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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ジョルジョーネ(2)

ヴェネツィア語では、Giorgioが Zorzo、Giorgioneが Zorzon(ゾルゾーン)なのだそうです。彼の短かった一生をM. ブルゼガーン著『ヴェネツィア人物事典』(Newton Compton Editori)から紹介してみます。
『ヴェネツィア人物事典』Giorgione[自画像、サイトから借用] 「 ジョルジョーネ、画家(1477/78?カステルフランコ・ヴェーネト~1510.09.17ヴェネツィア)
ジョルジョ・ダ・カステルフランコはジョルジョーネと通称され、多分1477年(78年とも)?にヴェーネト州のカステルフランコに生を享けた。伝記的情報が乏しく、彼の人生を確信をもって再構成するのは難しく、正確なところは知る由もない。例えばヴェネツィアでジョヴァンニ・ベッリーニの弟子であったことはジョルジョ・ヴァザーリの証言によるものであった。

彼の絵画はアントネッロ・ダ・メッスィーナ、デューラー、レオナルドのような大画家の影響にまで遡るのだが、ヴェネツィア滞在中、色々な画家の絵画語法を取り入れた。潟の町で2つの重要な作品を描いた。一つの大作は今日では失われてしまったが、それは1507年か1508年と推測される総督宮殿の謁見の間に描かれたものであり、もう一つはドイツ人商館のファサードに描かれたフレスコ画群で、1508年に完成したが、今日アッカデーミア美術館に保存されている裸婦の断片一点が残るのみである。

彼に帰属する若き日の作品には、ワシントン国立美術館の“Adorazione dei pastori(牧人の礼拝)”や“Adorazione dei Magi(東方三博士の礼拝)”、“Madonna col Bambino(聖母子)”、“Giuditta(ユディト)”、“Laura(ラーウラ)”、“Prova del fuoco(モーゼの火の試練)”がある。

確証のある、彼に帰属する他の作品には、ヴェネツィア貴族マルカントーニオ・ミキエールの年記1525年と1543年の記述が記された作品、ヴェネツィアのアッカデーミア美術館の“La Tempesta(嵐)”とウィーンの美術史博物館の“I tre filosofi(三哲人)”、ドレースデン美術館の“Venere(眠れるウェヌス)”がある。

それらに比肩する作品に、恐らく1504年のカステルフランコ・ヴェーネトのサン・リベラーレ教会(ドゥオーモ)の“Pala di Castelfranco(玉座の聖母子と聖リベラーレと聖フランチェスコ)”やカリフォルニアのサン・ディエゴ博物館の“Ritratto virile(男の肖像)”がある。

ティツィアーノやセバスティアーノ・デル・ピオンボのような画家達に与えた彼の影響は、著しいものがある。ジョルジョーネは1510年の秋ヴェネツィアでペストのために亡くなった。

ヴェネツィアにある他の作品には、上記以外ではアッカデーミア美術館に“I santi Marco, Giorgio e Nicolò salvano Venezia dalla burrasca(時化からヴェネツィアを救う聖マルコと聖ゲオルギオス、聖ニコラオス)”、“Nudo di giovane donna(裸婦)”(1508年フレスコ画)、“Ritratto di vecchia(老婆)”、“Sacra conversazione(聖会話)”があり、サン・ロッコ大同信会館に“Cristo che porta la croce e manigoldo(十字架を担うキリスト)”、教皇庁神学校(Seminario patriarcale)に“Apollo e Dafne(アポローンとダプネー)”がある。 」

彼の絵は次の画像のサイト、Giorgioneで見ることが出来ます。
  1. 2019/05/31(金) 02:44:22|
  2. | コメント:0

ジョルジョーネ(1)

フィレンツェのジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari、1511.07.30アレッツォ~1574.06.27フィレンツェ)が書いた評伝『ルネサンス画人伝(Le vite de' più eccelenti pittori, scultori e architettori)』(平川祐弘・小谷年司・田中英道訳、白水社、1982年4月2日)の中に、ヴェネツィアの画家の一人、私が好きでその生まれ故郷のカステルフランコまで行った、ヴェネツィアで活躍したジョルジョーネについて書かれています(その町にジョルジョーネ美術館(ジョルジョーネの家)がドゥオーモ傍にあります。彼のデッサン、楽しいです)。下にこの書から一部引用しました。
ジョルジョーネヴァザーリ著「レオナルドの作品によって、フィレンツェが大いに宣伝された頃と時期を同じくして、ヴェネツィアでは、その市民の一人の優れた才能が、この町の美しさに少なからざる貢献を成し遂げている。この人物は、市民たちの敬愛おくあたわざるベリーニ兄弟はおろか、それまでにこの町で画筆を取ったいかなる画家をも、はるかに抜きん出ていた。彼こそ、トレヴィーゾ領内カステルフランコに一四七八年生を享けたジョルジョである。当時のヴェネツィア統領はジョヴァンニ・モッツェニーゴで、同じく統領をつとめたピエーロの弟にあたる。

画家は大きな体と寛大な心の持主であったため、のちに大きなジョルジョすなわちジョルジョーネと呼ばれるにいたった。生れは卑しかったが、終生礼儀正しかった。ヴェネツィアに育ち、常に女性を愛するのを好み、笛狂(リュートきちが)いで、生前笛をとって歌わせれば、絶妙な演奏で、貴紳の催す楽曲の集いにしばしば召し出されたほどであった。
……
一五〇四年、リアルト橋のかたわらにあるドイツ人商館に大火が発生、火は商品もろとも商館を焼きつくし、商人に大きな損害を与えた。ヴェネツィア政庁は再建を決定し、以前より住み心地のよい、豪華絢爛たる設備をそなえた建築がすぐに落成した。ジョルジョーネの名が高まっていたため、建築責任者たちは談合の末、彼に彩色壁画の制作を委嘱することを決定した。

この町の目抜きの美しい場所に、ジョルジョーネをして想像力を存分に羽ばたかせ、すぐれた作品を制作させ、実力のほどを披歴させることになった。この仕事を手がけるにあたって、ジョルジョーネは、幻想のおもむくままに人間を描き、芸術上の表現にのみ心を砕いた。

事実、首尾一貫した筋書の物語も、現代古代を問わず人口に膾炙した人物も描き出していない。絵は私の理解を越え、人にきき正してみても理解している人は皆無であった。あちらに女が一人、こちらに男が一人と、勝手なポーズをしているだけなのである。一方は獅子の首を横にしたがえ、他方にはキューピッドの姿をした天使がかしずいている。一体これが何を意味するのか判断がつきかねる。

メルツェリーアの方に抜ける正門の上には、腰をおろした女が描かれている。下方には死んだ巨人の首があり、ちょうどユデトのように、首を剣先で持ち上げ、下にいるドイツ人と話を交わしている。女にドイツを象徴させようとしている以外には、何を表わさんとしたのか私には見当がつかない。

人物像のまとまりが良くなり、進歩の跡が歴然としているのは確かである。頭部、顔、肉体の一部はすぐれた表現で、色彩は生き生きしている。他人の作の真似ではなく、実際にモデルを見て描き上げようとしたことは、彼が払った努力のすべての点からみても明らかである。この建物は、商人が利用したり、公共の用をなすためよりも、ジョルジョーネの仕上げた作品によって有名になってしまった。 ……(小谷年司訳)」
ドイツ人商館[ヴェ語Fontego Dei Tedeschi] 色大理石でファサードを飾るのは大変な費用が掛かり、絵画の比ではないと言います(ダーリオ館のファサード等)。ドイツ人商館の壁面に彼がティツィアーノと二人で描いた壁画は、長年故に剥落し、その痕跡は現在はアッカデーミア美術館に僅かな断片が保存されているだけだそうです。上の“モッツェニーゴ”のスペルは Mocenigo(モチェニーゴ)、“メルツェリーア”は Merceria(メルチェリーア)でしょうか。あまり見かけない表記法です。彼についての伝説を、2011.11.05日のコンタリーニ・ダル・ザッフォ館》(1、2)で触れました。ドイツ人商館については2016.02.11日のドイツ人商館で。
  1. 2019/05/24(金) 09:39:35|
  2. | コメント:0

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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