イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――マルセル・プルースト(3)

「夕方になると、私は魔法にかけられたような町のなかへひとりで出かけていった。知らない界隈に足を踏み入れたときは、自分がまるで『千一夜物語』の登場人物になったような気がした。散策の途中、どんなガイドブックにも載っていなくて、いかなる旅行者からも聞いたことのない広々とした見知らぬ広場に行当たらないようなことはほとんどなかったと言っていい。」
 ――『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年5月20日発行)、第2章より

プルーストが最後に手を入れたグラッセ版からのこの翻訳は、著者による3分の2にも渡る削除があり、大変読み易くなっている面が窺えます。事実他の版と異なって、上記の引用文はこれだけで一段落となっています。題名も『逃げさる女』から『消え去ったアルベルチーヌ』と変更になっています。

かつてプルーストに親しんだため、自分の文章が彼のそれのように長々となって、明晰さを欠くものになっていく嫌いがありました。プルーストは最期に clarte' でないものは仏語にあらずの方向に転向したのでしょうか。

「…すなわち今は深い青空が私の目を陶然とさせ、さわやかさの印象とくらくらする光の印象が私のそばで旋回していたのである。

それをとらえたいと思った私は、ちょうどマドレーヌを味わったときにそれが思い出せるものを自分に引きよせようとしながらじっと動かずにいたように、大勢の運転手たちに笑われるのは覚悟の上で、今しがたそうしたように片足を高い敷石に、もう一方の足を低い敷石においたまま、ぐらぐらとよろけそうな姿勢を保っていた。

もっともただ身体だけでいくら同じ歩き方を繰り返しても、これはその都度なんの効果も上げはしなかった。

しかしゲルマント家の午後の集いのことも忘れて、こんなふうに両足をおきながら、ついに先ほどの感覚を見出すのに成功すると、ふたたび目のくらくらするような、しかし判然とはしない光景が私に軽くふれ、それがまるでこう語りかけているかのようだった。

『さあ、お前にその力があるのだったら、通りがかりに私をつかまえてごらん。そして、私がお前にさし出している幸福の謎を解こうとつとめてごらん』そのときほとんど同時に、私にはその光景が分かった。

それはヴェネツィアだった。この町を描こうとする私のさまざまな努力や、私の記憶が撮影したいわゆるスナップショットが、これまで一度も私に何ひとつ語ってくれなかったヴェネツィア、それを、かつてサン=マルコ寺院の洗礼堂にある二つの不揃いなタイルの上で覚えた感覚は、その日にこの感覚と一体となっていた他のすべての感覚を伴って、私に返してくれたのである。
サン・マルコ広場カナレット画『サン・マルコ寺院とサン・マルコ広場』
そうした感覚は、忘れられた一連の日々のなかのそれぞれの場所にじっと待機していたのであり、ある唐突な偶然が、それをむりやりに引き出したのだった。

これと同様に、かつてはプチット・マドレーヌの味が、コンブレーを私に思い出させた。だが、なぜコンブレーとヴェネツィアのイメージは、それぞれの瞬間に一つの喜びを私に与えたのか、確信にも似た喜び、そして他の証拠も何もないのに、それだけで死をどうでもよいものにしてしまうような喜びを、どうして私に与えたのであろうか。」
 ――『失われた時を求めて』12巻、第7編『見出された時 1』(鈴木道彦訳、集英社、2000年9月25日発行)

仏人作家フィリップ・ソレルス(『公園』(岩崎力訳、新潮社、1966.3.30発行、等翻訳あり)は、彼の『ヴェニス――愛の辞典』の中で、「プルーストの人生と『失われた時を求めて』のすべての道は、ヴェニスへと至る。……ヴェニスとは見出された時である。……」と書いているそうです。
  1. 2009/08/08(土) 00:00:50|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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