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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアのニュース

先日のヴェネツィアの新聞《Il Gazzettino》や《La Nuova》紙に次のような記事がありました。
カッフェ・ドーリア「 70年続いた歴史的バールが閉店。中国人がレストランに改装
ファッブリ通りに開店していたもの。ヴェネツィア人はここで美味のコーヒーやアペリティフを味わった。温かい態度でサービスされ、リアルトとサン・マルコの間に住む住民や職業人等、沢山の人々がここで出会った。

今日が、カッフェ・ドーリアが開店してから最後の日となる。ファッブリ通りとサン・ルーカ通りが交差する角に位置し、店の経営者アンドレーア・カヴァッリーンとリッカルド・フェッロは最も店に通ってくれた顧客達に対して、お別れの会を提供することにした。彼らはガッゼッティーノ紙を片手にブリオーシュでコーヒーを飲み、その日半ばには軽食・おやつ、夕方にはアペリティフ(各種スプリッツ)というバールの定番をここに見出していたのである。 ……」(Il Gazzettinoより)

「 サン・マルコ広場でカ・フォースカリ大学卒業生1148人の卒業式。一大スペクタクル
サン・マルコ広場での伝統的な卒業式がまたやって来た。カ・フォースカリの、優に1148人の卒業生が、友人や両親等と共に広場――学長ミケーレ・ブリェーズィ教授の前に――参集した。大式典である。

よくあることだが、新卒生の古典的丸帽(tocco)の放擲である、帽子の投げ上げの瞬間は、不思議な感である。今や大学の恒例となった式典の特別賓客はエンリーコ・メンターナだった。《我が国は非常に古い国家である。イタリアは強力な世代交代を必要としている。我々は諸君を熱狂的に支持している。》と著名なジャーナリストは訴えた。 ……」(Il Gazzettinoより)

またサンタ・マリーア・デッラ・サルーテ(マドンナ・デッラ・サルーテとも)教会のお祭り(11月21日)を前に、サン・マルコ側からドルソドゥーロ側への渡河の橋、Ponte votivo(奉納橋)が完成し、総大司教の祝福を得て、自由に渡橋出来るようになったと《La Nuova》紙にあります。この仮橋はレデントーレ教会祭日のために架かる交通止めとなる仮橋と異なり、ヴァポレットが下を潜れるようにアーチの橋に設置されます。
  1. 2018/11/18(日) 18:43:31|
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美術館での服装

先日の新聞La Nuova紙に次のような記事が出ていました。

「 ヴェネツィアのティントレット展で、安全のために帽子は禁止
――総督宮殿で行われた宝石展で、大量の宝石類が略奪されたことを受け、入場者全員顔を晒すこと――

ティントレット展で帽子は禁止。作品から安全な距離を越えないことは、あらゆる美術館で有効であるが、新しい規則は総督宮殿の展覧会場での態度振舞いを制することとなる。観客は頭にいかなる物も被ることは禁止となる。 ……」
マハラジャ今年1月5日のブログで書きました、総督宮殿で催された《ムガールとマハラジャの宝石》展で大量の宝玉類が盗難に逢い、監視カメラにその模様は撮影されていたのですが、帽子を被った盗人の表情は知れず、未だに犯人捕獲は出来ずにいます。それを受けて、今後は展覧会等はこの被り物禁止の方向で処されることになるのでしょうか?
  1. 2018/09/23(日) 10:34:08|
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サン・ジャコメート教会の時計

2018.06.10日のブログに書いた、リアルトの1422年製のサン・ジャコメート教会(伊語はサン・ジャコメット)の時計が修復に入った記事から3ヶ月。摩耗した内部の機械部分を含めて修復が完了し、時計は再び次の600年の稼働を開始した記事が、La Nuova紙に出ました。
サン・ジャコメートの時計「 サン・ジャコメット教会の修復、古い時計の修復も完了
――6世紀弱の命が蘇る。ザーネ曰く《技術者の方々、有難う。皆全員でお祝いしましょう》――

サン・ジャコメットの時計が救われた。修復のデリケートな仕事、スポンサーに経済援助され、一つの仕事が完了した。文字盤の針はこの種では特殊であり、また元の場所に戻されるが、多分先週には仕事は終わっていただろう。 ……(以下略)」 
サン・ジャコメート教会[カナレット画『Campo S. Giacometto(サン・ジャーコモ・ディ・リアルト教会)』――ヴェネツィアでは、サン・ジャーコモ・ディ・リアルト教会は、サン・ジャコメート(S. Giacometo―ヴェ語)と愛称されています。]
  1. 2018/09/17(月) 12:45:54|
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ヴェネツィアの現在: アッカデーミア橋修復完成

