イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

Campo S. Luca(L)(サン・ルーカ広場)

初めて語学学校に登録し旧モチェニーゴ館にアパートを借りた時、リアルト市場まで行くのに、大運河沿いの人通りの少ない近道を探しました。

その道中、サン・べネート(S.Beneto=伊語Benedetto)教会広場脇のフォルトゥーニ(Fortuny)美術館(ペーザロ館)や旧ロッスィーニ映画館の前を行き、すぐ前のサン・ルーカ運河(Rio de S.Luca)の橋(ponte del Teatro)を渡って、対岸の真向かいにあるサン・ルーカ教会の前を左に、グリマーニ館(Corte d'Appello)を過ぎて少し行き、左に曲がれば大運河岸のカルボーン運河通り(Riva del Carbon)に至ります。

ロッスィーニ映画館は、例えば1950年代のフランス映画『大運河』(ロジェ・ヴァディム監督)の冒頭シーンを見ると、映画全盛期には賑やかだった様子が見られ、ロッスィーニ映画館華やかなりし頃が窺われます。現在ではこの辺りは道行く人もあまり見かけません。

ロッスィーニ劇場は、1755年の建設で元々サン・ベネデット劇場と呼ばれ、ヨーロッパで最初に幕が設置された劇場の一つだそうです。1854年、前年フェニーチェ劇場(初演)で失敗に終わったヴェルディの『椿姫(La traviata)』が、何の変更もなしにここで再演され(ヴェルディは一切改変せずという手紙を残しています)、大成功を収めたのです(変更といえば、町に貼られたポスターが、前回に比べて格段に大きかったようですが)。

1868年ロッスィーニの死のニュースを受け、『アルジェのイタリア女』等彼のオペラで、成功を与えてくれた作曲家の名前を劇場名とすることにしたとのことです。その後映画館に変わったのですが、映画が退勢となった今日では、見るからに廃墟となっている感じです。

聖ルカは医者、画家、ガラス職人、公証人等の守護聖人ですが、このサン・ルーカ教会にはまだ入ったことがありません。この名のサン・ルーカ広場は教会とは離れた所に位置しています。これ程広くて、教会のない広場はヴェネツィアでは珍しいとも思われますが、1810年サン・ベネデット教区とサン・パテルニアーン教区の一部を取り込んで、サン・ルーカ教区が大きくなった時と関係があるのでしょうか。

若い人々が集まる人気の広場だそうで、私も、知人宅でホームステイをして日本語の勉強をしていた、帰国して故郷メストレ(Mestre)に住むスィルヴィアに指定されてここで待ち合わせをしたことがあります。その日は大変な人出で、お互い出会い損なうところでした。

この広場からゴルドーニ通りを行けば、前にも書いたエミリアーナ書店の前を通って、サン・マルコ広場裏のオルセーオロ(Bacino Orseolo)のゴンドラの溜り場に到達しますし、やはり前にも書いたアルド・マヌーツィオ2世のプレートが掲げられたサン・パテルニアーン埋立て通りからマニーン広場に通じています。

この広場のお菓子屋ローザ・サルバやメルチェリーア(Marzaria)通り、フィウベーラ(Fiubera)通りの同じ系列店ローザのお菓子やコーヒーが大変美味しいというので、街歩きの途中よくコーヒーを飲みに入りましたし、日本へのお土産にここのケーキを買ったこともありました。

伊語の男性の固有名詞は、通常末尾が《O》で終わるのですが、女性形の《A》で終わる例外があります。サン・マルコ区のこの S.Luca、カステッロ区の S.Zaccaria、カンナレージョ(Canaregio)区の S.Marcuola、 S.Geremia、サンタ・クローチェ区の Sant'Andrea、サン・ポーロ区の S.Toma`、ドルソドゥーロ(Dorsoduro)区の S.Barnaba とあり、読む時、《サン》なのか《サント》なのか《サンタ》なのか困ったものでした。男性聖人なので、全て《サン》です(Sant'Andrea だけは《サンタンドレーア》と読みますが)。
『Duizionario dei Nomi italiani』そんな伊語の名前の例外を、名前辞典から拾ってみました(* が付いた名前は男女両用です)。
男性=Agricola, Aminta, Amsicora, Anania, Andrea, Aquila*, Archita, Attala*, Attila, Azaria, Babila, Balilla, Barnaba, Battista, Bonaventura, Comita, Cosma, Disma, Elia, Enea, Epaminonda, Ermacora, Esdra, Ezechia, Fanfulla, Fidia, Foca, Geremia, Giovita, Giuda, Giunta*, Golia, Guerra, Iria, Isaia, Leonida*, Luca, Malachia, Menna, Nicea, Niceta, Nicola, Numa, Onia, Ormisda, Osea, Palma*, Porsenna, Tobia, Vania, Zaccaria。

女性の名前で、男性形の《O》で終わるもの(* 印は男女両用)。
Apparizio*, Asiago*, Clio, Corallo, Danubio*, Destino*, Eco*, Ero, Filidoro*, Finimondo*, Giglio*, Lugano*, Monserrato*, Montello*, Otero。
  1. 2007/11/17(土) 00:23:43|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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