イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

『ヴェネツィア幻視行』

ジャネット・ウィンタースン著『ヴェネツィア幻視行』(藤井かよ訳、早川書房、昭和63年7月31日)を読みました。ナポレオンに憧れ、彼の召使いとなったアンリは、ヴェネツィア生まれの娘ヴィラネルと出会い、恋に落ちます。ヴィラネルのヴェネツィアとはどんな?
ヴェネツィア幻視行「……わたしは夜が好きです。ヴェネツィアではずっと昔、わたしたちが独自の暦を持ち、世界に超然としていたころでは、一日は夜始まったものです。わたしたちの商売も秘密も外交も暗闇が便りという時に、太陽が何の役に立つというのでしょう? 闇の中で人は変装しますが、ここは変装の都なのです。

あの頃(わたしにはそれを時の流れの中に置くことができません、何故なら時間は昼の光と関わりあっているからです)、陽が沈むとわたしたちは戸口を開け、火屋(ほや)をつけた明りを舳先にかかげ、滑るように漕いでいったものです。

その頃はここの船は全部真黒で、止まっても水に跡一つ残さなかったものでした。わたしたちの町が取引きしていたのは、香料や絹。エメラルドにダイヤモンド。国家機密。わたしたちが橋を造ったのは、水の上を歩いて渡るのを避けるためだけではありません。そんなにはっきりしたものじゃないのです。

橋って人の集まる場所です。中立的な場所です。気のおけない場所です。仇敵同士が出会いの場に橋の上を選び、この中立の場で決着をつけるという場所なんです。一人は向こう側に渡れる。もう一人の方は戻ってこないでしょう。恋人たちには、橋は一つの可能性であり、自分たちのチャンスの隠喩なのです。そして、ひそかに品物を運搬するためには、夜の橋ほど適当な所が他にあるでしょうか?

わたしたちは哲学的な人間で、貪欲と欲望の本質に精通し、神と悪魔の双方と手を握っています。そのどちらも離したくないんです。この生きもののような橋が全てをそそのかし、人はここで魂を失ったり、見つけたりもするのです。……

大運河(グランド・カナル)[普通はカナル・グランデと言っています]はもう野菜船で賑わっています。遊びにきているのはわたしくらいのもので、他の人は積荷を固定したり、友達と議論する合間に、物珍しげにこっちを眺めています。あの人たちはみんなわたしの同朋、だから気のすむまで眺めても結構です。

わたしはリアルト橋の下まで漕いでゆきます。この風変わりな橋は途中で切れていて、街が二つに分れて戦闘状態になったとき、
街の半分との往来を止めるために、引き上げることができるのです。この橋が上げられれば人々は封じ込められて、ついには親子とか兄弟ということになってしまうでしょう。だが、これが逆説の運命というものでしょう。

橋は結び合わせるのが、分つものでもあります。……

大時計のムーア人の人形がハンマーを振りあげ、交互に振りおろします。まもなく広場には人がおしよせ、暖かい吐く息が立ちのぼって、頭上に小さな雲ができることでしょう。わたしの息は火龍のように、まっすぐ前に吐き出されていきます。先祖たちは水辺のあたりから叫び声をあげ、サン・マルコ寺院のオルガンが響き始めます。

凍結と融解のはざまに。愛と絶望のはざまに。恐怖と性欲の間に、情熱は存在しています。わたしは櫂を水の上に平らに置きます。一八〇五年の元旦です。 ……」
  1. 2018/06/07(木) 00:51:33|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

ヴェネツィアの本: ヴェネツィアの今が記述された

内田洋子さんといえば、『イタリアン・カップチーノをどうぞ』(PHP研究所)以来、イタリアのあれこれを著述出版されて来た方ですが、今回『対岸のヴェネツィア』(集英社、2017年11月7日)を見付け、読んでみました。ミラーノ在住の内田さんはこの本を書かれるに当たり、わざわざヴェネツィアにアパートを借り、生活されたようです。
内田洋子『対岸のヴェネツィア「……日帰りで訪れることができるのに、なぜ住んでみようと思ったのか。
『今さらヴェネツィアでもないでしょうに。二週間もいれば、それで十分ではないですか』
引っ越しを告げると、人から呆れられた。たしかに見知らぬ町を訪ねて相当に魅力的でも、引っ越しまでしてもっと知りたいと思うことは少ない。

