イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

リアルト、サン・ジャコメート教会の時計

先日、6月5日のLa Nuova紙に次のようなニュースが掲載されました。
サン・ジャコメートの時計「 リアルト、サン・ジャコメート教会の古い時計の修復にロッククライマー達
――有翼の獅子が付いた時計の針が撓み、1422年製の歯車が損傷の危機――

6月5日、二人の修復師がサン・ジャコメート教会に設置されている、ヴェネツィアで最も古いと考えられている1422年製の時計の針を修復した。作業はアクロバット的技が求められ、通行人や物見高い人々の関心を呼んだ。事は太陽と時計の針の問題である。これは太陽の熱線で針が撓み、廻りながら時計の他の部分も傷付けてしまう惧れがあるためである。

リアルトのサン・ジャコメート教会の古い時計の修復作戦は、この芸術的な針が時の経過と共に摩耗したということ。太陽の熱線で、中央の有翼のライオン飾りの付いた針が撓み(多分悪天候故に)、1422年に遡る、24時間を刻む時計の文字盤が傷付けられ始めたのだった。 ……」
サン・ジャコメート教会[カナレット画『サン・ジャーコモ・ディ・リアルト教会』] [ヴェネツィアでは、サン・ジャーコモ・ディ・リアルト教会は、サン・ジャコメート(S. Giacometo)と愛称されています。]
  1. 2018/06/10(日) 10:00:20|
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学校対抗レガッタ

La Nuova紙によりますと、先日学校生徒間の対抗レガッタが催されたそうです。

「 ヴェネツィア、中学高校対抗櫂漕大会
――サン・ビアージョで明朝土曜日、第37回学校対抗の櫂漕大会が開催。120人の初心者の生徒達がカオルリーナ舟での2つの競艇。Ciniと市の共催――

櫂漕によるヴェネツィアの生徒達120人。明朝学校対抗レガッタが、2017年中断後、第37回目がやって来る。予定の競艇は2つで両者共にカオルリーナ舟。第1試合は中級の中学生が挑戦(申込みは10艘)、第2試合は小学生(9艘エントリー)。

折り返し地点のポールが設置されない、15分ほどの短いコース。チーニ=ヴェニエール・ヴィットーレ・ペッキーニの校長や教師サビーナ・ロエンツィーニ、ジョヴァンナ・ディアーナら、スタッフが見張り役。《我々は社会貢献を期待しているのです。》と、学校当局の責任者は語る。《こうした指導が広まること、ヴェネツィアの人口統計のデータが下降し続けていることを意識してのことです。》

《一度いいニュースがありました。》と、“ジョヴァンニ・ジュスト櫂漕”の代表取締役は言う。《昨年の中断後、我々は学校対抗レガッタを再組織することが出来ました。舟上に、上級生のみならず、中学の下級生まで組織出来たのです。》

第1試合は明朝10.15分、第2試合は11.45分出発して、サン・ビアージョ岸の大会事務局到着まで。 ……」
Vogalongaこのヴェネツィアの学生達の大会の1週間ほど前、恒例のヴォガロンガの行事がありましたが、私の都合で触れることが出来ませんでした。次の記事です。La Nuova 2です。
  1. 2018/05/28(月) 12:28:34|
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ヴェネツィアの現在: センサの祝日

昨日曜日はセンサの祝日(伊語でAscensione[キリストの昇天]の祭り―復活祭から40日後の木曜日。ヴェネツィアは直後の日曜日に変更しました)で、ヴェネツィアでは恒例の《海との結婚式》の行事が執り行われる日です。日曜日のLa Nuova紙から、この日の行事予定を訳してみます。
レガッタ「この週末、ヴェネツィア人が待ち望んでいる行事との出会いが今年もやって来た。2018年センサは時に、この町と海との結婚としてよく知られたイヴェントに次ぐ各種の行事が目白押しである。これは宗教的であると同時にスポーツ的で、櫂漕のチャンピオンシップを賭けたレガッタに代表されるスポーツである。

