イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ヴェネツィア文芸本一覧(和訳本)

ブログ満10年となり、この節目に定期的(毎週木曜日)更新を終了することにしました。以前2011.05.07日のヴェネツィア本》(1)~2011.05.28日のヴェネツィア本》(4)とヴェネツィア関連本をリストアップしましたが、この際今まで取り上げた文芸本もリストにしておきます(掲載日、新→古の順です)。

『書物の夢、印刷の旅――ルネサンス期出版文化の富と虚栄』(ラウラ・レプリ、柱本元彦訳、青土社、2014年12月10日)
『カルニヴィア1 禁忌』(ジョナサン・ホルト著、奥村章子訳、早川書房、2013年9月15日)
『ヴェヌスの秘録』第1巻《水底の仮面》(タニス・リー、柿沼瑛子訳、産業編集センター、2007年3月31日、他第4巻まで)
『ストラヴァガンザ 仮面の都』(メアリ・ホフマン、乾侑美子訳、小学館、2010年7月4日)
『水冥き愁いの街(みずくらきうれいのまち)――死都ヴェネツィア 龍の黙示録』(篠田真由美、祥伝社、平成18年5月20日)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』(要書房、昭和二五年四月)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、板垣鷹穂『イタリアの寺』(芸文書院、大正一五年一一月)中の《小寺小品》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、牧野英一『海を渡りて野をわたりて』(日本評論社、昭和二年一一月)中の《マルコの広場》
『みどりの小鳥』(河島英昭訳、岩波書店、一九七八年四月二七日)、《イタリア民話選》として
『ヘミングウェイとパウンドのヴェネツィア』(今村楯夫/真鍋晶子、彩流社、二〇一五年一月二十日)
『齋藤茂吉全集』第一巻(岩波書店、昭和四十八年一月十三日)、第四歌集『遠遊』中の《伊太利亜の旅》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、斎藤茂吉『三田文学』(大正一五年八月号)に掲載した《ヴェネチア雑記》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、成瀬無極『夢作る人』(大正十三年七月)中の《伊太利小景》
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、河東碧梧桐『異国風流』(大正九年)
『遊び人の肖像』(フィリップ・ソレルス著、岩崎力訳、朝日新聞社、1990年12月20日)
『フロイトのイタリア――旅・芸術・精神分析』(岡田温司、平凡社、2008年7月25日)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、田中耕太郎『南欧芸術紀行』(文藝春秋新社、1952年刊)
『世界紀行文學全集 5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)、歌人与謝野晶子の夫、与謝野寛(号、鉄幹)のイタリア旅行記《ヴェネチヤ編》(明治45年)
Zeppelin, citta` raccontate da scrittori シリーズ中の『Venezia』(Valerio Bispuri, Luciano del Sette 編)に、メルヴィルの《ヴェネツィア滞在記》
Giuseppe Nalin『Fiabe veneziane(ヴェネツィア昔語り)』(Corbo e Fiore Editori-Venezia、1995)、見開きでヴェネツィア語とその伊語訳が対照的にページアップされたもの。その中の『La fiaba dello sciocco(馬鹿息子の昔話)』
『ヘルマン・ヘッセ全集 16 全詩集』(日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会編、臨川書店、2007年4月30日)
『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』(ロバート・クーヴァー、斎藤兆史・上岡伸雄訳、作品社、2012年9月30日)