ところがヴェネツィアは違った、一泊二泊と滞在日数を増やすにつれ、唯一無二の魅力にますます気圧された。一生のうちでは到底知り尽くせない、とすら思う。いればいるほど、いたたまれない気持ちになる。矛盾した思いで、毎回町を後にしていた。それは、書店や図書館を出るときの気持ちとよく似ていた。

〈生きているうちに、このうち何冊を読めるのだろう〉

読書に冊数の多少は関係ない、と自分に言い聞かせつつも焦る。未読の本が待っている、と喜べばいい。ヴェネツィアも来るたびに、無尽蔵の魅力に打ちのめされる。未踏の地があっての冒険だろうに。

住み始めると、焦燥感はなおさら強まった。足が路地を覚え、風向きや潮の匂いで空模様を当て、運河の水の色で時刻がわかるようになると、町はますます遠のいていった。

ヴェネツィアは、扱い難い女性だ。自己本位の若い女ではない。酸いも甘いも噛み分けた老熟の女性である。知れば知るほど、謎めいている。いま華やかに談笑していたかと思うと、次の瞬間には暗がりで黙って座っている。その揺れ幅と不可解さに惹かれる。追い掛けては見失う。期待と失望を繰り返し、気持ちの休まるときがない。

ヴェネツィアが常に湿っているのは、ただ水に囲まれているからだけではないだろう。この町の奥には、倦怠感が潜んでいる。熟れた吐息が漂う。 ……」

かつて須賀敦子さんの著書を読んだ時、ヴェネツィアに住んでいらっしゃればそんな事は絶対に書かれる筈はないと思われる事が書かれてあり、非常に残念だったことがありました。流石、ジャーナリストは違うと今回思いました。やはり土地を知るには、その地に住まないとその細密な機微に触れることが出来ないのでは、と痛切に教えられました。

私の伊語の先生のお一人はフィレンツェに10年住まわれた方でしたが、ヴェネツィアのザッテレ海岸通り(Zattere―かつて筏等の陸揚げが行われていたことからこの名が残ったらしい)を、単なるzattereと誤解され、通り名でなく訳されたことがありました。ヴェネツィアに一ヶ月でも住んでおられればと思ったことでした。

しかしヴェネツィア観光するにはこんな些末な事は全然関係ありません。
  1. 2018/03/07(水) 18:03:06|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――ヴェネツィア文芸本一覧(和訳本)

ブログ満10年となり、この節目に定期的(毎週木曜日)更新を終了することにしました。以前2011.05.07日のヴェネツィア本》(1)~2011.05.28日のヴェネツィア本》(4)とヴェネツィア関連本をリストアップしましたが、この際今まで取り上げた文芸本もリストにしておきます(掲載日、新→古の順です)。