ヴェネツィアと海との結び付きは、今日ではシンボリックなものであるが、かつては商業航路とアドリア海の海外領土獲得のための軍用航路としての収入の源であったが、それは住民と旅行者に町の伝統を活性化させるための機会であった。

事実センサの祭りは、二つの重要な事件を思い起こさせる。総督オルセーオロ・ピエートゥロ2世が、1000年5月9日スラヴ人に攻められていたダルマツィアの人民への援軍と、総督セバスティアーノ・ズィアーニが教皇アレクサンデル(Alessandro)3世と皇帝フリードリヒ(Federico ⅠBarbarossa)1世赤髭王の間の平和協定を取り持った1177年の取り決めである。

Vera Spa(帆会社)によってうまく調整され、センサの祭りは一連の行事がうまく結び合って、本日の17時にはアドリア海の姉妹都市提携が始まり、歴史の流れの中でヴェネツィアと特別の関係があった都市や地域との繫がりを生かしたいとしている。

2016年のフィレンツェ、昨年のモンターナ・アゴルディーナ同盟との後、今年はクロアティアの都市、プーラ(Pola)、ウマグ(Umago)、ノヴィグラード(Cittanova)、メドゥリン(Medolino)、ロシーニ島(Lussino)、ツレス島(Cherso)、ラブ島(Arbe)とセレニッスィマ共和国との歴史的関係を強化する。

式典は総督宮殿で行われる。市長はアゴルディーナ共同体から指輪を受け、クロアティア海岸都市にそれを手渡す。続いてヴェネツィアとその千年の歴史が伝えてきた価値を活用し、信頼し、注意を喚起する抜きん出た行為、あるいは態度を世に示した三人の人物に、2018年センサのオゼッラ金賞の授与式がある。

日曜日当日には、センサ祭委員会の活動のお蔭で、1965年まで繰り返されてきた海との結婚式が再現される。9時30分にはサン・マルコ湾からセンサの水上パレードが出発する。

リードのサン・ニコロ教会前の海上に一度到着すると、総督の指輪を水中投下する海との結婚の儀式が10時30分に祝われる。それ故サン・ニコロ教会での宗教上の荘厳ミサは11時30分となる。

また9時からはサン・マルコ湾とリードのサン・ニコロの海岸の間は、レガッタ用となる。一番手は青少年のプッパリーン舟、9時45分は女子の2人漕ぎマスカレータ舟、次いで男子のレガッタは4人漕ぎのゴンドラ舟(10.30)。しんがりは12時からサンタンドレーア水上機停泊地で、schie とmaciarele のregata(レガッタ)となる。 ……」
[スキーエとマチャレーレの舟形は“regata delle schie”“regata delle maciarele”を図版で検索してみて下さい。]

海との結婚式の謂れについては、2010.04.24日のアッカデーミア美術館や2013.04.27~2013.05.13日の海との結婚式(1~4)等で色々に触れています。

追記: 日曜日のセンサの様子はLa Nuova 2でご覧下さい。
  1. 2018/05/14(月) 12:34:00|
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ヴェネツィアの現在: 鴎の被害

ヴェネツィアのユリカモメによる損傷事件をLa Nuova紙が伝えています。
鳥に襲撃される[カッフェ・フロリアーンの屋外席] 「 ユリカモメに襲われ、病院へ
――ある女性が憲法橋を渡っていた。大きな鳥が彼女からクルミの実を奪おうと唇を傷付けた――

胡桃を食べていると、彼女の口唇からそれを奪おうと鴎が飛び掛かり、傷を負わせた。凶暴な Magoga(水鳥―老婆の意も)の犠牲となったのは、カンパルトのデーボラ・ルカテッロさん。彼女は昨朝、息子の先生との面談のためにチェントロに向かっていた。10時40分頃、飢えた水鳥に襲われた。

