イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの街案内(15)

今回マーリブラン劇場前のアパートを借りましたので、以前にも紹介したG.フーガ=L.ヴィアネッロ著『CORTO SCONTO』からここを通るコースを紹介してみましょう。
ヴェネツィア地図1「かの有名なヴェネツィアの喜劇作家カルロ・ゴルドーニの銅像に元気も貰える広場サン・バルトロミーオが、我々のこの旅の出発点である。ヴェネツィアの中でも中心となるこの広場は、ヴェネツィア人が出会いの場所として最も好む地点の一つであり、既にご存知のように、その奥まった所に朝から晩まで盃を傾けることの出来る飲み屋さんが色々ある。
ゴルドーニ像今やお歳を召したゴルドーニ老、あらゆる人間の機微を熟知した父親のような温かい彼の眼差しを受けながらお別れして、フォンテゴ・デイ・テデスキ(ドイツ人商館)大通りを行こう。ドイツ人商館はヴェネツィア中央郵便局である。この堂々たる建物は、建築家スパヴェントの作品で、3年前の凄い火事で完全に焼失した商館の跡に1508年再建されたものである。
ドイツ人商館屋上から[ここは最近ヴェネットーン経営の有名ブランド店になりました。以前からのヴェネットーン店はそのままリアルトにあります。郵便局はリアルト近くサン・サルヴァドール通りに越しました。屋上に上がることが出来るようになり、修復なったリアルト橋の向こうに素晴らしい眺めが展開しています。]

ここは13世紀からドイツ人のコミュニティが、ヴェネツィア元老院から住宅や旅客用、輸出入の倉庫用敷地の許可を得て、所有していた。この建物は大運河側が全面ジョルジョーネによってフレスコ画で覆われた。その残存したフレスコ画の一部がカ・ドーロ美術館で保存されている。一方道路側はティツィアーノがフレスコ画を描き、それらは正に素晴らしきルネサンス芸術である。

内部の中庭は総体に同時代の壮大なエレガンスを帯びた、3列のロッジャの規模がリズミックな魅力を醸し、丸でジョルジョ・デ・キリコのメタフィジックな広場空間に入り込んだ感がある。階段を昇り、ロッジャ周りを歩いてみよう。各アーチの基部や石の上に、ある種の引っ掻き図が見られる。そのモティーフは一種のお遊び(tria=伊語tavola a mulinoというゲーム)である。

共和国時代、ここには記憶に値する祭があった。中でも伝統的な仮面のそれは、3日間継続して続き、カーニヴァルの開始に繋がっていった。この素晴らしい中庭(現在は屋根が付けられた)を後にする前に、我々は切手を買って、郵便物を送るために、窓口に行こう。

橋を越し、レストラン“Fiaschetteria Toscana”まで行き、その直後を左へ曲がり、レメール小広場の軒下通りを抜けると、大運河に顔を向ける、13世紀終りの建築的にも目を見張る、上部に見える建物、奥に見えるのはビザンティン様式の味わいがある。
レメール広場[外階段の右は何年か前に開店したバーカロ・レメール。その他にもこの小広場に活気が見えます。]  道を引き返し、ヴェネツィア人がよく通った、“マドンナ”とともに知られるレストラン“トスカーナ”の前を通り越し、教会(サン・グリゾーストモ)の向こうを左に曲がり、最初の右の道モロズィーニを行くと、最初の小広場アマーディ小広場がある。時に鉄格子が閉まっていることがあるが、壁に美しいビザンティンの盃を見ることが出来る。

更に奥に、モロズィーニ小広場があり、かつての冒険や忘れがたい騎士、決闘や闘いといったものを想像させる兜や盾を彫り込んだ、アラブ=ロンバルディーア様式(13~14世紀)の大理石のアーチが建ち上がった入口がある。

この小広場は今でも煉瓦が敷き詰められ、井戸や外階段といった中世の面影を見せるが、ここはかつて町でも一番古くて著名な一族モロズィーニが住んだ一角である(総督4人、総督妃3人、王家嫁入り2人)。

モロズィーニ通りを後にして引き返し、右へ曲がり、軒下通りを抜けてプリーマ・デル・ミリオーン小広場に出る。ここはコルト・マルテーゼと彼の仲間達がよく訪れた一角である。 ……」 (16に続く)
ティツィアーノ展1ティツィアーノ展2ヴェネツィアから帰り、先日漸く都美術館の『ティツィアーノとヴェネツィア派展』に行ってきました。~4月2日までやっています。
  1. 2017/03/23(木) 00:14:03|
  2. ヴェネツィアの街
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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