラ・ボエーム』観劇等で、彼らの演奏を聴く時間がうまく取れませんでした。
紀尾井ホール紀尾井ホール2今年は団長のパーオロ・コニョラートさん(チェンバロ奏者)がこのインテルプレティ・ヴェネツィアーニを組織されてから満30年になるそうです。私が初めてこの合奏団を聞いたのは1994年でサント・ステーファノ教会ででした。我々の前に座っていた仏人が“Magnifique !”と叫んでいました。2年後1996年はサン・サムエーレ教会で聞きました。2000年(?)11月リアルトのサン・バルトロメーオ教会でのコンサート時、演奏前、教会脇でこっそり煙草を吸っていたダーヴィデ・アマディーオさん(チェロ奏者)を見掛け、大胆に話し掛けました。

実はイタリア文化会館でニコーラス・デッサルド先生がイタリア音楽についての講座を開設しておられ、私も聴講していました。その年先生に誘われました。9~10月、ヴェネツィアでインテルプレティ・ヴェネツィアーニが『四季』を演奏する時、演奏に合わせて《四季の詩》を朗読するんだけれど、君もヴェネツィアに一緒しませんか、と。私は11月からザンブラー語学校でのイタリア語の勉強を決定していて、二の足を踏んでしまいました。そんな話をダーヴィデさんにしました。

その頃はレオーニ小広場のサン・バッソ教会でティケットやCD等を販売していました。その後、サント・ステーファノ広場のサン・ヴィダール(S.Vitale)教会が定期演奏場となり、ティケットもCDもここで扱うようになりました。奥様のクラウディアさんがそこの係で常駐しておられました。隣の広場のサン・マウリーツィオ教会が古楽器展示場として入場無料で開かれるようになりました。
サン・ヴィダール馬上の聖ヴィタリス  サン・マウリーツィオ古楽器[左側はサン・ヴィターレ教会、右側はサン・マウリーツィオ教会、両者サイトから借用]  合奏団の初来日の年月日を覚えていません(2000年?)が、東京で催されたコンサートへは必ず聴きに行きました。今回は2012年から連続して毎年の来日で6回目になります。ダーヴィデさんは必ず来日メンバーの一人という訳ではなく、銃後の守りでヴェネツィアでの演奏も大切な様子が分かります。2008年横浜みなとみらいホールでの演奏会の時は、父君のジャンニさん(コントラバス奏者)、姉上のソーニアさん(ヴィオラ奏者)と一家全員の来日でした。

今回、30周年記念故かアンコール曲を大サーヴィスしてくれました。その中でダーヴィデさんのチェロの『フォッリーア』もありました(演奏会曲目にはヴィヴァルディのヴァイオリン曲の“Follia”がありました)。終わった時思わず「ブラーボ」と叫びました。CDでは聞いたことはありましたが、この曲の生演奏は私は初めてでした。You tubeに曲があった筈で探してみました。この曲で今回の演奏の雰囲気を感じて下さい。Folliaです。この曲はスペイン生まれのFolliaを仏国チェロ奏者だったマラン・マレーが編曲したもので、彼の映画『めぐり逢う朝(Tous les matins du monde)』が思い出されます。
ヴェネツィア室内合奏団ヴェネツィア室内合奏団2[左はヴェネツィアの演奏会でのパンフレットからです]  演奏終了後楽屋に伺うと少し時間を割いて呉れました。奥様のクラウディアさん(団長のコニョラートさんの妹さんだそうです)が“Aspetta la cicogna”でサン・ヴィダール教会の売店から引退された後、息子のマリアーノ君の誕生をお聞きしました。その彼が今や大きくなって、父の衣鉢を継いでチェロをやってると語るダーヴィデさんの嬉しそうな表情でした。

