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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

三社祭

ヴェネツィアの祭には色々、何度か観客として参加しましたが、昨日は浅草の浅草神社の三社祭に行ってきました。実はその前の週、神田の明神さんにお参りしました。明神下の江戸時代同房町といった地域にかつて世話になった方がいて、挨拶に行くと、96歳の健在のご夫婦にお喋りに付き合って頂きました。その後、境内で神輿を見ていると、暴れ出した神輿に煽られて、薙ぎ倒され、夫婦共々人に踏まれたのですが、幸いに怪我はありませんでした。
三社祭そして三社祭! この三年連続して観客になっています。妻はかつて八王子の祭で両肌脱いで大太鼓を叩いていましたから気合が入っています。私は単なる見物人。《浅壹》の法被を着た連から《三社》の連の神輿まで。浅草公会堂の前が基地らしい三社連の人達の神輿を中心に見物しました。あやめ連の奇麗所が切れ目なく祭囃子の演奏です。《~ちゃん、可愛いー!》とおじいちゃんから声が掛かります。ヨーロッパ系の顔の担ぎ手の法被姿からアジアの顔の人、女性の担ぎ手は五分の二くらいあったでしょうか。見物人の和服姿の若い男女の言葉は中国語だったりして、祭が国際色を帯びていると感じました。
三社祭、神輿あやめ連旦那連の着流しの和服姿の帯の、凝った象牙か何かの細工物の根付で帯留めした印籠、巾着のような飾りがかっこいい。女性達の髪型は髪を伸ばし、頭の後ろに丸く固めて団子をネットで飾り、手拭いを帯状にして王冠のように飾ります。少女達も子供神輿で鍛えられます。
腰の飾り 雷門の猫ちゃん[右、雷門の柱に座り、皆の注視の的になっていた猫ちゃん] 神田明神は山王さんと二社で、江戸時代徳川家邸内に神輿が入り、奉幣の儀式を毎年行ったのだそうです。天和元年より毎年それを行うのは町人にとって負担が大きいとのことで、隔年挙行となり、更に正徳三年より根津権現の三社の交互となったのだそうですが、享保三年、元の二社に帰ったのだそうです。この祭を天下祭と称し、江戸三大祭と言ったりしますが、浅草の三社さんは武士とは関係のない庶民の祭で、別格の大祭と思われます。浅草大好きです。

毎年伝法院通りの飲み屋さん《紅とんぼ》で祭の締め括りは飲んでいたのですが、席が一杯で今年は全然空きがなく、仕方なく新宿に戻り、伊勢丹前のヴェネツィアン・レストラン《イル・バーカロ》で、ヴェーネトのワインでヴェネツィア風に終わりました。
  1. 2015/05/18(月) 17:45:56|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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