『世界名詩集 12巻』(平凡社、昭和四十三年五月二十五日)中、テオフィル・ゴーチエ『七宝とカメオ』(齋藤磯雄訳)
Marina Vlady『Le collectionneur de Venise(ヴェネツィアのコレクター)』(Editions Fayard、1990.05.)
アンリ=ルネ=アルベール=ギ・ド・モーパッサンの紀行文『Venise』(1885.05.05)をティツィアーノ・スカルパはその著書『Venezia è un pesce(ヴェネツィアは魚だ)』(Universale Economica Feltrinelli、2003.10)中に掲載しています
『スターバト・マーテル』(ティツィアーノ・スカルパ著、中山エツコ訳、河出書房新社、2011年9月30日)
Diego Valeri『Guida sentimentale di Venezia(ヴェネツィア・センティメンタル・ガイド)』(Passigli Editori、1997、古い版の新版)
『ジンメル・コレクション』(北川東子編訳、鈴木直訳、筑摩書房、1999年1月12日)/平凡社ライブラリー文庫『ジンメル・エッセイ集』(川村二郎訳、1999年9月)
『表象のヴェネツィア――詩と美と悪魔』(鳥越輝昭、春風社、2012年11月21日)
『ヴェネツィア 詩文繚乱――文学者を魅了した都市』(鳥越輝昭、三和書籍、2003年6月30日)
『ヴェネツィアの光と影』(鳥越輝昭、大修館書店、1994年8月1日)
『生きている過去』(アンリ・ド・レニエ著、窪田般彌訳、岩波文庫、1989年11月16日)
『チャンドス卿の手紙 他十篇』(ホーフマンスタール著、檜山哲彦訳、岩波文庫、1991年1月16日)中の『美しき日々の思いで』
『ピエタ』(大島真寿美、ポプラ社、2011年2月18日)
Aldo Bova『Venezia――I luoghi della musica』(Scuola di Musica Antica Venezia、1995)
『アスパンの恋文』(ヘンリー・ジェイムズ著、行方昭夫訳、岩波文庫、1998年5月18日)
『ヴェニス 光と影』(吉行淳之介X篠山紀信、新潮社、五十五年十月二十日)/學燈社版で再販
『ニーチェ全集 第十六巻』書簡集・詩集(塚越敏・中島義生訳、理想社、昭和45年5月25日)
『齋藤茂吉全集』第一巻(岩波書店、昭和四十八年一月十三日)
『藝術にあらわれたヴェネチア』(平川祐弘、内田老鶴圃、昭和三十七年十月二十日)
Roberto Bianchin『Acqua granda―Il romanzo dell'alluvione(アックァ・アルタ―大洪水の物語)』(Filippi Editore Venezia、1996)
『ピサ詩篇』(エズラ・パウンド、新倉俊一訳、みすず書房、2004年7月15日)
Pietro Buratti『Elefanteide』(Filippi Editori Venezia、1988)
『ヴェネツィアで消えた男』(パトリシア・ハイスミス著、富永和子訳、扶桑社ミステリー文庫、1997年2月26日)
『ヴェネツィアの石――建築・装飾とゴシック精神』(ジョン・ラスキン、内藤史朗訳、宝藏館、2006年10月20日)
『ヴェネツィアの薔薇――ラスキンの愛の物語』(ミッシェル・ロヴリック&ミンマ・バーリア著、富士川義之訳、集英社、2002年1月30日)
『決定版 ロシア文学全集 3』(ツルゲーネフ『父と子』『その前夜』『初恋』米川正夫訳、日本ブック・クラブ、1969年9月20日)中の『その前夜』
『鷗外全集 第二巻』(岩波書店、昭和四十六年十二月二十二日)中の『卽興詩人』
『世界名詩集大成 9巻』イギリス1(平凡社、昭和34年10月20日)、ワーズワース『 ヴェニス共和国の滅亡に際して』(前川俊一訳)
『スターバト・マーテル』(ティツィアーノ・スカルパ、中山エツコ訳、河出書房新社、2011年9月30日)
『ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する』(ダナ・レオン、北條元子訳、講談社文庫、2005年4月15日)、ブルネッティ警視シリーズ
『死のフェニーチェ劇場』(ダナ・レオン、春野丈伸訳、文藝春秋、1991年7月)、
『異国に死す』(ダナ・レオン、押田由起訳、文春文庫、1998年3月)
