イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――マルセル・プルースト(2)

前回引用しましたように「私の目に燃えあがって見えるのは……サン・マルコ聖堂の尖塔の黄金の天使なのだった」と書いた少し後で、「私が一番多く出かける先はサン・マルコ聖堂であった、そしてそこに行くにはまずゴンドラに乗らなくてはならなかったので……」(井上究一郎訳)とプルーストは書いています。
『ヴェネツィアでプルーストを読む』プルーストが1900年5月(1899年も)にヴェネツィアに到来した時、どこのホテルに宿泊したのか、色々説があるようですが、鈴木和成著『ヴェネツィアでプルーストを読む』(集英社、2004年2月10日発行)によれば、先ずサン・マルコの鐘楼の金色の天使が見えるホテル・ダニエーリに泊り、その後恐らく、大運河の波の騒ぐ音を身近に聞く必要があり、ホテル・エウローパに移ったのだろうとしています。プルーストの街歩きは次のようです。

「こうして路地(カリ)がこの上もなく狭いためにみすぼらしい家の一軒一軒がひっそりと軒を接しているさまは、オランダ派の絵を百枚も並べた展覧会のようだった。ぎゅうぎゅうづめにされたこれらの路地は運河と潟にはさまれて切りとられたヴェネツィアの一片を、溝で縦横に分割しており、まるでこの一片が無数の薄く小さな形に結晶したかのようだ。

不意に、こうした小さな道のつき当たりで、結晶した物質が膨張を起こしたらしい。この小さな道の作る網の目のなかに、こんな立派なものはおろか、その場所だってあろうとはとても思えないくらいの広い堂々たる広場(カンポ)が、素敵な館に囲まれ、月光に青白く映えて、私の前に広がったのである。

立派な建物を一ヵ所に集めたこのような場所は、ほかの町だったら、何本もの通りがその方向に走っていて、その場所を指し示しながら人を導いてゆくところである。しかしここでは、わざわざ入り組んだ小路のあいだに隠されているように見える。

ちょうど東方(オリエント)のおとぎ話に出てくる宮殿のようなもので、夜そこへ連れてゆかれて、夜明けの前に自宅に連れ戻された人は魔法の住居をふたたび見つけだすことができないので、しまいには夢のなかで行っただけだと思いこむようになる。

その翌日私は、前夜のすばらしい広場を探しに出かけたけれども、歩いてゆく路地(カリ)はどれもこれもよく似ていてわずかな情報も与えてくれず、ますます私を迷子にするばかりであった。ときおり、ごくあいまいな手がかりを認めたような気がして、孤独と沈黙のなかに幽閉されたあの追放の身の美しい広場の出現が見られるだろうと私は想像する。

だがその瞬間に、新たな路地(カリ)の姿になった意地の悪い魔神のために心ならずも道を引き返す破目になり、そしてとつぜん大運河に自分が連れ戻されたことに気づくのだった。

そして夢の思い出と現実の思い出のあいだにはそう大きな違いがないものだから、ついに私は、暗いヴェネツィアの一片の結晶体のなかで、ロマンチックな宮殿にかこまれた大きな広場をいつまでも月光の瞑想にささげていたあのふわふわと漂うような奇妙な状態は、睡眠中に起こったのではないかと考えるようになった。……」
 ――『失われた時を求めて』第11巻第六編「逃げ去る女」(鈴木道彦訳、集英社、2000年3月22日発行)
青と銀のラグーンジェイムズ・ホイッスラー『青と銀のラグーン、ヴェネツィア』。ホイッスラーのサイトから借用。
ジェイムズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(1834~1903)という米国の画家がいます。彼が描いたヴェネツィアの景観画や小運河等の街の裏のエッチング等の絵画は、私の街歩きに詩情を与えてくれました。プルーストは『失われた時を求めて』の中で彼を何度か取り上げています。エルスティールという画家としても作品の中に取り上げている、と聞きましたが、まだ私は自分なりに確認出来ていません。
  1. 2009/08/01(土) 00:01:15|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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