『書物の夢、印刷の旅――ルネサンス期出版文化の富と虚栄』(ラウラ・レプリ、柱本元彦訳、青土社、2014年12月10日)
『カルニヴィア1 禁忌』(ジョナサン・ホルト著、奥村章子訳、早川書房、2013年9月15日)
『ヴェヌスの秘録』第1巻《水底の仮面》(タニス・リー、柿沼瑛子訳、産業編集センター、2007年3月31日、他第4巻まで)
『ストラヴァガンザ 仮面の都』(メアリ・ホフマン、乾侑美子訳、小学館、2010年7月4日)
『水冥き愁いの街(みずくらきうれいのまち)――死都ヴェネツィア 龍の黙示録』(篠田真由美、祥伝社、平成18年5月20日)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』(要書房、昭和二五年四月)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、板垣鷹穂『イタリアの寺』(芸文書院、大正一五年一一月)中の《小寺小品》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、牧野英一『海を渡りて野をわたりて』(日本評論社、昭和二年一一月)中の《マルコの広場》
『みどりの小鳥』(河島英昭訳、岩波書店、一九七八年四月二七日)、《イタリア民話選》として
『ヘミングウェイとパウンドのヴェネツィア』(今村楯夫/真鍋晶子、彩流社、二〇一五年一月二十日)
『齋藤茂吉全集』第一巻(岩波書店、昭和四十八年一月十三日)、第四歌集『遠遊』中の《伊太利亜の旅》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、斎藤茂吉『三田文学』(大正一五年八月号)に掲載した《ヴェネチア雑記》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、成瀬無極『夢作る人』(大正十三年七月)中の《伊太利小景》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、河東碧梧桐『異国風流』(大正九年)
『遊び人の肖像』(フィリップ・ソレルス著、岩崎力訳、朝日新聞社、1990年12月20日)
『フロイトのイタリア――旅・芸術・精神分析』(岡田温司、平凡社、2008年7月25日)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、田中耕太郎『南欧芸術紀行』(文藝春秋新社、1952年刊)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、歌人与謝野晶子の夫、与謝野寛(号、鉄幹)のイタリア旅行記《ヴェネチヤ編》(明治45年)
Zeppelin, citta` raccontate da scrittori シリーズ中の『Venezia』(Valerio Bispuri, Luciano del Sette 編)に、メルヴィルの《ヴェネツィア滞在記》
Giuseppe Nalin『Fiabe veneziane(ヴェネツィア昔語り)』(Corbo e Fiore Editori-Venezia、1995)、見開きでヴェネツィア語とその伊語訳が対照的にページアップされたもの。その中の『La fiaba dello sciocco(馬鹿息子の昔話)』
『ヘルマン・ヘッセ全集 16 全詩集』(日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会編、臨川書店、2007年4月30日)
『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』(ロバート・クーヴァー、斎藤兆史・上岡伸雄訳、作品社、2012年9月30日)
『世界名詩集 12巻』(平凡社、昭和四十三年五月二十五日)中、テオフィル・ゴーチエ『七宝とカメオ』(齋藤磯雄訳)
Marina Vlady『Le collectionneur de Venise(ヴェネツィアのコレクター)』(Editions Fayard、1990.05.)
アンリ=ルネ=アルベール=ギ・ド・モーパッサンの紀行文『Venise』(1885.05.05)をティツィアーノ・スカルパはその著書『Venezia è un pesce(ヴェネツィアは魚だ)』(Universale Economica Feltrinelli、2003.10)中に掲載しています
『スターバト・マーテル』(ティツィアーノ・スカルパ著、中山エツコ訳、河出書房新社、2011年9月30日)
Diego Valeri『Guida sentimentale di Venezia(ヴェネツィア・センティメンタル・ガイド)』(Passigli Editori、1997、古い版の新版)
『ジンメル・コレクション』(北川東子編訳、鈴木直訳、筑摩書房、1999年1月12日)/平凡社ライブラリー文庫『ジンメル・エッセイ集』(川村二郎訳、1999年9月)
『表象のヴェネツィア――詩と美と悪魔』(鳥越輝昭、春風社、2012年11月21日)
『ヴェネツィア 詩文繚乱――文学者を魅了した都市』(鳥越輝昭、三和書籍、2003年6月30日)
『ヴェネツィアの光と影』(鳥越輝昭、大修館書店、1994年8月1日)
『生きている過去』(アンリ・ド・レニエ著、窪田般彌訳、岩波文庫、1989年11月16日)
『チャンドス卿の手紙 他十篇』(ホーフマンスタール著、檜山哲彦訳、岩波文庫、1991年1月16日)中の『美しき日々の思いで』
『ピエタ』(大島真寿美、ポプラ社、2011年2月18日)