奥様のクラウディアさんが出産前、合奏団と一緒に来日された時のことも思い出されます。彼女にはサン・ヴィダール教会でのコンサート時、いつもお世話になりました。私の兄妹達をヴェネツィアガイドした時など、6人分の席をダーヴィデさんの直ぐ前に確保しておいて呉れました。リアルト傍が火事で消防のため、狭い幹線の道が通行止めになった時は、大回りしてサン・ヴィダール教会に到着しました。演奏開始直前でしたが、クラウディアさんがダーヴィデさんの直前の席を確保して呉れていました。

私はテレビ東京の番組『Youは何しに日本へ』が何故か気に入り、深夜番組時代から見続けていますが、所謂ツアーの団体旅行をした事がないので、現地の人の情報で動く事が多く、かつて色々質問を発して接触した伊人の事を懐かしく思い出します。物怖じして引込み思案な人間も、未知の土地では口に出して教えを乞うしかなく、偶然の、個人的接触で知り合うという事態は私にとって驚異的な事でした。
  1. 2017/10/05(木) 00:01:05|
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ヴェネツィア室内合奏団(インテルプレティ・ヴェネツィアーニ)(5)とドイツ人商館

本日、伊文化会館アニェッリ・ホールでの、ヴェネツィア室内合奏団のマチネ・コンサートを聴きに行ってきました。彼らの来日コンサートは何度目になるのでしょうか。イ・ムジチを遥かに越していることでしょう。来年でインテルプレティ・ヴェネツィアーニ合奏団を結成して30年記念(1987年結成)となるそうです。
ヴェネツィア室内合奏団 1ヴェネツィア室内合奏団 2ヴェネツィア室内合奏団 3私がこのグループを初めて聞いたのは、1994年サント・ステーファノ教会ででした。1996年にはサン・サムエーレ教会で聴き、2000年にリアルトのサン・バルトロメーオ教会でチェロ奏者のダーヴィデさんと口を利くようになるまでは、ヴェネツィアの色々な楽団を聴きまくっていました。私にとって、フリードリヒ・ニーチェが言うように、ヴェネツィアとは音楽の代名詞でした。

サン・ヴィダール教会に拠点が定まり、ダーヴィデさんは奥さんのクラウディアさん(彼女が教会に張り付いて、楽団の入場券やCDの販売等を一手に引き受けていました。団長コニョラートさんの妹さんだそうです)を紹介してくれ、座席等をいつも確保して頂いていました、愛息のマリアーノ君の誕生による引退までは。

インテルプレティ・ヴェネツィアーニ(ヴェネツィア室内合奏団)については、今まで次のように触れて来ました。2008.07.15日のインテルプレティ・ヴェネツィアーニ(1)から、インテルプレティ(2)インテルプレティ(3)インテルプレティ(4)と。今年は町田市民ホールとか銀座ヤマハホールとか5ヶ所での公演だそうです。
フォンテゴ・デイ・テデスキまた10月1日ヴェネツィアでは日本でも知られたヴェネットーンが、リアルト橋のフォンテゴ・デイ・テデスキ(旧郵便局)の内部を改造して店をオープンすることが、La Nuova紙で取り上げられていました。ヴェネツィアの新名所の誕生でしょうか。
追記: 10月2日の《La Nuova》紙からフォンダコ内部ドイツ人商館屋上からオープンした内部と屋上からの眺め
  1. 2016/10/01(土) 23:40:01|
  2. 音楽
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インテルプレティ・ヴェネツィアーニ(ヴェネツィア室内合奏団)(4)

昨日イタリア文化会館で行われた、ヴェネツィア室内合奏団の演奏会に行ってきました。昨年に続き、3年連続の来日です。昨年はチェロ奏者のダーヴィデ・アマディーオさんはヴェネツィア本拠地の留守を守り、来日はなかったのですが、今年は来てくれました。
ヴェネツィア室内合奏団 表ヴェネツィア室内合奏団 裏当日の演目何年か前の横浜コンサートの時は、奥さんのクラウディアさん(団長のコニョラートさんの妹)同伴で、父君のコントラバス奏者ジャンニさん、ヴィオラ奏者の姉上ソーニアさんらを含めた演奏会でした。今回演奏会が始まる前、文化会館前の路上でばったり出会い、お喋り出来ました。