2018.02.20日のブログでアッカデーミア橋の修復工事の開始を書きましたが、半年近くで工事は完了し、この程市長のテープ・カットで普通に渡橋が可能となったそうです。La nuova紙でどうぞ。
アッカデーミア橋完成「 アッカデーミア橋、御目出度う。Luxotticaの修復のお蔭
――8月29日(水曜日)朝、総大司教モラッリャの代理オルランド・バルバロは、完成を祝福した。市長とLuxotticaはテープ・カットをした。そして人々は最早足場等なくなったアッカデーミア橋を渡った――
旧、鉄製アッカデーミア橋[ヴェネツィアを占領していたオーストリア軍が造った初代の鉄橋]  (関係者のセレモニー記事は略)
1933年に完成したアッカデーミア橋は、緊急に修復を要した事態だったのであり、唐松材を使用して完成した。この機会に市長は、この企業が自社の名前を全然表明しようとしない謙虚さに言及した、《大いなる高潔さと謙虚さを示している》と。

ブルニャーロ市長は更に付け加えて、修復作業とは、ヴェネツィアが独り誕生したのではなく、内部に大都市としてのシステムを内蔵していたことの証である、と。 ……」
[アッカデーミア橋の歴史については、2010.04.17日のアッカデーミア橋で触れています。]

ヴェネツィアの甃(他のイタリアの街の甃同様)を歩いていると、人は大抵その硬さに足の裏が疲れるものです。この木製の橋を踏んだ時、そのタッチの柔らかさにほっとするものです。資金不足で石の橋に出来なかったのですが、それ故か実際この橋を渡った人々の感想は、木製の方が良かったというものだったそうです。
  1. 2018/09/03(月) 01:02:02|
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ヴェネツィアの現在: リアルトの魚市場

ヴェネツィアに行く度に、必ず顔を覗かせる場所の一つにリアルトの魚市場と野菜市場があります。初めて語学学校に手続し、アパートを借りて、食品の調達に通った市場です。語学学校のあるサンタ・マルゲリータ広場にも野菜や魚の屋台が並び、利用した事はあります。カンナレージョのトゥレ・アルキ橋傍にアパートを借りた時も、サン・レオナルド埋立通りに出店する沢山の屋台店を通り越し、サンタ・ソフィーア広場からトゥラゲート(tragheto)の渡し(当時0.5ユーロ)に乗って対岸のペスカリーアまで通いました。何しろ初ヴェネツィア行の時、知り合った当時中学生だったジャンニが魚屋さんで働いているからです。今や彼も小父さんです。

ある日友達になったファビアーナがジャンニの魚屋で、それもジャンニの前で魚を買っていました。ジャンニと知り合いである事に驚いていましたが、パードヴァの友人に魚を買ってくれるよう頼まれたとメモを見せられました。肉食の彼女は魚を買ったことがないらしく、お金が足りなくなったと言って、近くに事務所を持つご亭主に電話していました。ヴェネツィアでも珍しく生食(pescecrudo)する《海のトリュフ》、ヴェネツィア語でカパロッソロ(caparossolo/caparozzolo=伊語cappa verrucosa、まるすだれ貝科アラヌノメ貝。大変高価です)を煮て食するというヴェネツィア人もいるように、全ヴェネツィア人も魚に詳しい訳ではありません。そんなペスカリーアについて数日前La Nuova紙が語っていました。

「 ヴェネツィアの魚市場、危機。《我々を援助して呉れなければ、我々としてはどうしようもない》
――リアルト。かつて屋台が18ヶあったのが、現在、半分。2台が備品込みで4万ユーロで売出し中――

フズィーナへの移転にNOを表明するため、2011年に出来たペスケリーア(魚市場)[ヴェ語ペスカリーアPescaria]の吹き流しの旗が盗まれた。深夜何者かが聖マルコの書の中に書かれた、それにぴったりの訓戒を破ってしまったのだ。《Rialto no se toca》。その場所には、我々を苦しめてくる前兆が残った。それは魚市場が少しずつではあるが、後には何も残らない、ということである。

不動産屋が店頭に貼り出した広告は、危機的状況を裏付けるものだろう。《著名なリアルトの魚市場の屋台2台売りたし。用具一式込みで4万ユーロ》。1台が2万ユーロだが、屋台を売ろうとして最後には譲ってしまったことを声高に言う人には1万ユーロだと。
Pescaria[魚市場、1980年代の賑い]  15年前、1台が10万から15万したことを考慮すれば、最低の値段である。ヴェネツィア人で溢れ返る1980年代の写真と比較すれば、それは警告である。今日では人間よりも鷗のお客さんの方が多い状況で、18台あった屋台が今や2分の1である。

町は人口や歴史的店舗や工房の減少状況に遭遇しているが、魚市場は閉鎖という事態に追い込まれるのだろうか? ……」
  1. 2018/08/20(月) 00:04:42|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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