Aldo Bova『Venezia――I luoghi della musica』(Scuola di Musica Antica Venezia、1995)
『アスパンの恋文』(ヘンリー・ジェイムズ著、行方昭夫訳、岩波文庫、1998年5月18日)
『ヴェニス 光と影』(吉行淳之介X篠山紀信、新潮社、五十五年十月二十日)/學燈社版で再販
『ニーチェ全集 第十六巻』書簡集・詩集(塚越敏・中島義生訳、理想社、昭和45年5月25日)
『齋藤茂吉全集』第一巻(岩波書店、昭和四十八年一月十三日)
『藝術にあらわれたヴェネチア』(平川祐弘、内田老鶴圃、昭和三十七年十月二十日)
Roberto Bianchin『Acqua granda―Il romanzo dell'alluvione(アックァ・アルタ―大洪水の物語)』(Filippi Editore Venezia、1996)
『ピサ詩篇』(エズラ・パウンド、新倉俊一訳、みすず書房、2004年7月15日)
Pietro Buratti『Elefanteide』(Filippi Editori Venezia、1988)
『ヴェネツィアで消えた男』(パトリシア・ハイスミス著、富永和子訳、扶桑社ミステリー文庫、1997年2月26日)
『ヴェネツィアの石――建築・装飾とゴシック精神』(ジョン・ラスキン、内藤史朗訳、宝藏館、2006年10月20日)
『ヴェネツィアの薔薇――ラスキンの愛の物語』(ミッシェル・ロヴリック&ミンマ・バーリア著、富士川義之訳、集英社、2002年1月30日)
『決定版 ロシア文学全集 3』(ツルゲーネフ『父と子』『その前夜』『初恋』米川正夫訳、日本ブック・クラブ、1969年9月20日)中の『その前夜』
『鷗外全集 第二巻』(岩波書店、昭和四十六年十二月二十二日)中の『卽興詩人』
『世界名詩集大成 9巻』イギリス1(平凡社、昭和34年10月20日)、ワーズワース『 ヴェニス共和国の滅亡に際して』(前川俊一訳)
『スターバト・マーテル』(ティツィアーノ・スカルパ、中山エツコ訳、河出書房新社、2011年9月30日)
『ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する』(ダナ・レオン、北條元子訳、講談社文庫、2005年4月15日)、ブルネッティ警視シリーズ
『死のフェニーチェ劇場』(ダナ・レオン、春野丈伸訳、文藝春秋、1991年7月)、
『異国に死す』(ダナ・レオン、押田由起訳、文春文庫、1998年3月)
『ヴェネツィア殺人事件』(ダナ・レオン、北條元子訳、講談社文庫、2005年4月15日)
『ヴェニスの街のなんと哀しき――』(ソランジュ・ファスケル、榊原晃三訳、人文書院、1995年6月30日)
『ゆるぎなき心』(フィリップ・ソレルス、岩崎力訳、集英社、1994年5月25日)
『鷗外全集 第十一巻』(岩波書店、昭和四十七年九月二十二日)中のアンリ・ド・レニエ『復讐』
『即興詩人』(アンデルセン、神西清訳、小山書店、昭和33年3月31日)
『ヴェネツィアの恋文――十八世紀、許されざる恋人たちの物語』(アンドレア・ディ・ロビラント、桃井緑美子訳、早川書房、2004年6月30日)
『カザノーヴァ』上・中・下巻(ヘルマン・ケステン、小松太郎訳、角川書店、昭和38年11月20日)
『修道士マウロの地図』(ジェイムズ・カウアン、小笠原豊樹訳、草思社、1998年4月1日)
『歌手コンシュエロ――愛と冒険の旅』上・下巻(ジョルジュ・サンド、持田明子・大野一道監訳、藤原書店、2008年5月30日・6月30日)
『本当の話』(ソフィ・カル、野崎歓訳、平凡社、1999年10月20日)
『デカメロン』その三(四日目第二話)(ボッカッチョ、野上素一訳、岩波文庫、1957年2月5日)
『特命全権大使 米欧回覧実記 四』(久米邦武編、田中彰校注、岩波文庫、1980年8月18日)
『特命全権大使 米欧回覧実記 4 ヨーロッパ大陸編・中 1871-1873』(現代語訳普及版、久米邦武=編著、水澤周=訳・注、米欧亜回覧の会=企画、慶應義塾大学出版会、2008年6月20日)の《後注》
Bruno Rosada『Donne veneziane―Amori e Valori―Da Caterina Cornaro a Peggy Guggenheim』(Corbo e Fiore Editore、Venezia、2005.12.)
『ルネサンスの高級娼婦』(ポール・ラリヴァイユ、森田義之・白崎容子・豊田雅子訳、平凡社、1993年8月25日)
Alvise Zorzi『Cortigiana veneziana――Veronica Franco e i suoi poeti 1546-1591』(Camunia editrice srl, 1986)
『イタリア紀行』上巻(ゲーテ著、相良守峯訳、岩波文庫、1942年6月1日)
『ヴェネツィアが燃えた日――世界一美しい街の、世界一怪しい人々』(ジョン・ベレントン、高見浩訳、光文社、2010年4月25日)
雑誌『ユリイカ』1972年11月号(vol.4-13)の《エズラ・パウンド特集》
雑誌『現代詩手帖 1998年7月号』(第41巻第7号の《パゾリーニ特集》
『世界名詩集大成 第11巻』アメリカのエズラ・パウンド『キャントゥズ(Cantos)』(岩崎良三訳、平凡社、昭和34年5月20日発行)
『オセロ』(シェイクスピア、三神勲訳、角川文庫、昭和47年8月30日)
『ヴェニスの商人』(シェイクスピア、福田恒存訳、新潮文庫、昭和42年10月30日)
