イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

伝説「マステッリ・デル・カンメッロ館と4人のムーア人」(1)

2010年4月末、カンナレージョ区のモーリ広場(C.dei Mori)角のムーア人リオーバの石像の頭部が何者かに盗まれました。その鼻に触れると幸運をもたらすという言い伝えがあり、今ではその鼻が欠けて金属で接骨された像です。幸いなことに何日か後、新たな骨折もなく近所に放置されているのが見つかったそうです。そのムーア人に関して次のような伝説があるようです。
リオーバ像頭部を盗まれた Sior Rioba 像[左、『Venezia Nascosta』より借用したリオーバ像、右、顔無しリオーバ像] 「マステッリ・デル・カンメッロ館はモーリ広場に面して建っている。マドンナ・デッロルト教会の斜め前である。ごちゃ混ぜスタイルではあるがピクチャレスクなこの住居の一風変わった命名は、運河に面した主要ファサードに彫られた浮彫による。それは駱駝を引くオリエント風の装いの男を現している。恐らくその姿は1112年ヴェネツィアにやって来た貴族階級、というよりは裕福な商人階級に属していた館の主人が中近東出身であることに関連している。

将来ここから直ぐの所、即ちマドンナ・デッロルト広場に信心会の在所、サン・クリストーフォロ・メルカンティ同信会館が生まれる。

マステッリ家は大評議会に認められ、続いて何故かよく分からないが受入が拒否された。彼らは武装した船で香辛料を商った。この自慢の駱駝の看板で直接に取引をし、積荷が重荷になることはなく、堂々と商売を進める中、それを強化していった。

この像は沢山の問題を投げ掛けてきたし、今でもそうである。モーリ広場にある直ぐ近くの建物の基礎部分に嵌め込まれた4人のオリエント人のミステリアスな像。4人の人物の事は未だに知られておらず、その特定は未解決である。マステッリ家の始祖の姿として示されているのは、マルチャーナ図書館保存の、ある家族の17世紀年代記の中に記されている。

正確に言うと、この年代記には3人の兄弟リオーバとサンディ、アファーニがモレーア(Morea――ペロポンネソス半島)から夥しい財産を携えて、逃れてヴェネツィアに辿り着き、自分達の家を建て、そこに彫像を造らせたことが読み取れる。事実多くの研究者が理路整然と語っているように、リオーバという名前は広場角に立つ彫像が持つ荷物の上に読み取れる(1800年代大きな金属の鼻が取り付けられた)が、他の事を意味しているのかも知れない。

13世紀末~14世紀初めに彫られたこれらの彫像は、マステッリ家がここに定住する前、14世紀に館を再建して、アラブやエジプトの商人と活発な取引活動に勤しんでいたということを指し示しているのかも知れない。

リオーバという名前はポピュラーな人物を思い付かせたりした。アントーニオ・リオーバ像は、言わばヴェネツィア人のパスクィーノ[ローマのブラースキ宮殿傍に置かれたメネラオスとパトロクロス像を模した大理石像に、毎年反教皇的な詩文や風刺詩が張り付けられた]である。機知に富んだ風刺詩や風刺文が張り付けられた。

しかし一家は市民生活によく溶け込んだ。そしてエンリーコ・ダンドロ総督の率いた第4次十字軍への参軍まで思い出されている。彼らの所有物はその住宅だけでなく、マドンナ・デッロルト運河(Rio de la Madona de l'Orto)とセンサ運河(R.de la Sensa)に挟まれたモーリ広場に面した全ての建造物がそうである。
マステッリ館[ニュース記事から借用したマステッリ・デル・カンメッロ館] 本当に驚くのは、横方向と縦方向に伝統的な三つの部分に分けられ、建てられた美しい建物の景観である。後期1400年代の要素がルネサンスの要素と見事に調和して全面を飾っている。3階は歯型模様の美しく縁取りされた四葉飾りのあるオジーブ式の素晴らしい六連窓が開けており、また2階の低いアーチのルネサンス式の多連窓と水から立ち上がるエレガントな玄関門が、ゴシック式の素晴らしい両隣の窓とルネサンス式の要素で結び付けられ、調和し合っている。」 (続く)
  ――『Miti e leggende di Venezia(ヴェネツィアの神話と伝説)』(Marcello Brusegan著、Newton Compton editori、2007.10)より。
  1. 2010/07/17(土) 00:01:12|
  2. ヴェネツィアの伝説
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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