イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――トーマス・マン(1)

色々な要因が重層的に絡み合った中で、何よりもヴェネツィアに行きたいと思った切っ掛けは、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』を見たことがありました。映画を見たことに引き摺られてトーマス・マン(1875.06.06リューベク~1955.08.12チューリヒ)の『ヴェニスに死す』を読みました。

そのため初めてのヴェネツィア行は、中世人のように何とか船でヴェネツィアに、それもヴェネツィアの表玄関であるサン・マルコ小広場に着岸したいと思ったことでした。
ブローデル著『都市ヴェネツィア』フランスの地中海学者フェルナン・ブローデルの『都市ヴェネツィア』(岩崎力、岩波書店)を読むと、筆者はコスタンティノーポリ(イスタンブール)やラグーザ(ドゥブロヴニク)から船でヴェネツィアに入港しています。益々船でサン・マルコへ、と思うようになりました。

加藤周一・堀田善衛対談集『ヨーロッパ・二つの窓――トレドとヴェネツィア』(リブロポート社)を読んだ時、加藤さんが空港からサン・マルコ小広場まで船便があると言っておられ、私に出来ることはこれだ、と思いました。

80年代にイタリアン・シンドロームが始まり、ようやくイタリア旅行ガイドが少しずつ出版され始めており、片っ端からルート探しに読み漁り、あるガイドにその行程が書かれているのを見付けました。

昼間ヴェネツィア入りするために、アリタリアでマルペンサに降り、ミラーノに3日泊り、4日目の午前中リナーテ空港から双発飛行機でヴェネツィアに飛び立ちました。雲一つない快晴でした。1時間足らずでラグーナ上空から右下に、絵で見た鰈のような魚の形をしたヴェネツィアがラグーナを泳いでいるのが見えました。

空港では、船でヴェネツィアに行きたい旨カウンターにいたイタリア人にたどたどしく尋ねると、指差された先に船着場があり、運河が通じていました(現在は空港が大きく拡張され、桟橋までは大分離れてしまいました)。このアリラグーナの船便に乗ったのは5、6グループの人で、殆どの人は早くて安いバス便でヴェネツィア入りをしたのでしょう。

モトスカーフォ(船)はブリコーラ(古くはmete o mede とも)やダーマと呼ばれる水路表示の杭(澪標)の間を進みます。時々マリア様を祀った小さな祠があったりします。その時はそこがどこか分かりませんでしたが、ムラーノ島で停船しました。あちこちに島影があり、漁船と思しき小舟が沢山見えました。

カンパーリの大きな看板が見え、その島には車が走っています。ここでも停まりました。後でリード島と知ります。ここでも下船する人はいません。船は太陽の燦爛と輝く中、銀色の波頭を切ってサン・マルコを目指します。

停留所を出て船が180度方向を変えた時、初めて前方にサン・マルコ大聖堂の鐘楼らしき物が遠望されました。進むに従って海の税関の屋根の上の円球がまばゆく黄金色に輝く背後には、サルーテ教会の穹窿が聳え、そして対岸の水際直ぐに建ち上がった総督宮殿とマルチャーナ図書館が視認出来た時は感動でした。明るく光輝くヴェネツィアでした。中世以来ヴェネツィアに入市した人々は、皆こうした光景を目にしてきたのだという粟立つような興奮を覚えました。
税関岬ヴィゼンティーニ板刻「海の税関、塩の倉庫、サルーテ教会左、夕焼けに染まる税関岬。右、ヴィゼンティーニの銅版画『海の税関、塩の倉庫、サルーテ教会』
「こうして彼はまた、最も驚嘆すべき埠頭を見た。ヴェニス共和国が近づいてくる航海者の畏敬の目に出して見せるあのまばゆいばかりの、幻想的な建物の構図を、宮殿の軽快な壮観とためいきの橋を、岸ぞいにある獅子と聖者のついた柱を、おとぎばなしに出てくるような寺院の、華やかに突き出している側翼を、門道と大時計まで見通すながめとを、見たのである。

そして、じっと見やりながら、彼は、陸路をとってヴェニスの停車場に着くのは宮殿に裏口からはいるのと同じことである、都市という都市の中でも最も現実ばなれのしたこの都市には、今の自分のように海路、大海を越えてくるべきものなのだ、ということをつくづくと考えた。」
 ――『ヴェニスに死す』他(関楠生訳他、世界の文学35巻、中央公論社、昭和40年6月10日発行)
  1. 2009/09/12(土) 00:01:32|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは!  素晴らしい体験をされたのですね!!
私は、空からヴェネツィアを見た事は2度ありますが、(そのうちの1回はウィーンからのプロペラ機で、グラードの辺りからラグーナに出て、ぐるっとヴェネツィアの東から南を回り、そして西から空港に、という素晴らしいものでしたが)
まだ海からの経験はないのです。

トーマス・マンのこの作品も読みましたが、この場面は本当に素晴らしい描写ですね。 まさに中世からの人々はこうしてヴェネツィアを見たのでしょう。

一度、ヴェネツィアからコスタ・クロチェーラを体験したいものだと思っています。
あのサン・マルコ広場を上から見下ろし、そしてまた戻ってくる、あれをしてみたいのですが・・!
  1. 2009/09/12(土) 22:29:13 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> shinkaiさん、コメント有難うございました。
> 最初ヴェネツィに行くに当たって、随分考えました。
> その事が現在のヴェネツィア好きに繋がっているのでしょうね。
> 今後どういうことがヴェネツィアについて語れるでしょうか。
>
> 私もヴェネツィアを上からぐるっと回ってみたいです。
>
  1. 2009/09/13(日) 14:53:12 |
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  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
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Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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