イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――バイロン(1)

以前にも書いたことがありますが、私が初めてヴェネツィアの語学学校に通った時、借りたアパートは、サン・サムエーレ教会脇のサン・サムエーレ大通り(Salizada S.Samuele)から大運河に向かう旧モチェニーゴ館通り(C.le Mocenigo Ca' Vechia)の旧モチェニーゴ館の一隅にありました。

大運河から、向かってこの館の右隣りは新モチェニーゴ館(Palazzo Mocenigo Ca’Nova)です。ヴァポレットでサン・トマ停留所を通る時、反対側に目をやると、この館の壁面に「ここに1918年から'19年にかけてバイロン卿が住んだ」というプレートを目にすることが出来ます。

ジョージ・ゴードン・バイロン(1788.01.22ロンドン~1824.04.19ギリシアのミソロンギ)は、1797年ナポレオンに滅亡させられ、沈滞し切ったヴェネツィアに1816年11月10日やって来ました。彼は異母姉との近親相姦があったようで(メドーラと名付けられた女児は、彼の子だというのが定説だそうです)、結婚したばかりの妻にも去られ、ロンドンの上流社会からも非難され、『チャンピオン』紙上で叩かれて、ロンドンを逃げ出し、ジュネーヴを経て、ミラーノ、ヴェローナを経由し、ヴェネツィアに辿り着いたのでした。

グランド・ツアーの行く先は古代ローマ発祥の地が最大の目的(勉強のため)だったそうですから、イギリス人の多いに違いないローマやフィレンツェ(この町にはイギリス人専用の墓地があります)は避けて、勉強の旅の最後に遊びで行くヴェネツィアはイギリス人は比較的少ないという判断があったのでしょうか。
『バイロン詩集』「 ヴェニス
私はいまヴェニスの《嘆きの橋》に立つ
かたえには宮殿、かたえには牢獄(ろうごく)
魔術師のふる杖(つえ)にこたえるかに
浪間から、その楼閣は眼のまえに浮かびあがる
千年、――そのおぼろげな翼は私のまわりにひろがり
滅びゆく栄光は、はるかな昔に微笑(ほほえ)みかえす
その昔、属領はみなその翼ある大理石(なめいし)の獅子像(ししぞう)にひれ伏し
ヴェニスは荘厳にも百の島の王座に坐した。

いま海から生まれ出たばかりの母神(シビリ)
空のかなたに誇らかな尖塔(せんとう)の冠をいただき
そびえたち、壮大の力をもって
海のくまぐまとその権勢とを握るもの
これこそ、そのかみのヴェニスの面影
国々の劫掠(ごうりゃく)と、無尽の東邦の富は、燦(きらめ)く宝玉の雨となり
この母親の膝にあつまり、その娘らの身を飾り
王者の紫衣(しえ)につつまれるとき、もろもろの帝王も
その饗宴(きょうえん)に寄りつどって、その威厳を加えた。

ヴェニスに、タッソーの歌の響きはとだえて
歌もなく、ゴンドラの舟夫(かこ)は、黙(もだ)して漕ぎ
その殿堂は、水べに崩れてゆく
いまは、耳にひびく音楽もまれとなり
かのよき日は去ったが、――美の面影はなおただよい
国々はほろび、芸術は消えたが、――自然は滅びぬ
思い出すのは、そのかみの日のヴェニスの懐かしさ。
祝祭に満ちあふれた、歓びの宮
地上の楽園、イタリアの仮面。」 ――『チャイルド・ハロルド』第四巻より
  ――『バイロン詩集』世界詩人選第四巻(阿部知二訳、小沢書店、1996年7月20日発行)
  1. 2010/01/02(土) 00:00:07|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは! 
先程アップしました私のブログ、ブレンタの船行きの中から、こちらのバイロンの記事にリンクさせて頂きました。
後からのご報告になりましたが、どうぞよろしくお願いいたします。

また、後ほどお邪魔を。
  1. 2011/10/08(土) 16:02:01 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
ブレンタ川を上ったり下りたりした有名人には、モーツァルトやゲーテもいます。
私のブレンタの思い出の一つに、ヴェネツィアで知り合ったある夫人のマルコンテンタの家を訪ねた時、彼女の家からマルコンテンタ館まで歩いて10分だと言っていました。彼女はヴェーネト弁しか話さないので、私を案内した彼女の妹がイタリア語通訳をしてくれました。
  1. 2011/10/10(月) 12:10:10 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #-
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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