《私はピアッツァーレ・ローマでバスを降り、面接時間に間に合うように朝食も摂らず、駅の方へ向かいました。カラトラーヴァ橋を越し、レジョーネ館下の軒下通りを潜る前、バッグに入れていた胡桃を取り出し、まだ朝食を食べていなかったので食べようと思いました。殻を剥き、軒下通りから出て、海岸通りに降りる最後の段に掛かった時、鴎が私に突進して来たのです。》と未だ冷めやらぬ驚天動地の思いの中で、ルカテッロ夫人は語っている。 ……」

近年鳩に餌をやることはサン・マルコ広場では禁じられ、屋台では売っていません。市庁舎のダンドロ=ファルセッティ館の右隣コルネール=マルティネンゴ・ラヴァ館は2階が市の結婚式場で、式終了後、門から出て来た新郎新婦に祝福の米を降り掛けました。その米を目当てに、訳知りの屋上に待機していた鳩達が一斉に飛び付いて来ました。突然の大群にびっくりしましたが、鳥嫌いの人はもう2度と…と言っていました。

妻はホテル・ダニエーレの屋上レストランで昼食をした時、矢張り鴎が飛来し、待機しているカメリエーレが撃退用の棒に布を付けて旗のようにして追い払ってくれたと言ってます。町中でも外で食事が出来るレストランでは、鳥達も判っていて、飛んできますが、人の方も準備万端、撃退用具の設置に余念はありません。一つには観光客の興味本位で、鳥に口移しで餌をやったりすることに鳥達が慣れ親しんだこともあるのでしょう。

私の住む八王子の浅川から、近年毎年飛来していた鴨の大群が冬場姿を見せなくなりました。他の水鳥も同様で、鷺の姿も数羽です。浅川をコンクリートで固めた護岸工事で、冬場は土の土手に潜って越冬する水中昆虫が激滅し、それを食べていた小魚、それを餌にしていた鳥達も住めないのに、小魚を乱獲する、住民の放した鯉が勝ってし放題なのです。川ではない単なる放水路になってしまったに違いありません。この近辺は多摩丘陵と浅川に挟まれて野鳥の宝庫と言われていました(天皇が学生時代、野鳥を見に来られたとか)。路傍の山野草(“雑”草などという日本の野生植物はありません)や自然の気ままな野鳥好きには言葉がありません。

La Nuova紙が以前掲載したラグーナの野鳥達の姿を、2、3掲げてみます。La Nuova 2La Nuova 3La Nuova 4La Nuova 5等です。2013.08.12日にヴェネツィアのフラミンゴについて触れました。
  1. 2018/05/13(日) 16:36:33|
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ヴェネツィアの現在: アックァ・アルタを止める

サン・マルコ寺院に入ると1966年のアックァ・アルタの時の大被害の模様が壁面に残る汚水の染みの痕から想像されます。当時の模様は2013.01.26日のアックァ・アルタ》(3)で触れました。2013.01.19日の高潮(アックァ・アルタ)(2)ではアックァ・アルタの発生原因について書きました。先日のLa Nuova紙は、サン・マルコ寺院への浸水を食い止めようとする工事を漸く始めようとすることのようです。
SMarco「 サン・マルコ寺院への高潮の浸入を止める。5月半ばには工事開始
――5月に大水の70%は食い止める特別バルブの設置――

サン・マルコ寺院はアックァ・アルタの襲来を受け、年平均900時間、水位が70~75cmとなる。この勝手な浸水を阻止すること。5月後半、この工事が開始される予定で、この大水が浸水しないよう70%を減じ、地下工事や水のフィルターによる排水溝を設け、寺院内を乾燥状態に保つ。

入口付近の高価な大理石やモザイク画には、高潮が85cmまで届かないようにする。広場からこの地点まで高潮が“雪崩れ込んで”いたからである。

工事はレオンチーニ小広場側から始まる。工事現場の基礎をそこに置き、工事として除去作業が進められ、寺院の周りに2.5mの帯状の地帯を考慮に入れる。 ……」
  1. 2018/05/07(月) 00:01:55|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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