イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ボッカッチョ(2)

(続き)
「……女友達はリゼッタのもとを立ち去ると、こうしたことを話すのに都合のよい所はないかと、待ち遠しく千年も經つような氣がしましたが、丁度祭があって大勢の女たちがよりましたので、その人たちに順序をたててその話をしました。

これらの女たちは、それを夫や他の女たちにしましたし、それらの女たちはまた他の女たちに話しましたので、二日もたたないうちにヴィネージャ中に擴まりました。しかしこれらの話を聞いた者の中に、彼女の義理の兄弟たちがいました。彼らは彼女にはだまって、その天使をみつけて、それが飛べるかどうか知ろうと思って、幾晩も待伏せをしていました。

ところがこのことについて、修士アルベルトの耳には何のニュースもはいりませんでした。彼はまた女を娯しもうと、ある夜そこへ行き、着物を脱ぐか脱がないうちに、彼がやってくるのを見た彼女の義理の兄弟が、彼女の寢室の戸のところへきて開けようといたしました。

修士アルベルトはその音を聞いて、何が始まったか知り、起き上り、他に逃場がないのをみて、大運河に面していた一つの窓を開けると、水の中に飛びこみました。底が深くて、彼は十分泳ぎをしっていましたから、少しも怪我はありませんでした。

運河の對岸に泳ぎついて、開いていた一軒の家にすぐ入り、そこにいた善良な男にむかって、神樣の慈愛にかけて生命を助けて下さいと申しました。なぜ、こんな時刻にそこに裸でいるのか、いろいろ作り話をして聞かせました。善良な男は、可哀そうな氣がしましたし、自分は用事で出かけねばならなかったので、自分の寢臺にねかしてやりました。そして自分が歸るまでここにいるようにと言って、中に閉じ籠めてから用事をしに行きました。
……
その男はすでに彼の體の上に、すっかり蜜を塗り、その上に鳥の細かい羽毛をつけてしまい、頸のまわりに鎖を卷き、頭には假面をつけて、片手には太い棒を、もう一つの手には屠殺場からつれてきた二頭の大きな犬をひかせ、男をリアルトの橋にやり、天使ガブリエロを見たい人は、聖マルコ廣場に行くがよいと觸れさせました。これがヴェネツィア人の誠實さでありました。
……
≪皆さん、猪が狩にまにあわないので、狩は中止いたします。しかし皆さまに無駄足をおかけしないように、夜になると天から降ってヴェネツィアの婦人を慰める天使ガブリエロを御覽になっていただきたいと存じます。≫

假面がとりさられると、修士アルベルトであることがすぐ皆に分ってしまいました。彼に向って皆の怒號が起りました。そしていかなる惡黨でも受けたことのないほど、もっとも汚い言葉やもっともひどい惡口を彼にむかってあびせかけ、それのみか、顏めがけて或る者は汚物を、他の者は何かほかのものを投げつけました。 ……」
  ――『デカメロン』(その三(四日目第二話)、野上素一訳、岩波文庫、1957年2月5日発行)より
『デカメロン物語』1957年に発行されたこの文庫は、旧字・正字の造本となっていますが、1969年発行の教養文庫は同訳者により、地方別の編集で漢字も新字体に、訳文も読み易く改められています。当時商業で覇を競ったヴェネツィア共和国とトスカーナ。ボッカッチョの筆はヴェネツィアに対して、≪ヴィネージャの人は一體にみな淺薄なのですが、……≫等と辛辣です。
  1. 2010/11/06(土) 00:05:44|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:2
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コメント

こんばんは! デカメロンは読んだ事がありませんが、皆こんな調子なのでしょうか?
可笑しいですね。 当時の人々の生活の範囲、精神的な範囲というか、珍しい物や
知らない物に対しての大変純粋な驚きとか、それを話さずにおれない好奇心というか・・。
アレティーノでしたっけ、ラジョナメンティは読んだ事がありますが、やはり同じような
印象を持った事を覚えていますが。
で、読む層はどんなだったのでしょうか? 一般の人々は勿論文盲だったのでしょう?
  1. 2010/11/10(水) 22:10:42 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
ボッカッチョは、『デカメロン』の中にある快楽主義を攻撃され、悔悛してしまった
のだそうですが、アレティーノは『ラジオナメンティ』のポルノ性を恥じることは
なく、社会に対するその批判性を誇りに思っていたらしいです。そのあたりが
アレティーノのアレティーノらしいところだと思われます。
友人だったティツィアーノが描いた『ピエートロ・アレティーノの肖像』の彼の
ふてぶてしい面魂を見るにつけ、彼の凄さを知る思いがします。
  1. 2010/11/11(木) 11:19:12 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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