『浴室』(ジャン=フィリップ・トゥーサン、野崎歓訳、集英社文庫、1994年11月25日)
Da Ponte『Memorie/I libretti mozartiani』(i grandi libri Garzanti、1976)
Matilde Dillon Wanke編の『Senso e altri racconti』(Oscar Classici Mondadoriシリーズ、Arnoldo Mondadori Editore、1994)
『世界名詩集大成 第6巻』ドイツ1(平凡社、昭和35年6月10日発行)中の『詩集』(川村二郎訳)
『マリノ・ファリエロ』《対訳バイロン詩集――イギリス詩人選(8)》(笠原順路編、岩波文庫、2009年2月17日)
『バイロン詩集』世界詩人選第四巻(阿部知二訳、小沢書店、1996年7月20日)
『赤く染まるヴェネツィア――サンドとミュッセの愛』(ベルナデット・ショヴロン、持田明子訳、藤原書店、2000年4月25日)
『世紀児の告白』(アルフレッド・ド・ミュッセ、小松清訳、岩波文庫、昭和28年6月25日)
『年下のひと』(フランソワ=オリヴィエ・ルソー、吉田良子訳、角川文庫、平成十二年四月二十五日)
『彼女と彼』(ジョルジュ・サンド、川崎竹一訳、岩波文庫、昭和25年5月5日)
『ヴェネツィア――水の迷宮の夢』(金関寿夫訳、集英社、1996年1月22日)
『ヴェネツィアに死す』(トーマス・マン、岸美光訳、光文社文庫、2007年3月20日)
『都市ヴェネツィア』(フェルナン・ブローデル、岩崎力、岩波書店、1986年8月11日)/同書再版、同時代ライブラリー20(フェルナン・ブローデル、岩崎力訳、岩波書店、1990年3月9日)
『ヨーロッパ・二つの窓――トレドとヴェネツィア』加藤周一・堀田善衛対談集(リブロポート社、1986年12月)
『ヴェニスに死す』世界の文学35巻他(トーマス・マン、関楠生訳他、中央公論社、昭和40年6月10日)
『ヘミングウェイ全集7巻――河を渡って木立の中へ・他』(大久保康雄訳・他、三笠書房、1973年12月30日)
Ernest Hemingway『Di là dal fiume e tra gli alberi』(伊語訳とまえがき Fernanda Pivano, una cronologia un'antologia di giudizi e una bibliografia 付き, Scrittori del Novecentoシリーズ、Oscar Mondadori, 2005)
『消え去ったアルベルチーヌ』(マルセル・プルースト、高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年5月20日)
『失われた時を求めて』12巻、第7編「見出された時 1」(マルセル・プルースト、鈴木道彦訳、集英社、2000年9月25日)
『ヴェネツィアでプルーストを読む』(鈴木和成、集英社、2004年2月10日)
『失われた時を求めて』第11巻第六編「逃げ去る女」(マルセル・プルースト、鈴木道彦訳、集英社、2000年3月22日)
『失われた時を求めて』第六篇「逃げさる女」(筑摩世界文学大系59A「プルーストⅢA」、井上究一郎訳、1988年4月30日)
『カサノヴァ回想録2 脱獄の巻』(ジル・ペロー編、大久保昭男訳、社会思想社現代教養文庫、1986年5月30日)
『カザノヴァ回想録』第一巻(岸田國士訳、岩波文庫、1952年4月25日)
『カサノヴァの帰還』(アルトゥール・シュニッツラー、金井英一・小林俊明共訳、集英社、1992年3月10日)
『ヴェネツィアからの誘惑――コルヴォー男爵少年愛書簡』(河村錠一郎訳、白水社、1994年12月25日)
『世界名詩集大成 第3巻』フランス2(アンリ・ド・レニエ、青柳瑞穂訳、平凡社、昭和37年4月1日)中の『水都幻談』
『ヴェネツィア風物詩』(アンリ・ド・レニエ、窪田般彌訳、王国社、1992年1月30日)
Gaspara Stampa『Rime』(Biblioteca Universale Rizzoli, stampare nel mese di febbraio 1994、ガースパラ・スタンパの詩集)
『世界名詩集 10巻 リルケ』《第一の悲歌》(手塚富雄訳、平凡社、昭和44年3月20日)中の『ドゥイノの悲歌』
『新潮世界文学32巻 リルケ』(谷友幸訳、1971年9月20日)中の『神さまの話』《ヴェニスのユダヤ人街で拾ったある風景》
『ヴェニスからアウシュヴィッツへ』(徳永洵、講談社文庫、2004年7月10日)
『新潮世界文学32巻 リルケ』(大山定一訳、1971年9月20日)中の『マルテの手記』
『郷愁のイタリア』海外旅行選書(ヘンリー・ジェイムズ、千葉雄一郎訳、図書出版社、1995年2月28日)
『鳩の翼』(ヘンリー・ジェイムズ、青木次生訳、講談社文芸文庫、1997年10月10日)
『筑摩世界文学大系22巻 ルソー』(桑原武夫訳、昭和48年1月10日)中の『告白』
『世界文学全集 2-5 ルソー』(J.J.ルソー、井上究一郎訳、河出書房新社、昭和39年1月10日)中の『告白録』
Giorgio Bassani『Dentro le mura』の改訂版、『Cinque storie ferraresi』
『フィンツィ・コンティーニ家の庭』(ジョルジョ・バッサーニ、大空幸子訳、新潮社、1969年12月15日)
『ニーチェ全集』第14巻《この人を見よ・自伝集》(川原栄峰訳、理想社、昭和42年4月25日)
『筑摩世界文学大系11巻』(ダンテ、野上素一訳、筑摩書房、昭和48年11月15日)――『神曲』《地獄篇第21歌》

