イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

バーカロ(3)

アッラルコ(All'Arco)[サン・ポーロ区ロッキアライオ通り(Cl.de l'Ochialer[ヴェ語]=occhialaio[伊語]=眼鏡修理人)436番地[《ド・モーリ》の直ぐ傍]。8.00~16.00/18.30~22.00、日曜休日]  ワインの選択は豊富に出来る。鹿肉と猪肉のハム、鱈のバッカラ(bacala`)とアンチョビー[sardon(ヴェ語)=acciuga(伊語)]、平らで小さなパニーニ(panini)がある。
アルコに集う人々《アッラルコ》に集う人達。店の右脇の路地少し奥に《ド・モーリ》の看板がチラリ見えています。
ルーガ・リアルト(Ruga Rialto) アンティーカ・オステリーア・ルーガ・リアルトのこと[サン・ポーロ区ラヴァーノ通り(Rugheta del Ravano)692番地。水曜休み]  新しい店。――古いオステリーア[旧Letizia]が戻ってきて縁起が良い。オンブラ1杯800リラ[リラ当時の値段は100円以下の格安。大運河の渡し舟トラゲットが700リラでした、現在は0.5ユーロです]、サオール・ソースの鰯[sarde in saor―saor(ヴェ語)=sapore(伊語)=味の意]、パスタと隠元豆の料理[pasta e fagioli]。玄関口に大きな樽[飾りだが、外で飲む人のテーブル]が置いてあるので直ぐ分かる(*)。
《アンティーカ・ルーガ》のカウンターに立つジョルジョさん[《アンティーカ・ルーガ》ではジョルジョさんが気さくに対応してくれます。最近結婚して女の子が生まれ、嬉しそうに写真を見せてくれました。“ジョルジョ”と言えば、2人の経営者店主の1人がジョルジョさんです、為念。]

[イタリアでは通常バール等では注文品が出て来る度に、その場で直ぐ様支払いのコインをカウンターにピシャリと置きます。バーカロでは最後に飲食した物を正確に申告し支払います。リアルトの野菜広場のバール《マルカ》は夜はバーカロに早変わり、客が2人立てば店内が一杯の空間に何十人という客が押し寄せ、店前の広場で立ち飲みのお喋りです。バーテンのフランチェスコさん等、客が何を何杯飲んだか食べたか、記憶出来る筈もありません。最後に正確に申告し清算するのがヴェネツィア人なのです。国民皆兵に快く立ち上がった中世の昔から(他のイタリアでは見掛けません)、何世紀もかけて培ってきた信義の上に成り立つヴェネツィア風です。知り合った仏人ベアトリスは、注文した照明器具が直ぐ届き、その場で支払いをしようとしたら、dopo と言われ、1ヶ月後に清算したそうで、パリでは考えられないことと言っていました。]

サークロ・エ・プロファーノ(Sacro e Profano) [サン・ポーロ区リアルト・ヴェッキオ・オ・パランゴーネ(Cl.Rialto Vechio o Parangon)499(?)番地]  エレガントな店で、リバジョーネ[libagione=献酒]の儀式は注目すべき。

ヴィヴァルディ(Vivaldi) [サン・ポーロ区ラ・マドンネッタ通り(Cl.de la Madoneta)1458番地。10.00~15.00/18.00~24.00、月曜休み]  サン・ポーロ広場の直ぐ近く、生き生きとした店。つまみの突き出しとコクのあるワイン(*)。

アッラ・ボッテ(Alla Botte) [サン・マルコ区ビッサ通り(Cl.de la Bissa)5482番地(サン・バルトロメーオ広場裏、サン・リーオ教会へ向かう左路地)。10.00~15.00/16.30~23.00、木曜、日曜と水曜午後休み]  脾臓[spienza(ヴェ語)=milza(伊語)]、ムゼット(museto)、他にも各種チケッティ(cicheti)。23.00まで座って食べられる部屋がある(*)。

アイ・ルーステギ(Ai Rusteghi) [rusteghi(ヴェ語、複数)=rustici(伊語―百姓、つっけんどんな人)。サン・マルコ区サン・バルトロメーオ広場5529番地(アッラ・ボッテの近く)。15.00~17.00は閉店、日曜休日]  パニーニ(paninetti)が美味しい(*)。
[ヴェネツィア生まれの音楽家エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリがカルロ・ゴルドーニの作品(『I rusteghi』)を下に『I quattro rusteghi(4人の気難し屋)』というオペラを書いています。]

フィオーレ(Fiore) [サン・マルコ区レ・ボッテーゲ通り(Cl.de le Boteghe)3461番地(サント・ステーファノ教会前バール・アンゴロ脇路地入る)。火曜休み]  広いカウンターに色々の料理が置かれ、黒板にヴェネツィア独特の料理のその日のメニューが書かれている。通りに面した席でパスタ料理を食べることが出来る(*)

アッラ・リヴェッタ(Alla Rivetta) [サンタ・クローチェ区セケーラ通り(Cl.Sechera)637番地(ラーナ(Cp.de la Lana)広場傍)]  ワインはそこそこだがパニーニ(panino)はお勧め(*)。
「アッラ・リヴェッタ」のご主人にレデントーレのお祭りの時お世話になりました《アッラ・リヴェッタ》のご主人にはレデントーレのお祭りで、花火が始まるまでジュデッカ島での見物席に入れて頂き、大変お世話になりました。

ヴィーニ・パドヴァーニ(Vini Padovani)[ドルソドゥーロ区チェルキアイ通り(Cl.dei Cerchieri[ヴェ語]=cerchiai[伊語]=樽のたが職人達の意)1280番地。月曜~木曜~21.00/金・土曜~24.00、日曜休み]  内部にテーブル席。広いカウンターでアンチョビーまたはソップレッサータ[sopressada=豚肉のサラミ・ソーセージ]を挟んだ小さなパニーニ(paninetti)。

アイ・プロメッシ・スポージ(Ai Promessi Sposi)[カンナレージョ区オーカ通り(Cl.de l'Oca)4367番地(サンティ・アポーストリ広場近く)。~23.00、水曜休み]  奥の部屋で食事が出来る。中でも、揚げ物と小海老とルーコラの小さなニョッキ[gnocchetti=南瓜、ジャガ芋等を茹でて潰した物に小麦粉、硬質小麦粉等を混ぜ、団子状にして茹でて、各種のソースで味付け]がお勧め。
バーカロ“Ai Promessi Sposi” アレッサンドロ・マンゾーニ『いいなづけ』[《アイ・プロメッシ・スポージ》はアレッサンドロ・マンゾーニの傑作『いいなづけ』に敬意を表明した店名でしょうか。]

レーノ(Reno) [サン・マルコ区ラ・マンドラ通り(Cl.de la Mandola)3660~3733番地近辺らしい]  アンチョビー入りのポレンタ[polenta=玉蜀黍の粉に水を入れ火に掛け、固く練り上げた物]や固茹での卵。フリウーリ人の溜まり場。

アッランティーコ・ドーロ(All'Antico Dolo)[サン・ポーロ区リアルト通り(Ruga Rialto)778番地。~23.00、日曜休み]  子牛の胃袋や腸の料理[tripa rissa e manega(ヴェ語)=trippa riccio e lampredetto(伊語)?]が有名である(*)。

アル・マリネール(Al Mariner)[カンナレージョ区オルメジーニ運河通り(Fdm.Ormesini)2679番地]  温かいムゼット(museto)、温かいトリッパ(tripa)、ブルスケッタ(bruschetta=フランスパンをトーストして大蒜を擦り込み、オリーブ油と塩で味付けした物)、馬の塩漬け肉(salumi)、ヴィン・ブルレ(vin brule`=ホット・ワイン)等。

ベンティゴーディ・ダ・アンドレーア(Bentigodi da Andrea)[カンナレージョ区1424番地(ファルセッティ埋め立て通り(Rio Tera` Farsetti)からカッレゼッレ(Calesele)通りに入った所)。~23.00]  お勧めのチケッティ(cicheti)と小部屋がある。

アル・ミリオーン(Al Milion)[カンナレージョ区プリーマ・デル・ミリオーン小広場(Corte Prima del Milion)5841番地]  カウンターの方が好ましい、素敵な店。

ドゥーエ・コロンネ(Due Colonne)[カンナレージョ区クリスト埋め立て通り(Rio Tera` de Cristo)1814/a番地。~21.00、火曜休日]  温かいムゼット(museto)、蛸(folpo)、脾臓(spienza/spiensa)、牛の胃(tripa)がある。

ダ・トーニ(Da Toni) [ドルソドゥーロ区サン・バゼージョ運河通り(Fdm.S.Basegio)1642番地。月曜休み]  運河通りにはテーブルもある。バッカラの煮込み[bacala` in tecia(ヴェ語)=baccala` in tegame/umido(伊語)]、ミートボール(polpetta)、烏賊の煮込み等。

カンティーナ・アズィエンダ・アグリーコラ(Cantina Azienda Agricola)[カンナレージョ区ファルセッティ埋め立て通り(Rio Tera` Farsetti)1847/a番地]  ヴェーネトのワインを量り売りもする。ミートボールと魚のフライがお勧め。 

ダ・レーレ(Da Lele)[サンタ・クローチェ区トレンティーニ広場(Cp.dei Tolentini)183番地。6.00~14.00/16.30~20.00、土曜午後と日曜休日]  ヴェネツィアの典型的な小バールである。ワインは上等、パニーニは多種。

オステリーア・アイ・ド・ラドローニ(Hostaria Ai Do Ladroni)[サン・マルコ区フォンダコ・デイ・テデスキ通り(Rm.del Fontego dei Tedeschi)5362番地。~24.00まで開店]」
  ――語学校教科書より訳出。所番地や営業時間等補足しましたが、リラ時代の教科書ですので、変更があるやも知れません。
「Cantine del Vino gia` Schiavi」ジャ・スキアーヴィこの他にかつてのNHK・TV・BSの世界街歩き番組ヴェネツィア編でカメラが入ったバーカロに《カンティーネ・デル・ヴィーノ・ジャ・スキアーヴィ(Cantine del Vino-gia` Schiavi)》[ドルソドゥーロ区ナーニ運河通り(Fdm.Nani)992番地(サン・トロヴァーゾ橋前)。8.00~14.30/15.30~20.30、日曜午後休み]がありました。右は店で頂いたこの店のカード、長橋(P.Longo)近くから見るサン・トロヴァーゾ橋前の〇印。
バーカロ・レメールのある広場またリアルト市場の裁判所 Fabriche nove の丁度大運河の対岸に見えるレメール小広場(Cpl.del Remer)に《レメール(ゴンドラの櫂を作る職人の意)》というバーカロが新しく出来ました。時間を置いてサーヴィスのチケーティが脇のテーブルに並べられ、それが目当ての人もいるようです。
NHK・TVのフィクション風のドキュメント、ドラマティックバス・ベネチア編『ヴァポレットの女』の中で、ヴァポレットの北部ラインの運転手さんが話しているその背景から、このバーカロのカウンターでの録画であることが分かりました。ヴェネツィアのバーカロは枚挙に遑がありません。
  1. 2012/01/07(土) 00:00:58|
  2. バーカロ
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バーカロ(2)

ヴェネツィアの語学学校のテキストから訳出――「バーカリ(Bacari)  バーカロ(bacaro)とはヴェネツィアではオステリーア(食堂)を意味する。そこではチケッティ[つまみの肴=チケーティ(cicheti ヴェ語)=cichetti(伊語)]やオンブラ[ombra(ヴェ語)=ワインのこと]をカウンターで注文出来る。ある店では座る席もあり、温められたチケッティを食することも出来る。
バーカロ地図、リアルト[リアルト橋近辺のバーカリ地図] ド・モーリ(Do Mori)[2人のムーア人の意、サン・ポーロ区ド・モーリ通り(Cl.dei Do Mori)429番地。日曜と水曜の午後は休業]  入口が二つあり、薄暗い空間である。美味のワイン・リストが常備されており、値段もワイン・ショップより抑えた価格で、その中には Picolit から Tignanello まである。お勧めの雄牛の後頭部の肉(coppa di toro)、《切手(francobolli)=小さなサンドイッチ》、他に通常のオンブラに最適の日替わりで作られる美味しい物が並べられている(*)。
カンティーナ・ド・モーリ入口ド・モーリ通り側の入口。裏側の通りプリマ・ガリアッザ[1° Galiazza(ヴェ語)=大型ガレー船]通りにも入口があります。
[この店は1462年に開業したそうです。朝の8.30~20.30の営業で、日本の居酒屋とは発想が丸で違います。店内には座る席はなく、バールではないのでコーヒーもありません。美味と言われているプロセッコ[prosecco(ヴェーネト地方のスパークリングワイン)=spumante(伊語)]から始めて、ひたすらチケッティとオンブラを飲食します。ヴェネツィア人はオンブラの白を飲む人が多いように見受けられます。]

ラ・カンパーナ(La Campana)[サン・マルコ区ファッブリ(Fabbri)通り4720番地。日曜休み]  メニューは外の黒板にヴェネツィア語で書いてある。入店するやその日のスペチャリタ(特別料理)が入ったショーケースと大きなカウンターがある。ヴェネツィア語の詩が壁に貼ってあり、チケッティは最高である。

アル・ポルテゴ(Al Portego)[カステッロ区マルヴァジーア(Malvasia)通り6015番地(サン・リーオ教会側)。8.00~22.00、日曜閉店]  アーティチョークに小蛸を乗せた物(folpetti)、当店風の辛味のサラミ・ソーセージ(salami)や小蝦蛄の料理(pannocchiette)等が色々の大皿小皿に盛りつけてある。腰を下ろして飲食出来る席もある(*)。
[folpetti(ヴェ語)は folpo(蛸)の縮小辞で、ヴェネツィアでは8本足に吸盤が一列並んだ蛸の意で、辞書には moscardino(伊語―麝香の匂いのする麝香蛸)とあります。吸盤が2列の普通の蛸は polpo(伊語)と言い、同義語に piovra、ottopodi 等があります。]

カ・ドーロ(Ca' d'Oro―Alla Vedovaのこと)[カンナレージョ区ピストール(Pistor)通り3912番地。11.30~14.30/18.30~23.00、木曜、日曜全休]  スペチャリタが並べられた素敵なカウンター。二つの部屋があり、奥の部屋には多くのお客のためのテーブル席が用意されている(*)。
バーカロアッラ・ヴェーチャ・カルボネーラ(Alla Vecia Carbonera)[カンナレージョ区マッダレーナ(Madalena)埋め立て通り2329番地。8.30~21.30、金曜土曜は~深夜2.00まで。月曜休み]  元々木炭小屋であった[carbonera(ヴェ語)=carbonaia(伊語)=木炭小屋、倉庫]。今でも部屋に古い酒樽が置いてある。上質のワインとパニーニ[panini=サラミ、生ハム、チーズ等を挟んだサンドイッチ]が美味しい[vecia(ヴェ語)=vecchia(伊語―古い)]。(*)
[サンタ・マリーア・マッダレーナ教会前の、サンタントーニオ橋左袂の《カルボネーラ》。NHK・TVの伊語語学講座の舞台となりました。]

ラ・パタティーナ(La Patatina)[サン・ポーロ区サオネーリ[Saoneri(ヴェ語)=石鹸製造者]通り2741番地(サン・ポーロ橋の袂)。9.30~14.30/16.30~21.00、日曜休日]  大きなポテトチップスとコロッケは気に入るだろうか。この店のそれを味わってみて欲しい。ローマ風サルティンボッカ[saltinbocca alla romana=薄切りした子牛肉と生ハムの間にセージを挟みバター焼きした料理]、モッツァレッラ・イン・カッロッツァ[mozzarella in carrozza=薄切りの食パンにモッツァレッラ・チーズを挟み、溶き卵を付けて油で揚げた温かいサンドイッチ]、野菜の揚げ物。

アッラッチュゲータ(All'Acciugheta)[カステッロ区サンティ・フィリッポ・エ・ジャーコモ(Ss.Filippo e Giacomo)広場4357番地。8.00~24.00、無休]  スペチャリタは、店名がそうであるように、アンチョビー[sardon(ヴェ語)=acciuga(伊語)=片口鰯]を挟んだ丸パン(panino)である。壁面に、画題にアンチョビーを描いた絵が数枚掛かっている(*)。

アッラ・ペルゴラ(Alla Pergola)[カンナレージョ区センサ運河通り(Fdm.de la Sensa)3318番地]  人気のないカンナレージョ区に足を踏み込んでみたければ、この店であまり目にすることのないテッティーナ[tetina(ヴェ語)=tettina(伊語)=牛の乳房肉]とルメガル[rumegal(ヴェ語)=反芻動物の胃]のような料理を目にするだろう。運河に面してテーブルを持つ居酒屋として、二つのサーヴィス料込みのツーリスト・メニュー16000リラ、20000リラがある(*)。
[当時100リラが7円位でした。この学校の教科書の紹介はリラ時代のものでしたので、これらの記述には変更になったり、消滅してしまったもの等が多々あるかも知れません。]
ド・スパーデド・スパーデ(Do Spade)[2振りの剣―サン・ポーロ区レ・ド・スパーデ通り(Cl.de le Do Spade)860番地。木曜午後と日曜休み]  食べてみたい物の中に、辛口のタルティーネ[tartine=一口大のパンにバター、チーズ、アンチョビー、アスパラガス、卵などを乗せたカナッペ]がある(*)。

アーエ・ド・マリーエ(Ae Do Marie)[カステッロ区ローリオ通り(Cl.de l'Ogio[(ヴェ語)=olio(伊語、オリーヴ油)]3129番地]  古いスタイルの居酒屋である。

アル・ポンテ(Al Ponte)[カンナレージョ区ラルガ・ジャチント・ガッリーナ通り(Cl.de la larga Giacinto Gallina)6371番地。8.00~21.00、日曜休日]  サンティ・ジョヴァンニ・エ・パーオロ広場直前[カヴァッロ橋(P.Cavallo)の袂]にある(*)。
バーカロ・アル・ポンテ「ダ・アルベルト」ダ・アルベルト(Da Alberto)[カンナレージョ区ラルガ・ジャチント・ガッリーナ通り(Cl.de la larga Giacinto Gallina)5401番地。日曜休日]  とりわけチケッティが豊富で、辛子のきいた温かいムゼット[museto(ヴェ語)=musetto(伊語)=豚の皮や頭の肉等の大型のソーセージ=salsicciotto(伊語)]、ソップレッサータ[sopressada(ヴェ語)=soppressata(伊語)=豚の頭の肉、足、屑肉等で作る腸詰め]やサラミ・ソーセージ(salame)、また揚げたバッカラ[bacala`(ヴェ語)=baccala`(伊語)=切り開いて塩漬けにした鱈]がある(*)。
[サンティ・ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会前の橋を下ると左の赤い《アル・ポンテ》、座る席が沢山あります。その道をそのまま少し行くと右手の《ダ・アルベルト》です。2013年現在立ち飲みを止めてしまいました。直ぐ傍のテースタ通り(Cl.de la Testa)にアパートを借りたのでこの二つのバーカリは便利でした。]

アッラ・ランパ(Alla Rampa)[カステッロ区サンタントーニオ大通り(Sz.Sant'Antonio)[バンディエーラ・エ・モーロ・オ・デッラ・ブラーゴラ広場の直ぐ裏]3607番地。7.00~20.30、日曜休日]  古いタイプの居酒屋で、全くツーリスト向きではない。温かいムゼット(museto)を挟んだパニーノ(panino)がある(*)。

ヴィーニ・ダ・ピント(Vini da Pinto)[サン・ポーロ区レ・ベッケリーエ広場(Cp.de le Becarie)367番地。日曜夕方と月曜休み]  朝のリアルト市場が活況を呈している時間がお勧め[魚市場の直ぐ前]。バッカラ(bacala`)、アンチョビー、蛸(folpo)がある。奥に部屋もある(*)。」
  1. 2011/12/31(土) 00:03:46|
  2. バーカロ
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バーカロ(1)

バーカロ(bacaro[単数]、bacari[複数])とはヴェネツィアの居酒屋(osteria、hostaria)のことです。ヴェネツィアの語学学校に通った時、学校から提供された教科書に、ヴェネツィアならではの、ヴェネツィア案内の頁にバーカリの事が紹介されていました。題して“Un giro enogastronomico”。夕方の課外授業でも、先生方が希望する生徒達をバーカリのハシゴをしながら、伊語の勉強がてら案内してくれました。

バーカロはヴェネツィア語で伊語ではありません。バール(bar)に似ていますが、ヴェネツィア特有の店です。朝早くから客に酒とそのつまみを販売し、そんな店が町中至る所に散らばっているという現象は、ヴェネツィア独特のことではないでしょうか。早朝からオンブラ(ヴェ語―ワインの意)を飲む人が沢山いるということです。

ヴェネツィア語についてウンベルト・エーコは、ジャン=クロード・カリエールとの対談集『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ、2010年12月30日)の中で次のように言っています。
『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』エーコ: 私が思うに、書物の定義を考えることは、言語と方言はどう違うかを検討するのに似ています。言語学者にもその違いはわからないんです。それでも、方言とは軍隊も艦隊も持たない言語である、というふうに説明することは可能です。だからこそ、たとえば、ヴェネツィア語は言語だと考えられています。なぜなら、外交や商取引で使用されていたからです。逆にピエモンテ語が言語と呼ばれるような働きをしたことはいまだかつてありません。
カリエール: だからピエモンテ語は方言の域を出ない、と。
エーコ: そういうことです。ですから、小さな石碑に記号が一つだけ、たとえば神の名前が一つだけ書いてあったとしても、それは書物ではありません。 ……」

私がヴェネツィアに行くと必ずと言っていいように立ち寄る店は、リアルト橋近くのラヴァーノ通り(Rugheta del Ravano)にある《アンティーカ・オステリーア・ルーガ・リアルト(Antica Osteria Ruga Rialto)》というバーカロです。初めてヴェネツィアに行った時、この店は《レティーツィア》というレストランで、店は混んでいて店の奥の部屋に案内されました。

その後数年して《(略して)アンティーカ・ルーガ》と名前が変わっていました。店に入るとカウンターがあり(以前はなし)、オンブラを飲むバーカロ空間です。奥に食事の出来るオステリーア空間も残されています。今年ヴェネツィアに帰郷していたファビ様の娘エレオノーラ(ミラーノ大3年生)に、お勧めのレストランは? と尋ねると、レティーツィアと発声して、この旧レティーツィアを勧められ、不思議な因縁を感じました。

写真家の篠利幸氏はバーカロについて、雑誌『太陽』(《ヴェネツィア―海の都の物語》1997年10月号)の中で次のように書いていました。
『太陽』1997年10月号「19世紀の中頃、オーストリアと戦っていたヴェネツィアにプーリア出身のパンタレオ・ファビアーノという男が兵士として滞在していた。戦争が終わると彼はヴェネツィアがたいそう気に入っていたので、この町に留まることにした。しかし当時は質の良いワインがこの地にはなく、郷里のプーリア県のトラーニからワインを取り寄せて売ってみたところ、これが評判になった。

ある夜、ゴンドリエのグループが彼の店にきてそのワインを飲み、その内の親分格の男が《これはうまいワインだ。これこそがバーカリのワインだ》と喜んだ。

そもそもヴェネツィアの古い方言では、仲間たちと飲み食いしながら馬鹿騒ぎをすることを“bacara(バーカラ)"と言っていた。この語源は酒神バッカスの祭りである“baccanale”や《馬鹿騒ぎ》を意味する“baccano”と同根と見ても間違いではないだろう。

ゴンドリエの男は“バーカラ!”と言うべきところを思わず間違って、“バーカリ!”と叫んでしまったのだ。以来、ファビアーノはそのワインをバーカリと呼び、また新しく出した店にも《バーカリ・グランド》という名前をつけ、人々はだんだんと居酒屋をバーカリと呼ぶようになったのである。……」

新宿三丁目の伊勢丹前の地下2階にある《イル・バーカロ》というバーカロ風に立ち飲みの出来るヴェネツィア料理の店は、ヴェネツィアのバーカロ《アッラ・ヴェードヴァ》で修行されたシェフ、谷川さんが店長だった店です。現在でもヴェネツィアが懐かしくなるとカウンターでオンブラを飲んだり、ヴェネツィア料理を食べに行きます。
イル・バーカロヴェネツィア・レストラン『バラババオ』谷川さんは現在は、ヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・グリゾーストモ教会脇のレストラン《バラババオ》で修行したシェフが腕を振るう、銀座一丁目の同名のレストラン《バラババオ》に移られました。この店にも立ち飲み空間が用意されています。

他のイタリアンの店のことは余り知りませんが、こういう気さくな立ち飲み空間のあるイタリアンの店は東京に他にもあるのでしょうか。立ち飲みしていると、テリトリーの決められたテーブル席とは異なり、つい隣に立つ未知の人とも気軽にお喋りを始める人が多いように見受けられます。
『Bacari』の本 篠利幸『ヴェネツィア―カフェ&バーカロでめぐる12の迷宮路地散歩』Simone Azzoni、Ermanno Torossi『Bacari―Ristoranti e Osterie di Venezia e dintorni』(Cartografia di Novara、2002年5月)や篠利幸『ヴェネツィア―カフェ&バーカロでめぐる12の迷宮路地散歩』(ダイヤモンド社、2008年8月1日)、といったバーカロについての本を読んでまたバーカリのハシゴをしたいものです。次回は語学学校の教科書から簡単な Bacari の紹介です。
  1. 2011/12/24(土) 00:04:07|
  2. バーカロ
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Campo Do Pozzi(D)(二つの井戸広場)

2度目の語学留学をしたのは、語学学校(Istituto Venezia)のマッシモ先生のお宅をお借りしてのことでした。アルセナーレ(Arsenale)のすぐ西にあるド・ポッツィ広場(Campo Do Pozzi)から北に向かうマーニョ通り(Calle Magno)にその家はありました。

停留所アルセナーレからカ・レッツォーニコ(Ca’ Rezzonico)駅までヴァポレットで、ヴェネツィア定期券(CartaVenezia)を購入して学校に通いました。現在ヴァポレットの値段が上がり、定期券も何がしか変更になったようです。

Do(ヴェネツィア語)=Due(伊語、二つの意)なので、この広場は《二つの井戸の広場》の意味ですが、ここカステッロ区(sestiere di Castello)以外にも、サン・マルコ区の3月22日大通り(Calle Larga XXII Marzo)南のCorte dei Do Pozzi や、カンナレージョ区(Canaregio)のサンタ・ソフィーア運河(Rio Priuli o S.Sofia)脇の Ruga Do Pozzi 等《ド・ポッツィ》の地名があります。地図によっては Due と書いてあるものもあります。

ド・ポッツィ広場のバーカロ(bacaro)、オステリーア・アイ・フォルネーリ(Osteria ai Forneri)でよくコーヒーやオンブラ(特に白ワイン)を飲んだ(バーカロはアルコール類だけを出すところが多いようです)ので、そんな折、現在井戸は一つしかないのに何故 Do(二つ)なのか、ここで傍にいた人に尋ねたことがあります。その人はこの土地生まれではなかったのか、知らないという返事でした。
ド・ポッツィ広場[井戸が一つだけ見えるド・ポッツィ広場] Giuseppe Tassini 著『Curiosita` veneziane』(1863、Filippi Editore 再刊)という本を帰国して読んでみると、やはりかつては井戸が二つあったようです。

伊映画『ベニスで恋して(Pane e tulipani)』の中で、女主人公のロザルバとコスタンティーノ探偵が出会いの場所として《井戸の広場》に決めます。翌朝2人が会った場所が画面に映し出された時、それが毎日目にしていたド・ポッツィ広場だったのでジーンと胸が熱くなりました。
「ベニスで恋して」パンフレット[映画パンフレット] 映画では《カンポ・ド・ポッツィ》と発音されましたが、字幕は《井戸の広場》だったので、映画の訳者には Do の意味は分からなかったかもしれません。映画ではツィンツィアと発音されていた人名が、字幕では英語のシンシアとなっていましたから。

フォルネーリの主人は、映画撮影時、ここの内部からも撮影したけれど、映画ではそのシーンはカットされていた、と教えてくれました。ヴェネツィア映画は当たらないというジンクスがあるそうです。スィルヴィオ・ソルディーニ監督自身はこの映画を観客動員2万以下と予想したのだそうですが、130万超の観客に見られたヒット作となったのです。

ある日夜遅く帰宅前に立ち寄ると、カウンターの上だけ明かりが点いていました。奥のテーブルのあるスペースは暗くなっていて、ぎっしり人が居り、TV のサッカーを見ていました。試合終了で明かりが点くと、40人ぐらいの人が立ち上がったでしょうか。

何人かの人に、中田のローマはよくやったと言われ、握手を求められました。ユヴェントゥスとローマが闘い、0:0の引き分けの試合でした。この日は中田英寿選手は出場しませんでしたが。

このバーカロにはこの地域のサッカー・チーム《ソニー》の選手達の写真が飾ってあり、ユーヴのスポンサーだったソニーの名前をチーム名としていました。TV 放映の時は、ビアンコネーリ・ファンが集まるようです。

近所の高校生らしい青年が、よくチェス盤を抱えてやって来て、店の主人とチェスを指していました。客そっちのけのこの闘いは見ていて、昔日本でもあった縁台将棋そのままで楽しい見物でした。

クリスマスの前には、大きな albero di Natale(クリスマストゥリー)を広場に立て、店の主人が一人飾り付けをしていました。まるでこの店の広場であるかのようですが、近所の人達もそれを楽しんでいる風が傍目にも分かりました。
  1. 2007/10/28(日) 02:17:37|
  2. バーカロ
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プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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