イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ボッカッチョ(1)

ルネサンス時代の三大詩人と言えば、ダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョと高校の歴史で教わりました。ダンテについては、2008.06.06日の造船所(アルセナーレ)で取り上げました(そこに『神曲』の一節を引用しました。その書名を『神曲』と命名したのは森鷗外だったそうですが、彼の訳によるアンデルセン[デンマーク語式にはアナーセン]の『卽興詩人』中の、《神曲》登場箇所は次のようです)。

「≪オルガノ≫の笛の如く、金紙卷きたる燭は竝び立てり。柱のやうに立てたる膓づめの肉の上には、琥珀の如く光を放ちて、≪パルミジヤノ≫の乾酪据わりたり。夕になれば、燭に火を點ずるほどに、其光は膓づめの肉と≪プレシチウツトオ≫(らかん)との間に燃ゆる、聖母像前の紅玻璃燈と共に、この幻の境を照せり。我詩には、店の卓の上なる猫兒(ねこ)、店の女房と價を爭ひたる、若き≪カツプチノ≫僧さへ、殘ることなく入りぬ。此詩をば、幾度か心の内にて吟じ試みて、さてフェデリゴに歌ひて聞かせしに、フェデリゴめでたがりければ、つひに家の中に廣まり、又街を踰えて、向ひなるひものやの女房の耳にも入りぬ。女房聞きて、げに珍しき詩なるかな、ダンテの神曲(ヂヰナ・コメヂア)とはかゝるものか、とぞ稱へける。」
[『即興詩人』の訳文の中で何度も『神曲』のことは話題となりますが、これが初出のようです。第三章「美小鬟、卽興詩人」の終わり近い段落にあります。]
デカメロン[2015.12.22-2016.03.06日《英国の夢 ラファエル前派展》で来日したジョン・ウィリアム・ウォーターハウス画『デカメロン』]  2008.06.13日にはヴェネツィアとフランチェスコ・ペトラルカについて触れました。第三番目の人、ジョヴァンニ・ボッカッチョ(1313.6/7月、チェルタルド/フィレンツェ~1375.12.21チェルタルド)は、『デカメロン(十日物語)』の四日目第二話の舞台をヴェネツィアに設定しています。当時この町は、Vinegia とか Vinezia 等呼称されていたようです。
『デカメロン』ボッカッチョ[イタリアのサイトから借用]  「ここに、マドンナ・リゼッタ・ダ・カ・クイリーノと呼ばれる虛榮心が高く、愚かな若い婦人がおりました。彼女はガレア船でフィアンドラ(フランドル地方)に行った大商人の妻でしたが、他の婦人たちと一緒にこの信心深い司祭のところへ告解にまいりました。

彼女はヴィネージャ人でした、そして、ヴィネージャの人は一體にみな浅薄なのですが、彼女はひざまずいて自分の身の上を少しばかり話しますと、修士アルベルトは彼女には情人があるのではないかと訊ねました。修士に対して彼女はいやな顏をして答えました。

≪おや、修士さま、あなたの頭にはお眼がついていないのですか。私の美しさは、他の女の美しさと同じようだとおっしゃるのですか。私はもとうと思ったら、情人などとてもたくさんもてますのよ。でも私の美しさは、誰もかれも愛せるというのと違います。私ほどの美人を貴方さまは今まで幾人ごらんになりました。私はきっと天國にいったとしても、美人の方でしょうよ。≫ そしてそのほかにも自分の美貌についていろいろと述べたてて、聞くのも退屈なくらいでした。

 修士アルベルトはすぐ、この女は少し馬鹿であると見抜き、自分の耕すに適する土地だと思いましたので、すぐさま、すっかり彼女に惚れ込んでしまいました。
……
修士アルベルトはその夜、天使でなく騎士にならなくてはならないと考え、馬からふり落されるほど、弱蟲であってはならないと、糖菓子や、その他の滋養物で力をつけ始めました。そして外出の許可を得て、夜になってから、一人の仲間と一人の女友達の家にはいりましたが、牝馬を走らせに行くときは前にも、この家から出かけたものでした。そして、もういい時分だと思ったとき、變裝して女の家に行きました。家に入り、持參した飾りで天使に扮裝しまして、階上に上ると女の寢室に入りました。

 彼女はこんな眞白なものを見ると、その前に跪いてしまいました。すると天使は彼女に祝福を與えて、立ち上がらせると寢臺に行くように合圖をしました。それに從うことは彼女の望むところでしたので、すぐそうしました。天使はそれから、自分を信心している女とともに橫になりました。修士アルベルトは、美しい頑健な體の男でしたし、脚も體にしっかりついていました。 ……」 (続く)
  ――『デカメロン(十日物語)』(その三、野上素一訳、岩波文庫、1957年2月5日発行)より
  1. 2010/10/30(土) 00:00:09|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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