今後は不定期に翻訳等の日本語訓練を試みたいと思っています。長い間、有難うございました。
  1. 2017/10/16(月) 00:54:57|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――ジョナサン・ホルト

『カルニヴィア1 禁忌』(ジョナサン・ホルト、奥村章子訳、早川書房、2013年9月15日)という推理小説があります。物語は次のように、いきなりヴェネツィアで始まります。

「プロローグ――ヴェネツィア 一月五日
ツーストローク・エンジンの小型ボートは、舳先にわずかなしぶきを散らしながら静かに船着き場を離れた。スロットルを握るリッチは、狭い船着き場にひしめく小さな釣り船や開店休業状態のゴンドラを避けて、巧みにボートを操った。仕掛けた籠にカニがかかっているかどうか確かめにいくというのを口実に、リッチは毎晩、ラグーナに出ていた。彼がときどきカニよりはるかに金になるものを手にするのを知っているのは、ほんの数人だけだった。誰かがこっそりボートでやって来て籠を沈めた場所を示すブイにくくりつけていった、青いビニールシートで覆った包みを引き上げているのを知っているのは。

ジュデッカ島を出てしばらくすると、リッチは背を丸めて煙草に火をつけながら、《もう大丈夫だ(E sicuro.)》と、小さな声で知らせた。
…… 」
カルニヴィア巻末の《解説》で、文芸評論家の池上冬樹氏がこの作品を次のように紹介されています。
「……
物語はまず、殺人事件をほのめかすプロローグのあと、非番の女性刑事が、一月の祝日の夜、ヴェネツィアの居酒屋で男を物色している場面からはじまる。イタリアには警察がいくつもあり、もっとも大きいのは内務省所属の国家警察と国防省所属の憲兵隊で、後者の刑事部のカテリーナ・ターボ大尉がある男をその夜の相手にしたいと考えているとき、携帯が鳴り、死体が発見されたといって呼び出される。

現場に駆けつけると、頭を撃ち抜かれた死体が教会の前に横たわっていた。どうやら高潮にのってラグーナから流されてきたようだった。冬はもともと潮位が高く、しばしば街が水浸しになり、数十センチ水没するのも珍しくなかった。運河の水が歩道にあふれるために死体も流れ着くのだ。

奇妙なのは、被害者が女性で、カトリック教会の祭服を着ていることだった。カトリックでは女性は司祭になれない。しかも腕にオカルトのシンボルとおぼしきタトゥーがあった。 ……」
  1. 2017/02/23(木) 00:12:54|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――タニス・リー

