イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

Ca' Rezzonico, Museo del settecento veneziano(R)(ヴェネツィア18世紀博物館)

初めてヴェネツィアに行った時、初日に訪れたのはカ・レッツォーニコ博物館(Museo d'arte veneziana del Settecento とも)でした。この博物館には、絵画、家具、陶器、布など、18世紀ヴェネツィア生活を知るためのあらゆる物(竈から蒸留器までの日用雑器等)が収集されています。この館が完成したのも18世紀で、まさにヴェネツィア18世紀博物館です。
『レッツォーニコ館』カタログこの館の持主だったレッツォーニコ家はコーモ出身で、カンディア[クレタ島の現イラクリオン(Heraklion)]戦争の時、10万ドゥカートを共和国に寄付し、同じく10万ドゥカートを寄付したラービア家(サン・ジェレミーア教会隣)等(数家あったようです)と同様に貴族に列せられました(1687)。

カンディア戦争(1645~69)とは、当時ヴェネツィアの所有していたカンディア(クレタ島の港、ギリシア式イラクリオン)死守のためフランチェスコ・モロジーニ麾下で、24年間に渡るトルコに対する徹底抗戦のことで、《妥協なき抵抗(una vera guerra di Candia)》と言われているそうです。

1751年ジャンバッティスタ・レッツォーニコは、大運河に面した未完成のボン家の家を購入します。それは有力なヴェネツィア貴族になったことを全市にアピールすることでした。そして1758年彼の息子で、パードヴァ司教のカルロ[対岸のサン・フェリーチェ(S.Felice)運河脇のフォンターナ・レッツォーニコ館生まれ]が教皇(クレメンス13世Clemente ⅩⅢ)に選出されます。

共和国政府はその事により、この一家に《サン・マルコの騎士》の勲位を与えました。この勲位は最も古いヴェネツィア3貴族、コンタリーニ、クェリーニ、モロジーニにだけ与えられていたものでした。

更に同年他の息子ルドヴィーコが、ヴェネツィア有数の貴族の娘ファウスティーナ・サヴォルニャーンと結婚し、一家の盛名は絶頂を迎えました。1752年建築家マッサーリによって3階が付け加えられ、未完の家を新しく完成させたこの18世紀の最も豪華な館は、そのお祝いの披露のためには絶好でした。

ジャンバッティスタ・ティエーポロが、結婚を祝して描いた『結婚の寓意』という天井画が残っています。しかし一家の好運は続かず、最後の相続人アッボンディオが1810年亡くなってこの一族は消滅し、館も売却されました。所有者は転々とし、1888年にはイギリスの詩人ロバート・ブラウニングが獲得しました。しかし翌年12月12日に彼は亡くなってしまいます。

次のような彼の詩のプレートが掲げてあるそうです。
Open my heart and you will see graven inside of it Italy.(我が心を開いてみて下さい、その中にイタリアが彫り込まれているのが分かるでしょう)。

入場券を買って豪華な階段を2階に上がった最初のセクションに、ロザルバ・カッリエーラの描いた肖像画が集められていました。予期もしていなかったので大変驚いた絵がありました。それは彼女の手になるファウスティーナ・ボルドーニの肖像画でした。ヘンデルの伝記等で見知っていたものがここにあった!という感激でした。
ロザルバ・カッリエーラ画『ファウスティーナ・ボルドーニ・ハッセの肖像』[ロザルバ・カッリエーラ画『ファウスティーナ・ボルドーニ・ハッセの肖像』] 音楽史によればバロック・オペラ全盛時代、ファウスティーナはロンドンでフランチェスカ・クッツォーニと、ヘンデル(独)やジョヴァンニ・ボノンチーニ(伊)のオペラでプリマ・ドンナを争って、観客まで巻き込んで争ったほどの犬猿の仲の歌姫だったそうです。そして1727年、ボノンチーニのオペラ『アスティアナッテ(Astianatte)』(ギリシア神話、アステュアナクスはヘクトールとアンドロマケーの息子)で2人の争いは頂点に達し、最後には舞台上で取っ組み合いの喧嘩をし、観客はその《格闘劇、立回り》を楽しんだというのです。

ファウスティーナはヴェネツィアに帰国すると、ドイツ人作曲家ハッセと結婚し、おしどりでドレースデン等々に演奏旅行し、夫に見取られて亡くなったようですが、フランチェスカの方はボローニャに戻り、ボタン職人になり、貧窮の中に亡くなったということです。
  1. 2007/12/25(火) 09:43:27|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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