昨日のヴェネツィアの新聞
《La Nuova》紙は次のような事を告げています。

「
流出(Esodo)、ヴェネツィアは54,000人を切った――10月26日、ヴェネツィア本島(チェントロ・ストーリコ)の住民は、53,986人と減少。この1年で約千人の市民を失った――
悲観するような新記録、“出エジプト記(出国)”である。チェントロ・ストーリコの54000人という《城壁》は崩されてしまった。ヴェネツィア市に住む市民の戸籍簿の更新されたデータは、53,986人の住民となったことを語っている。
サン・マルコ、カステッロ、カンナレージョ区に住む人は32,000人以上であるのに比して、ドルソドゥーロ、サン・ポーロ、サンタ・クローチェ、サンテーレナに住む人は約21,000人である。
昨年11月、“Venexodus(ヴェネッソドゥス)”の町のための歯止めが解けてしまった。町の人口減少に対するヴェネツィア市民の表明は、Venessa.com協会に助成され、サン・バルトロメーオ広場のモレッリ薬局のカウンターは、まだ54,926人を示していた。その抗議は55,000人という数字を破壊することに繋がったのだった。今や1年も経たない内に54,000人を下回ったのである。……」
- 2017/10/29(日) 12:43:49|
- ヴェネツィアの人口
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先日の
《La Nuova》紙がヴェネツィアの人口動態を図化したインフォグラフィックを発表しています。参考までに訳してみました。

「
住民175000人から56000人へ、こんな風にヴェネツィアの過疎化が続く――インフォグラフィックで示されたヴェネツィア本島の住民数の下落傾向は、毎年1871~2013人の割合で。本島、本土側、ラグーナ島嶼部、市全体について――
ヴェネツィアは死ぬ、とグッチーニが歌っていた。旧セレニッシマ共和国は人口減少しつつある、ということは今やニュースにもならない。毎年毎年のヴェネツィア本島の人口減少のデータを見ると唖然たる印象を覚える。インフォグラフィックの図で、1871年から2013年までの毎年の住民のデータは、ヴェネツィア本島、ラグーナ内島嶼部、本土、ヴェネツィア全市に分けられている。
本島の人口がピークを迎えたのは1951年で、175,000人に近かったのが判る。そして今日の56,000人へと至るゆるやかな減少カーブが始まった(ヴェネツィア市統計局による)。」
新聞のCentro Storico(ヴェネツィア本島)、Estuario(島嶼部)、Terraferma(本土側)、Totale Comune(ヴェネツィア市全体)の頭の○をクリックすると、その人口動態に変換出来ます。
- 2015/03/01(日) 12:00:54|
- ヴェネツィアの人口
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先日、1月5日の新聞
《La Nuova》紙が、次のような記事を掲載しました。簡単にリードの部分を訳してみます。

「
ヴェネツィアの人口、下降: 昨年更に397人、減――ヴェネツィア本島からの住民の流出が続く。ヴェネツィア・ラグーナの島々からも人口は緩やかに下降しつつある。対岸のメーストレは600人の増加を見た―― 」
2013.05.22日の
《ヴェネツィアの人口 1》で触れましたように、ヴェネツィアの人口は 58.000人を割った後、更に減少を続けているようです。
- 2015/01/12(月) 23:26:37|
- ヴェネツィアの人口
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かつてのヴェネツィアの人口は、文庫クセジュの『ヴェネツィア史』(クリスチャン・ベック著、仙北谷芽戸訳、白水社、二〇〇〇年三月三〇日)の巻末に以下のように掲載されています。


本年2013年1月4日の
《La Nuova》紙は、次のような事を書いていました。即ち《昨年1年で722名の住民がヴェネツィアから減少し、58,269人となった。2013年中には58,000を割るだろう……》と。
以前、2009年9月28日には60,041人いた住民が、2009年10月23日には6万人の大台を割り、ヴェネツィアの人口減少は悪夢である。今や自らの葬儀を準備しなければならないと
《La Nuova 1》紙は報じました。
そして今月2013年5月9日の
《La Nuova 2》紙は、更に58,000人を割ったと書きました。以下がその記事の頭の部分です。
「5万8千人を割ったヴェネツィア市。4ヶ月ほど前、心理的にも我慢の限界を超えるような、人口統計上、歯止めの利かない下落傾向について述べた。市の統計局のデータでは、この5月7日に5万8千という一つの限界を突き抜けてしまったということである。
年初、我々住民は58,269人いた。しかしこの間住民は、270名減少した。2012年のトータルな落下していく勢いは、722名の減少に達していた。
こういう風に2013年も推移するだろう。ヴェネツィア市(メーストレも含めて)の全人口の減少は、年初頭269,643人であったものが、現在268,974人である。 ……」
[追記: ヴェネツィア共和国時代、ヴェネツィアが記録した数字は《10》の位まで信用置けたといいます。上記の『ヴェネツィア史』の数字はその証です。他のイタリア、フィレンツェやローマ等は《100》の位までとかで、アバウトな国家だったということでしょうか。それ故その緻密性が都市国家を1797年まで生き延びさせたのでしょう。数字に長けた商人国家の面目躍如です。]
- 2013/05/22(水) 16:03:54|
- ヴェネツィアの人口
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今年はイタリアでは、ヴェネツィアもヴィアレッジョでもカーニヴァル・イヴェントは外では出来ないと思われます。こんな事は今までなかったpescecrudoヴェネツィアのカーニヴァル 2021年こんにちは、
カーニヴァルが中止になって残念ですが…
1/21のヴェネツィアのYouTube動画をみましたがショックでした。
観光客であふれていたあのサン・マルコ広場に一羽MINA新型武漢(コロナ)ウイルスcorona virus《アトリエのつぶやき》様
コメント有難う御座います。毎日ヴェネツィア・ニュースを覗いていると、どこの町では感染者何人、こっちの町では死者何人といった動きしかなくpescecrudo新型武漢(コロナ)ウイルスこんばんは!
あのような状況のイタリアを見るのは本当に心が痛みます。
友人、知人の近況を今聞くのを躊躇しています。
実際に何かをしてあげることが出来ない現実に不安mina (アトリエのつぶやき)令和元年むさしの想坊さん、コメント有難う御座います。
丸十年ヴェネツィアに触れていたいと、関連する事のみ書いてきました。
蓄積もなく、翻訳にのみ頼ってきたのですが、売り物ペッシェクルード