演奏はアントーニオ・ヴィヴァルディの『ラ・フォッリーア』で始まり、珍しくどよめきとスタンディング・オヴェーションで終わりました。私自身も大変感動しました。始まりの曲、ヴィヴァルディの『ラ・フォッリーア』をサン・ヴィダール教会で、ダーヴィデさんを中心に演奏する動画が Youtube にあります。次をどうぞ、ラ・フォッリーア(マラン・マレー編曲?)。
馬上の聖ヴィタリスサン・ヴィターレ(S.Vidal)教会祭壇画、カルパッチョ画『馬上の聖ヴィタリス』。この祭壇画前で彼らは演奏します。

数年前ヴェネツィアで、アッカデーミア橋を降りて、サン・ヴィダール教会前に差しかかった時、教会内部に眼をやると、祭壇で練習中のダーヴィデさんが気付いて手を振って呉れました。その後彼らの練習をずっと見ていました。練習風景を入口から見学してもいいのです。思い起こせば彼らの演奏を聞き始めて、今年が20年目となります。1994年、サント・ステーファノ教会で初めてこのグループを聴きました。前の席にいたフランス人夫婦が《Magnifique !》と叫んでいました。その2年後にはサン・サムエーレ教会で聞くなど長い歴史となりました。

インテルプレティ・ヴェネツィアーニ(ヴェネツィア室内合奏団)については、2012.09.25日のヴェネツィア室内合奏団等で今まで数回触れました。
  1. 2014/10/05(日) 03:42:09|
  2. 音楽
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シャンソン

今日の新聞を見ていましたら、仏国シャンソン歌手のイヴェット・ジローが97歳で亡くなったそうです。1955年に初来日し、’99年まで毎年のように来日した親日家だったそうです。厚生年金ホールのコンサートを思い出します。御茶ノ水駅前に、“ジロー”というシャンソン喫茶店がありました。イヴェットさんの冥福を祈ります。
ジローイタリアお宅になる前、第2外国語で仏語を勉強していた私は、近年パリに行った時、確認したいと思って見に行った、アポリネールのミラボー橋のことを思い出します。彼女の唄『ミラボー橋』を聞いていたからでした。歌詞を暗唱していたので、川面を見下ろしながら口遊みました。彼女の唄Le pont Mirabeaudを Youtube でどうぞ。

その他シャンソンと言えば思い出す歌手が彼女以外にもあります。前にもちょっと触れましたジョルジュ・ブラッサンス、そしてレオ・フェレらです。パリについてはパリ(1)、ブラッサンスについてはYoutubeの去年の雪、今いづこを、参考までにどうぞ。

今でもよく聞くコラ・ヴォケール(Cora Vaucaire)は、私にとってシャンソンのザ・ベストです。新宿・伊勢丹前にあったアート・シアターで見た映画『かくも長き不在(Une aussi longue absence)』の中で、イタリア出身という役柄でイタリア訛りの仏語を話すアリーダ・ヴァッリの女店主と浮浪者ジョルジュ・ウィルソンが彼女の喫茶店で、ジュークボックスの音楽でダンスをするシーン。流れる歌は、コラ・ヴォケールの唄『Trois petites notes de musique』です。私にとって、最高の仏映画でした。YouTube で、コラの歌をどうぞ。Trois petites notes de musique、日本題『小さな三つの調べ』。 

その他ムルージー(彼の小説が戦後翻訳され、素敵でした)、ジャン=ロジェ・コシモン、シャルル・アズナヴール等、聞きました。アズナヴールは聞くたびに、何故か映画『Tirez sur le pianiste』が思い出され、『Que c'est triste Venise(悲しみのヴェニス)』を聞きながら、思いをヴェネツィアに馳せます。Youtube でQue c'est triste Veniseをどうぞ。
  1. 2014/08/10(日) 17:07:09|
  2. 音楽
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プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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