イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――トーマス・マン(2)

マンのこの作品は、イギリスのベンジャミン・ブリテンによって、同名のオペラ作品が作曲されています。そのオペラは彼の死を看取ったピーター・ピアーズらによって、1973年スネープで初演されたそうです。

ブリテンは日本とも関係があり、日本の皇紀2600年奉祝のための作曲を委嘱されました。完成した総譜が送られて来ましたが、駐米日本大使から、その内容が奉祝に不適であると激しい抗議を受け、結局日本では演奏されないまま、太平洋戦争が始まってしまいます。

かつては世界の地名は英語で言われるケースが多かったと思われますが、近年は現地音で発声されるようになって来ました。Venezia(ヴェネツィア、ヴェネチア、ベネチア等)は、英語Venice(ヴェニス、ベニス)、仏語Venise(ヴニーズ)、独語Venedig(ヴェネーディヒ)、西語Venecia(ベネシア――西語にはヴ音なし)等、国によって発音表記は異なるのですから、日本語も簡単に《べネチア》でいいのでしょうが、私はここでは出来るだけ現地音に近付けて表記するように心がけて来ました。

この独語の本『ヴェニスに死す』が、最近の新訳では『ヴェネツィアに死す』と題されて発刊されています。時代が変わっていくのをひしひしと感じます。
『ヴェネツィアに死す』「やがて会衆は開かれた正面玄関[サン・マルコ寺院の]を抜けて、日射しの強い鳩の群がる広場に次々と溢れ出てきた。そのとき惚れ込んだ男は入り口のホールに身を隠した、そしてこっそりと様子を窺った。

ポーランド人たちが教会を出ていった。子供たちは堅苦しい態度で母親に別れの挨拶をし、母親はホテルに帰るためにピアツェッタの方に向かった。彼は、美しい少年と尼僧のような姉妹と付き添いの教師が、右に道を折れて時計塔の門を抜け、メルチェリーアに入るのを確認した。

そして彼らを先に行かせ、その後をつけた。こっそりと後ろから彼らの散歩に従い、ヴェネツィアの町をさまよった。彼らが立ち止まると、彼も立ち止まらねばならなかった。引き返してくる彼らをやり過ごすために、小さな食堂や中庭に逃げ込まねばならなかった。

姿を見失い、橋を渡り、汚い袋小路に入り込み、夢中でその姿を捜し求めて疲れ果てた。そしてとつぜん、逃げ場もない狭い通路を向こうからやって来る彼らに出くわして死にそうなくらい苦しい数分間を耐えた。それでも彼が苦しんでいたということはできない。

頭と心は酔いしれていた。その足取りは、人間の理性と威厳を踏みにじって喜ぶデーモンの指示に従っていたのである。
……」
  ――『ヴェネツィアに死す』(岸美光訳、光文社文庫、2007年3月20日発行)

ルキーノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(1971)の場面が彷彿とします。
  1. 2009/09/19(土) 00:05:31|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは! 
そうでした、こういう場面もありました。 今こうしてこのシーンだけを読ませていただき、とても強い印象を受けます。
まさに、若者と同じ恋心なのですね。 だからなおの事自分の老いが受け入れられないのですね。 
老いを受け入れるのは難しい、 まして心が再び生き始めたときは。  他人事ではないですねぇ!

ヴェネツィアの日本語表記はヴェニスであっても一つもかまわないと思うのですが、ただベニスは止めて欲しいなぁと思うのです。 Beniceと言うことですもの。
トーマス・マンのこの本も、昔はタイトルが「ベニスに死す」だったと覚えていますが。 
ただ最近面白いなぁと思うのは、パドヴァ、ヴェローナと表記されるのが多くなり、その割りに未だに ベニス なのですよね。 
それだけ、日本人の頭に入り込んでいるという事でしょうか? 
  1. 2009/09/20(日) 08:32:24 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有難うございます。
そうです、私も思いが上京しての20代以来変わっていないと不遜に思っていた
のですが、肉体がその発想に付いていけないと、自分の中でバランスを失った時、
自分の現状を確認するしかありませんでした。その時がっくりしていました。
アッシェンバッハが老いを仕方なく容認する時です。
ヴィスコンティのタッジウ探しの旅は、もしかすると監督とこの作品の主人公は
同じ心的状態にあったのかもしれません、帰ってこない青春を追い求めて。
  1. 2009/09/20(日) 10:56:08 |
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  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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