『ヴェネツィア殺人事件』(ダナ・レオン、北條元子訳、講談社文庫、2005年4月15日)
『ヴェニスの街のなんと哀しき――』(ソランジュ・ファスケル、榊原晃三訳、人文書院、1995年6月30日)
『ゆるぎなき心』(フィリップ・ソレルス、岩崎力訳、集英社、1994年5月25日)
『鷗外全集 第十一巻』(岩波書店、昭和四十七年九月二十二日)中のアンリ・ド・レニエ『復讐』
『即興詩人』(アンデルセン、神西清訳、小山書店、昭和33年3月31日)
『ヴェネツィアの恋文――十八世紀、許されざる恋人たちの物語』(アンドレア・ディ・ロビラント、桃井緑美子訳、早川書房、2004年6月30日)
『カザノーヴァ』上・中・下巻(ヘルマン・ケステン、小松太郎訳、角川書店、昭和38年11月20日)
『修道士マウロの地図』(ジェイムズ・カウアン、小笠原豊樹訳、草思社、1998年4月1日)
『歌手コンシュエロ――愛と冒険の旅』上・下巻(ジョルジュ・サンド、持田明子・大野一道監訳、藤原書店、2008年5月30日・6月30日)
『本当の話』(ソフィ・カル、野崎歓訳、平凡社、1999年10月20日)
『デカメロン』その三(四日目第二話)(ボッカッチョ、野上素一訳、岩波文庫、1957年2月5日)
『特命全権大使 米欧回覧実記 四』(久米邦武編、田中彰校注、岩波文庫、1980年8月18日)
『特命全権大使 米欧回覧実記 4 ヨーロッパ大陸編・中 1871-1873』(現代語訳普及版、久米邦武=編著、水澤周=訳・注、米欧亜回覧の会=企画、慶應義塾大学出版会、2008年6月20日)の《後注》
Bruno Rosada『Donne veneziane―Amori e Valori―Da Caterina Cornaro a Peggy Guggenheim』(Corbo e Fiore Editore、Venezia、2005.12.)
『ルネサンスの高級娼婦』(ポール・ラリヴァイユ、森田義之・白崎容子・豊田雅子訳、平凡社、1993年8月25日)
Alvise Zorzi『Cortigiana veneziana――Veronica Franco e i suoi poeti 1546-1591』(Camunia editrice srl, 1986)
『イタリア紀行』上巻(ゲーテ著、相良守峯訳、岩波文庫、1942年6月1日)
『ヴェネツィアが燃えた日――世界一美しい街の、世界一怪しい人々』(ジョン・ベレントン、高見浩訳、光文社、2010年4月25日)
雑誌『ユリイカ』1972年11月号(vol.4-13)の《エズラ・パウンド特集》
雑誌『現代詩手帖 1998年7月号』(第41巻第7号の《パゾリーニ特集》
『世界名詩集大成 第11巻』アメリカのエズラ・パウンド『キャントゥズ(Cantos)』(岩崎良三訳、平凡社、昭和34年5月20日発行)
『オセロ』(シェイクスピア、三神勲訳、角川文庫、昭和47年8月30日)
『ヴェニスの商人』(シェイクスピア、福田恒存訳、新潮文庫、昭和42年10月30日)
『浴室』(ジャン=フィリップ・トゥーサン、野崎歓訳、集英社文庫、1994年11月25日)
Da Ponte『Memorie/I libretti mozartiani』(i grandi libri Garzanti、1976)
Matilde Dillon Wanke編の『Senso e altri racconti』(Oscar Classici Mondadoriシリーズ、Arnoldo Mondadori Editore、1994)
『世界名詩集大成 第6巻』ドイツ1(平凡社、昭和35年6月10日発行)中の『詩集』(川村二郎訳)
『マリノ・ファリエロ』《対訳バイロン詩集――イギリス詩人選(8)》(笠原順路編、岩波文庫、2009年2月17日)
『バイロン詩集』世界詩人選第四巻(阿部知二訳、小沢書店、1996年7月20日)
『赤く染まるヴェネツィア――サンドとミュッセの愛』(ベルナデット・ショヴロン、持田明子訳、藤原書店、2000年4月25日)
『世紀児の告白』(アルフレッド・ド・ミュッセ、小松清訳、岩波文庫、昭和28年6月25日)
『年下のひと』(フランソワ=オリヴィエ・ルソー、吉田良子訳、角川文庫、平成十二年四月二十五日)
『彼女と彼』(ジョルジュ・サンド、川崎竹一訳、岩波文庫、昭和25年5月5日)
『ヴェネツィア――水の迷宮の夢』(金関寿夫訳、集英社、1996年1月22日)
『ヴェネツィアに死す』(トーマス・マン、岸美光訳、光文社文庫、2007年3月20日)
『都市ヴェネツィア』(フェルナン・ブローデル、岩崎力、岩波書店、1986年8月11日)/同書再版、同時代ライブラリー20(フェルナン・ブローデル、岩崎力訳、岩波書店、1990年3月9日)
『ヨーロッパ・二つの窓――トレドとヴェネツィア』加藤周一・堀田善衛対談集(リブロポート社、1986年12月)
『ヴェニスに死す』世界の文学35巻他(トーマス・マン、関楠生訳他、中央公論社、昭和40年6月10日)
『ヘミングウェイ全集7巻――河を渡って木立の中へ・他』(大久保康雄訳・他、三笠書房、1973年12月30日)
Ernest Hemingway『Di là dal fiume e tra gli alberi』(伊語訳とまえがき Fernanda Pivano, una cronologia un'antologia di giudizi e una bibliografia 付き, Scrittori del Novecentoシリーズ、Oscar Mondadori, 2005)
『消え去ったアルベルチーヌ』(マルセル・プルースト、高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年5月20日)
『失われた時を求めて』12巻、第7編「見出された時 1」(マルセル・プルースト、鈴木道彦訳、集英社、2000年9月25日)
『ヴェネツィアでプルーストを読む』(鈴木和成、集英社、2004年2月10日)
『失われた時を求めて』第11巻第六編「逃げ去る女」(マルセル・プルースト、鈴木道彦訳、集英社、2000年3月22日)
『失われた時を求めて』第六篇「逃げさる女」(筑摩世界文学大系59A「プルーストⅢA」、井上究一郎訳、1988年4月30日)
『カサノヴァ回想録2 脱獄の巻』(ジル・ペロー編、大久保昭男訳、社会思想社現代教養文庫、1986年5月30日)
『カザノヴァ回想録』第一巻(岸田國士訳、岩波文庫、1952年4月25日)
『カサノヴァの帰還』(アルトゥール・シュニッツラー、金井英一・小林俊明共訳、集英社、1992年3月10日)
『ヴェネツィアからの誘惑――コルヴォー男爵少年愛書簡』(河村錠一郎訳、白水社、1994年12月25日)
『世界名詩集大成 第3巻』フランス2(アンリ・ド・レニエ、青柳瑞穂訳、平凡社、昭和37年4月1日)中の『水都幻談』
『ヴェネツィア風物詩』(アンリ・ド・レニエ、窪田般彌訳、王国社、1992年1月30日)
Gaspara Stampa『Rime』(Biblioteca Universale Rizzoli, stampare nel mese di febbraio 1994、ガースパラ・スタンパの詩集)
『世界名詩集 10巻 リルケ』《第一の悲歌》(手塚富雄訳、平凡社、昭和44年3月20日)中の『ドゥイノの悲歌』
『新潮世界文学32巻 リルケ』(谷友幸訳、1971年9月20日)中の『神さまの話』《ヴェニスのユダヤ人街で拾ったある風景》
『ヴェニスからアウシュヴィッツへ』(徳永洵、講談社文庫、2004年7月10日)
『新潮世界文学32巻 リルケ』(大山定一訳、1971年9月20日)中の『マルテの手記』
『郷愁のイタリア』海外旅行選書(ヘンリー・ジェイムズ、千葉雄一郎訳、図書出版社、1995年2月28日)
『鳩の翼』(ヘンリー・ジェイムズ、青木次生訳、講談社文芸文庫、1997年10月10日)
『筑摩世界文学大系22巻 ルソー』(桑原武夫訳、昭和48年1月10日)中の『告白』
『世界文学全集 2-5 ルソー』(J.J.ルソー、井上究一郎訳、河出書房新社、昭和39年1月10日)中の『告白録』
Giorgio Bassani『Dentro le mura』の改訂版、『Cinque storie ferraresi』
『フィンツィ・コンティーニ家の庭』(ジョルジョ・バッサーニ、大空幸子訳、新潮社、1969年12月15日)
『ニーチェ全集』第14巻《この人を見よ・自伝集》(川原栄峰訳、理想社、昭和42年4月25日)
『筑摩世界文学大系11巻』(ダンテ、野上素一訳、筑摩書房、昭和48年11月15日)――『神曲』《地獄篇第21歌》

今後は不定期に翻訳等の日本語訓練を試みたいと思っています。長い間、有難うございました。
  1. 2017/10/16(月) 00:54:57|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――ジョナサン・ホルト

『カルニヴィア1 禁忌』(ジョナサン・ホルト、奥村章子訳、早川書房、2013年9月15日)という推理小説があります。物語は次のように、いきなりヴェネツィアで始まります。

「プロローグ――ヴェネツィア 一月五日
ツーストローク・エンジンの小型ボートは、舳先にわずかなしぶきを散らしながら静かに船着き場を離れた。スロットルを握るリッチは、狭い船着き場にひしめく小さな釣り船や開店休業状態のゴンドラを避けて、巧みにボートを操った。仕掛けた籠にカニがかかっているかどうか確かめにいくというのを口実に、リッチは毎晩、ラグーナに出ていた。彼がときどきカニよりはるかに金になるものを手にするのを知っているのは、ほんの数人だけだった。誰かがこっそりボートでやって来て籠を沈めた場所を示すブイにくくりつけていった、青いビニールシートで覆った包みを引き上げているのを知っているのは。

ジュデッカ島を出てしばらくすると、リッチは背を丸めて煙草に火をつけながら、《もう大丈夫だ(E sicuro.)》と、小さな声で知らせた。
…… 」
カルニヴィア巻末の《解説》で、文芸評論家の池上冬樹氏がこの作品を次のように紹介されています。
「……
物語はまず、殺人事件をほのめかすプロローグのあと、非番の女性刑事が、一月の祝日の夜、ヴェネツィアの居酒屋で男を物色している場面からはじまる。イタリアには警察がいくつもあり、もっとも大きいのは内務省所属の国家警察と国防省所属の憲兵隊で、後者の刑事部のカテリーナ・ターボ大尉がある男をその夜の相手にしたいと考えているとき、携帯が鳴り、死体が発見されたといって呼び出される。

現場に駆けつけると、頭を撃ち抜かれた死体が教会の前に横たわっていた。どうやら高潮にのってラグーナから流されてきたようだった。冬はもともと潮位が高く、しばしば街が水浸しになり、数十センチ水没するのも珍しくなかった。運河の水が歩道にあふれるために死体も流れ着くのだ。

奇妙なのは、被害者が女性で、カトリック教会の祭服を着ていることだった。カトリックでは女性は司祭になれない。しかも腕にオカルトのシンボルとおぼしきタトゥーがあった。 ……」
  1. 2017/02/23(木) 00:12:54|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――タニス・リー

タニス・リーという英国の作家が『ヴェヌスの秘録』第1巻《水底の仮面》(柿沼瑛子訳、産業編集センター、2007年3月31日、他第4巻まで)が出版されています。このシリーズ第4巻《復活のヴェヌス》(2007年6月30日)のあとがきで、訳者は次のような解説を書いています。
水底の仮面ヴェヌスの秘録、2,3巻復活のヴェヌス「……本作『復活のヴェヌス』は四部作を締めくくる作品でもあり、ここでこのシリーズについても少しお話しておくことにします。このシリーズはいずれも水上都市ヴェヌスを舞台にしていますが、これはもちろんイタリアのヴェネチアがモデルになっています。役者もかつてヴェネチアに三回ほど滞在したことがあるのですが、車というものが存在しない街のたたずまいには、かつて某文豪が語ったように、どことなく夢のなかの街のような、日本に帰ってきてからも、はたしてあれは現実にあったのだろうかと思わせるような、どこか幻想めいた雰囲気があります。幻想が紡ぎ出す現代の語り部タニス・リーにとっても、これ以上に舞台としてふさわしい場所はないでしょう。

まず第一巻『水底の仮面』は十八世紀初頭のヴェヌスが舞台になります。ある事情からヴェヌスのスラム街に身を落とし、今は怪しげな錬金術師の弟子として鬱々たる日々を送る、怒れる貴族の青年フリアン。彼は仮面をつけた美女エウリュディケに出会い、恋に落ちてしまいます。そして彼女を巡る謎、とりわけ彼女に捧げる歌を残して死んだ、ある青年作曲家の歌を巡って、ヴェヌスのもっとも影の領域へと足を踏み入れていきます。謎の仮面ギルド、錬金術、蘇生する鳥と、いかにもリー好みの素材を駆使した冒険ロマンスが展開されます。……

第二巻『炎の聖少女』はさらに時代をさかのぼり、ちょうどフィレンツェでサヴォナローラらによる宗教改革運動がまっさかりだったころの中世ヴェヌスが舞台になります。火を呼ぶ能力のある奴隷の少女ヴォルパが、醜い世俗の権力に翻弄されながら、本人もまったく与り知らぬうちに聖女とされていくという、どこかジャンヌ・ダルクを思わせるストーリーですが、さらに彼女と、神以外の何者をも愛することのない氷のようなキリストの戦士との、およそあり得ぬ恋の物語になっています。……

第三巻『土の褥に眠る者』はルネッサンス最盛期のヴェネチアが舞台の華麗なる復讐譚であり、タニス・リーの作品に共通して流れるテーマである〈輪廻〉と〈変身〉がもっとも色濃く出た作品であるともいえます。墓堀人バルトロメの口を通して語られる敵対するふたつの名家をめぐる血なまぐさい復讐の年代記。主人公のベアトリクサとシルヴィオは対立するふたつの家というだけでなく、さらには人間と幽霊という世界にも隔てられた、いうなれば二重の意味での「ロミオとジュリエット」なのですが、このふたりの恋の行方と、さらに全編に流れる残酷美は、まさしく血とエロチシズムの作家であるリーの真骨頂といえるでしょう。……

そして第四巻であり、シリーズ最後の本作品『復活のヴェヌス』では一気に時代は未来に飛び、すでに水没し、海中ドームの中の水中都市として保存されているヴェヌスが舞台のSF仕立てになっています。昔の死人を再生させるという一大プロジェクトにより、未来のヴェヌスによみがえった古代ローマ時代の女性剣闘士と、十七世紀の作曲家、そして避け難い運命に導かれてヴェヌスにやってきた、暗い影を負うミュージシャンのピカロと、常に怒りに燃えている古代学者のフレイド、この四人の運命がクアルテットのごとくからみあいながら、最後にヴェヌスの運命おも含めた壮大なクライマックスを迎えることになります……。」
  ――タニス・リー著『ヴェヌスの秘録』第4巻《復活のヴェヌス》(柿沼瑛子訳、産業編集センター、2007年6月30日)“あとがき”より
  1. 2017/01/26(木) 00:04:12|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――メアリ・ホフマン

メアリ・ホフマン著『ストラヴァガンザ 仮面の都』(乾侑美子訳、小学館、2010念7月4日)という児童書を読んでみました。すらすら読めます。現実のヴェネツィアを“ベレッツァ”、イタリアを“タリア”と名付けた架空の国のお話です。《訳者あとがき》から引用してみます。
『ストラヴァガンザ』「遠くアドリア海をのぞむイタリア本土から船で、浅緑の波のゆれるラグーナを行くと、やがて波の向こうに丸い教会の屋根や尖塔が見え、きらめくような美しい町があらわれます。水の都とよばれるヴェネツィアです。

二十一世紀のロンドンに住む少年ルシアンは、ふと手にした手帳を持ってねむりにつき、気づいてみればこのヴェネツィアに来ていた――。ルシアンはそう思ったのですが、そこはヴェネツィアではなく、ヴェネツィアそっくりの、でも町のあちらこちらに魔法の力が働く都ベレッツァで、しかも時は十六世紀でした。不思議な手帳がルシアンに、時空をこえる旅をさせてくれたのです。

ラグーナに囲まれたベレッツァは、ヴェネツィアではないとはいえ、二つの都はそれぞれの歴史も、住む人々の気質も、風習も、建物や風景も、微妙に重なり合います。物語の中ではそれがおたがいにうつし合い、反射し合って、ちょうど、この物語に出てくる「ガラスの間」の幻影のように、どれが実像でどれが虚像なのか、すべてが夢のようにとけ合ってしまいそうな、不思議な世界が現出します。  

読者は現実と幻影の間を行ったり来たりするうち、いつの間にか魔法の世界に引きこまれてしまう――もしかすると、めまいにも似たこの不思議な感覚こそ、本書の最大の魅力かもしれません。

ベレッツァという都の美しさ、不思議さには、本書の中でふれていただくとして、ここでは、現実世界のヴェネツィアをちょっとのぞいてみたいと思います。

ヴェネツィアは水の都、波間にうかぶ夢の都、と人は言います。本土から少しはなれた島にある町、ではありません。ラグーナとよばれる干潟が多いとはいえ、まぎれもない海の中に、人の手で木の杭を無数に打ち込み、石を運んでつくりあげた町です。小さな島をいくつもつなぎ、島と島の間の水路を道がわりにして、大聖堂をつくり、館を建て、ここを拠点として地中海交易にのりだしました。

中世のある時期、ヴェネツィアは、ヨーロッパでもっとも栄えた都市の一つであり、商業だけでなく、学問や美術や文化の中心でもありました。裕福な商人たちが肩で風を切って歩いていたことだろうことは、シェークスピアの『ベニス(ヴェネツィア)の商人』の舞台になったことからもうかがえます。

中世のヨーロッパ社会は、いろいろな意味で、東方世界の影響を受けていました。交易品のほかにも、学問や文化や、そうしておそろしい病気までも、東からヨーロッパに入ってきました。その玄関口だったのが、ヴェネツィアです。ヴェネツィアは死のイメージの濃い町でもあります。夢の都ベレッツァでも、ペストの流行で住民の三分の一が亡くなっています。……」
  1. 2016/12/22(木) 00:10:41|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0

文学に表れたヴェネツィア――篠田真由美著『水冥き愁いの街』

篠田真由美さんの『水冥き愁いの街(みずくらきうれいのまち)――死都ヴェネツィア 龍の黙示録』(祥伝社、平成18年5月20日)というノン・ノベルの、壮大なスケールで描く吸血鬼伝説《龍の黙示録》の一冊に、ヴェネツィアを舞台にオドロオドロした物語が展開します。筋は直接読まれることとし、氏のヴェネツィア知識の豊富な一端を以下に若干引用させて頂きます。

「……イタリア語で広場は通常ピアッツァという。だがヴェネツィアでピアッツァの名をもって呼ばれるのはピアッツァ・ディ・サン・マルコのみで、市内に散らばる大小の広場はすべて本来は畑の意味を持つカンポの名が当てられる。水路が道の代わりであったヴェネツィアでは、家は基本的に水路に入り口を向けて建てられ、中央に残された土地は耕作されて畑になっていた。高密度の都市となり、畑が消えて何百年経とうと、過去に由来するヴェネツィアの地名が変わることはない。
水冥き愁いの街唯一のピアッツァ、サン・マルコ広場は昔もいまもヴェネツィアの中心だ。市場や芝居小屋が立ち並び猥雑な活気に溢れていた共和国の時代から、観光都市として整備され街全体が生きた美術館と化した現代まで。」
……
「ここはヴェネツィア本島の東端近く、サン・ピエトロ島と呼ばれる地域だ。
都市の中核である魚形の本島は、実のところ橋で繋がれた数十の小島の集合だ。呼び名は『運河』でも、土地に水路が掘削されたのではなく、浅い泥と砂の潟(ラグーナ)を流れる天然の水流を残して、その周囲を埋め立てて土地にしたもの、それがヴェネツィアなのだ。

魚の尾びれの中央部、旧国立造船所の東に正方形をやや崩したような形のサン・ピエトロ島も、ただ二本の橋でそれ以外の地域と結ばれる。島の中心部に建つのは、サン・ピエトロ・イン・カステッロ聖堂。それに隣接する旧総大司教宮殿の中の一室で、女ふたりのひそやかな交歓が行われている。

サン・ピエトロ・イン・カステッロ聖堂は、ローマ・カトリック教会における職制の中でも非常な高位である総大司教の座のある教会、カテドラーレである。

ヨーロッパを旅した人間なら、中心部の繁華な広場に面して信仰の中心である司教座聖堂(カテドラル)と、政治の場である市庁舎や王宮がそびえるのが中世からの都市の典型であると気づいたことであろう。ところがヴェネツィアのカテドラルは中心どころか、訪れる人も余り多くない東端部に置かれている。

サン・マルコ広場に金色燦然たる正面を向けて、共和国の政治を司った元首宮殿に並んで威容を誇るサン・マルコ大寺院は、しばしば誤解されるがカテドラーレではない。いかに著名ではあっても、教会内のヒエラルキーではそれは元首の私的礼拝堂という位置づけになる。
[サン・マルコ寺院がヴェネツィア大聖堂と呼ばれることになるのは、共和国がナポレオンに滅亡させられ(1797年)、総督の私的礼拝堂ではなくなり、1807年司教座が置かれたことに始まります。カトリックでは司教座が置かれた教会は大聖堂(Duomo)と呼ばれ、それ以外は単に教会(chiesa)ですので、例えばアッシージの聖フランチェスコのサン・フランチェスコ教会は、守護聖人聖ルフィヌスのアッシージ大聖堂より格段に巨大でも“教会”です。]

事実サン・マルコ大寺院の運営は、政府が選んだ役人によって行われ、集まる莫大な寄付にヴェネツィア総大司教は一切手をつけることが許されなかった。つまりこれほどにかつてのヴェネツィア共和国での、政教分離、より正確にいうなら教皇庁からの独立を形で示す事実もないのだった。」
……
「共和国が繁栄を極めた時代、もっとも重要な祭典は『海との結婚』、壮麗な御座船に乗った元首が舳先から結婚の指輪を投じて、共和国と海との祝福された繋がりを確認するものだった。祭りとは決して個人的な楽しみごとではなく、国の内外に向かって発信する優れて政治的な表現だったのである。

謝肉祭と仮装、仮面が盛んになり、訪れる外国人にも知られるようになっていったのは18世紀、オスマン・トルコとの戦いに敗れてすべての海外領土を失い、欧州貿易の拠点としての地位を手放して、いわば優雅な晩年を迎えた末期のことだった。辛うじて独立国の体裁を保ち、未だ他国の支配を受けないで済んでいるというだけの。

その時代のヴェネツィアの仮面祭りは、教会暦における四旬節前の一週間程度、つまり本来の謝肉祭の期間だけでなく、いくつかの中断期、たとえば降誕祭前などを挟みながらおよそ年の半分は続いていたという。……」
  1. 2016/09/22(木) 00:05:20|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0
次のページ

カウンタ

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア