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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: コッチーナ・ティエーポロ・パパドーポリ館(P.Coccina Tiepolo Papadopli)(2)

(続き)
ティエーポロ家は大変古い家柄で、その分家は現在も存続している。1000年にはバルトロメーオが既にサン・マルコ財務官であり、第一級の政治家として頭角を現していた。そして1000年以上続くヴェネツィアの全歴史の間、この一家の名前は途切れることなく出現し、偉大なる外交官、行政官、宗教家、海の男として著名になっている。

この一家から2人の総督も出た。ヤーコポ(1229年)は1249年退位したが、カンディア(現ギリシアのイラクリオン)の最初の総督であり、勇敢な兵士であった。彼はまた博学の法律家であり、それ故、総督に選出されるや、市民法と刑法が成文化に着手されることを願った。

2番目の総督ロレンツォ(1268~75)は活発な日常生活よりはむしろ学究活動に没頭するようなメランコリックで物静かな男であった。それ故海軍の指揮を任された時、海洋については殆ど無知だったので公然と愚弄された。更に友人の1人が彼にパレスティナのアクレ[イスラエル北部の港湾都市]からジェーノヴァ人を追い払い、モンティオイ要塞の石を自分のために持って帰ってくれるように頼んだ。

ロレンツォは何も答えなかったが、嘲笑されたことは覚えていて町を征服するやいなや、砦から大きな石の塊を切り取らせ、ヴェネツィアに持ち帰った。自分のガレー船の画像の上にその事を彫り込ませると、最初にその塊を友人の家の前に置いた。それからサン・パンタローン教会の右脇に置き換えた。

サン・マルコ寺院の、総督宮殿側の角にある斑岩製の Tetrarchi(四分領主)像を持ち帰ったのは、彼だったようである。
四分領主像[サン・マルコの四分領主像――この Tetrarchi(複数―Tetrarca:男性単数)とは赤い斑岩で作られた《四分領主像》で、サン・マルコ寺院総督宮殿側の壁面に嵌め込まれています。赤いので直ぐそれと判ります。ローマ帝国支配に役立てようと、ディオクレティアヌス帝が4世紀に製作させたと言われています。四分領主とはディオクレティアヌス、マクシミリアン、ウァレリアヌス、コンスタンティヌスの4帝だそうです。シリアあるいはエジプトで作られ、コンスタンティノープルを経て持ち帰られたと言われています。]

1310年一家の若いバイアモンテがピエラッツォ・グラデニーゴ[総督ピエートロ・グラデニーゴのこと]の憲法上の改革で損害を被った貴族達、舅のクェリーニらに支えられて、権力奪取の陰謀を企んだ。ピエラッツォは事の気配を察知し、幸運にも助けられて守りを固めていた。

一方陰謀者達は武装した支持者とサン・マルコ広場へ侵入しようとしていた。ある老婦人がこの騒ぎは何事か見ようと窓から顔を出した。そして窓にあった石の乳鉢を投げ、旗手アンドレーア・クェリーニの頭に直撃させ、彼は死んだのである。その事が大混乱を引き起こし、反乱者は総督の兵士に反撃され、逃げ始めた。追跡をかわそうとリアルト橋を断ち落とした。

共和国は偶然の助力であったという認識であったが、乳鉢の老婆(vecchia del morter[乳鉢(mortaio)のヴェネツィア語])の行為を認め、彼女の子孫が永遠にその建物を使用してよしとした。サン・マルコの時計塔のアーチの下近くの壁面に、このエピソードを思い出す縁(よすが)となる碑が刻まれてある。
乳鉢を投げた老婆[メルチェリーア・デッロロロージョ(Marzaria de l'Orologio)通りの乳鉢のジュスティーナ・ロッシお婆ちゃんのレリーフ]  このドラマチックな事件後、ティエーポロ家の政治生命は完全に終息したが、声望はあるのである。なぜなら政治以外の分野で著名な人物を輩出し続けたからである。」
  ――E.&W. エレオドーリ著『大運河』(1993)より
  1. 2011/10/01(土) 00:03:01|
  2. ヴェネツィアの建築・建物
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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