タニス・リーという英国の作家が『ヴェヌスの秘録』第1巻《水底の仮面》(柿沼瑛子訳、産業編集センター、2007年3月31日、他第4巻まで)が出版されています。このシリーズ第4巻《復活のヴェヌス》(2007年6月30日)のあとがきで、訳者は次のような解説を書いています。
水底の仮面ヴェヌスの秘録、2,3巻復活のヴェヌス「……本作『復活のヴェヌス』は四部作を締めくくる作品でもあり、ここでこのシリーズについても少しお話しておくことにします。このシリーズはいずれも水上都市ヴェヌスを舞台にしていますが、これはもちろんイタリアのヴェネチアがモデルになっています。役者もかつてヴェネチアに三回ほど滞在したことがあるのですが、車というものが存在しない街のたたずまいには、かつて某文豪が語ったように、どことなく夢のなかの街のような、日本に帰ってきてからも、はたしてあれは現実にあったのだろうかと思わせるような、どこか幻想めいた雰囲気があります。幻想が紡ぎ出す現代の語り部タニス・リーにとっても、これ以上に舞台としてふさわしい場所はないでしょう。

まず第一巻『水底の仮面』は十八世紀初頭のヴェヌスが舞台になります。ある事情からヴェヌスのスラム街に身を落とし、今は怪しげな錬金術師の弟子として鬱々たる日々を送る、怒れる貴族の青年フリアン。彼は仮面をつけた美女エウリュディケに出会い、恋に落ちてしまいます。そして彼女を巡る謎、とりわけ彼女に捧げる歌を残して死んだ、ある青年作曲家の歌を巡って、ヴェヌスのもっとも影の領域へと足を踏み入れていきます。謎の仮面ギルド、錬金術、蘇生する鳥と、いかにもリー好みの素材を駆使した冒険ロマンスが展開されます。……

第二巻『炎の聖少女』はさらに時代をさかのぼり、ちょうどフィレンツェでサヴォナローラらによる宗教改革運動がまっさかりだったころの中世ヴェヌスが舞台になります。火を呼ぶ能力のある奴隷の少女ヴォルパが、醜い世俗の権力に翻弄されながら、本人もまったく与り知らぬうちに聖女とされていくという、どこかジャンヌ・ダルクを思わせるストーリーですが、さらに彼女と、神以外の何者をも愛することのない氷のようなキリストの戦士との、およそあり得ぬ恋の物語になっています。……

第三巻『土の褥に眠る者』はルネッサンス最盛期のヴェネチアが舞台の華麗なる復讐譚であり、タニス・リーの作品に共通して流れるテーマである〈輪廻〉と〈変身〉がもっとも色濃く出た作品であるともいえます。墓堀人バルトロメの口を通して語られる敵対するふたつの名家をめぐる血なまぐさい復讐の年代記。主人公のベアトリクサとシルヴィオは対立するふたつの家というだけでなく、さらには人間と幽霊という世界にも隔てられた、いうなれば二重の意味での「ロミオとジュリエット」なのですが、このふたりの恋の行方と、さらに全編に流れる残酷美は、まさしく血とエロチシズムの作家であるリーの真骨頂といえるでしょう。……

そして第四巻であり、シリーズ最後の本作品『復活のヴェヌス』では一気に時代は未来に飛び、すでに水没し、海中ドームの中の水中都市として保存されているヴェヌスが舞台のSF仕立てになっています。昔の死人を再生させるという一大プロジェクトにより、未来のヴェヌスによみがえった古代ローマ時代の女性剣闘士と、十七世紀の作曲家、そして避け難い運命に導かれてヴェヌスにやってきた、暗い影を負うミュージシャンのピカロと、常に怒りに燃えている古代学者のフレイド、この四人の運命がクアルテットのごとくからみあいながら、最後にヴェヌスの運命をも含めた壮大なクライマックスを迎えることになります……。」
  ――タニス・リー著『ヴェヌスの秘録』第4巻《復活のヴェヌス》(柿沼瑛子訳、産業編集センター、2007年6月30日)“あとがき”より
  1. 2017/01/26(木) 00:04:12|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0
次のページ

カウンタ

カレンダー

05 | 2018/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア