イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの人口(3)

先日のLa Nuova紙がヴェネツィアの人口動態を図化したインフォグラフィックを発表しています。参考までに訳してみました。
ヴェネツィア「 住民175000人から56000人へ、こんな風にヴェネツィアの過疎化が続く
――インフォグラフィックで示されたヴェネツィア本島の住民数の下落傾向は、毎年1871~2013人の割合で。本島、本土側、ラグーナ島嶼部、市全体について――

ヴェネツィアは死ぬ、とグッチーニが歌っていた。旧セレニッシマ共和国は人口減少しつつある、ということは今やニュースにもならない。毎年毎年のヴェネツィア本島の人口減少のデータを見ると唖然たる印象を覚える。インフォグラフィックの図で、1871年から2013年までの毎年の住民のデータは、ヴェネツィア本島、ラグーナ内島嶼部、本土、ヴェネツィア全市に分けられている。

本島の人口がピークを迎えたのは1951年で、175,000人に近かったのが分かる。そして今日の56,000人へと至るゆるやかな減少カーブが始まった(ヴェネツィア市統計局による)。」

Centro Storico(ヴェネツィア本島)、Estuario(島嶼部)、Terraferma(本土側)、Totale Comune(ヴェネツィア市全体)の頭の○をクリックすると、その人口動態に変換出来ます。
  1. 2015/03/01(日) 12:00:54|
  2. ヴェネツィアの人口
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ヴェネツィアの人口(2)

先日、1月5日の新聞La Nuova紙が、次のような記事を掲載しました。簡単にリードの部分を訳してみます。
ヴェネツィアの人口「 ヴェネツィアの人口、下降: 昨年更に397人、減
――ヴェネツィア本島からの住民の流出が続く。ヴェネツィア・ラグーナの島々からも人口は緩やかに下降しつつある。対岸のメーストレは600人の増加を見た――

2013.05.22日のヴェネツィアの人口 1で触れましたように、ヴェネツィアの人口は 58.000人を割った後、更に減少を続けているようです。
  1. 2015/01/12(月) 23:26:37|
  2. ヴェネツィアの人口
  3. | コメント:0

ヴェネツィアの人口(1)

かつてのヴェネツィアの人口は、文庫クセジュの『ヴェネツィア史』(クリスチャン・ベック著、仙北谷芽戸訳、白水社、二〇〇〇年三月三〇日)の巻末に以下のように掲載されています。
『ヴェネツィア史』ヴェネツィア人口推移本年2013年1月4日のLa Nuova紙は、次のような事を書いていました。即ち《昨年1年で722名の住民がヴェネツィアから減少し、58,269人となった。2013年中には58,000を割るだろう……》と。

以前、2009年9月28日には60,041人いた住民が、2009年10月23日には6万人の大台を割り、ヴェネツィアの人口減少は悪夢である。今や自らの葬儀を準備しなければならないとLa Nuova 1紙は報じました。

そして今月2013年5月9日のLa Nuova 2紙は、更に58,000人を割ったと書きました。以下がその記事の頭の部分です。

「5万8千人を割ったヴェネツィア市。4ヶ月ほど前、心理的にも我慢の限界を超えるような、人口統計上、歯止めの利かない下落傾向について述べた。市の統計局のデータでは、この5月7日に5万8千という一つの限界を突き抜けてしまったということである。

年初、我々住民は58,269人いた。しかしこの間住民は、270名減少した。2012年のトータルな落下していく勢いは、722名の減少に達していた。

こういう風に2013年も推移するだろう。ヴェネツィア市(メーストレも含めて)の全人口の減少は、年初頭269,643人であったものが、現在268,974人である。 ……」

[追記: ヴェネツィア共和国時代、ヴェネツィアが記録した数字は《10》の位まで信用置けたといいます。上記の『ヴェネツィア史』の数字はその証です。他のイタリア、フィレンツェやローマ等は《100》の位までとかで、アバウトな国家だったということでしょうか。それ故その緻密性が都市国家を1797年まで生き延びさせたのでしょう。数字に長けた商人国家の面目躍如です。]
  1. 2013/05/22(水) 16:03:54|
  2. ヴェネツィアの人口
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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