イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィア年中行事(12)

12月4日には年間最後のレガッタとして、第12回サンタ・バルバラ・レガッタ(XII Regata di S.Barbara)がイタリア海軍協会ヴェネツィア支部の手で行われます。

海軍の守護聖人である聖バルバラの聖名祝日に行われるというのは、現役あるいは退役した海兵と海との絆、またヴェネツィアが各種の宗教行事を祝ってきた、その古い伝統行事が典型的に海と関わってきたものだったことを思い起こしたいということから始まったそうです。

前にも引用しました『名前事典』には、Barbara について次のような記事を掲載しています。

「バルバラという名前は1900年代半ば頃まで忘れられていた。突如甦り、西洋世界全体に広まった。ギリシア人は人間を二つに分類した、ギリシア人とそれ以外。即ち外国人のことで、彼等の言葉で barbaroi と定義された。この言葉はラテン語 barbarus として我々にもたらされ、単に《どもる》を意味し、ギリシア語が話せない人、変な国語を話す人、bar-bar とたどたどしく話す人のことである。

次いでキリスト教徒は異教徒を barbaro(異民族)と呼んだ。次第に形容詞形が固有名詞となり、教会が色々の聖人の名前を記録するようになる。エジプト人の殉教者であった聖バルバラがとりわけ有名で、雷除けの守護聖人であった。伝説によれば、聖女は父親に首をはねられたのだが、直ぐに父は雷に打たれてしまったのだという。

このため、稲妻から人間を守る以外に聖バルバラは大砲や土木技師、消防夫の守護聖人でもある。その上、船の弾薬庫を守ってくれるので、《santabarbara(船内の弾薬庫)》という言葉も生まれた。比喩的意味で《santabarbara》は直ぐにも爆発しかねない危機的状況の意でもある。聖女は鉱員の守護聖人でもある。

現代人の例を挙げれば、女優バーバラ・スタンウィックとバーバラ・ストレイザンドがある。Barbarella は同名の映画の有名な登場人物である。この名の人は、火薬の聖女に捧げた12月4日が聖名祝日である。」

同名の外国語形=Barbara(英:バーバラ、独:バルバラ、仏:バルバラ、チェコ:バルバラ、ポーラ:バルバラ、西:バルバラ)、Bab、Babi、Barbie(英)、Barbe、Barbette(仏)、Bella(英、独)、Babel(独)、Varvara(露)、Barbaros(希)。伊語変化形=Barbera、Barbarella、Barbarina、Barberina、Barbaro、Barbarino、Barberino。

12月の年中行事の最後を飾るのは、クリスマスであることはあまりにも知れたことですが、24日(イヴ)、25日(クリスマス)、26日(聖ステパノの祝日)は日本の正月三が日のように休日となりますので、観光で滞在する時は買い物や食事等がままならぬ事態になる可能性があります。

聖ステパノの伊語形 Stefano について、Emilio De Felice著『イタリアの名前辞典』(Oscar Mondadori)は次のように紹介しています。
『Duizionario dei Nomi italiani』『イタリアの名前辞典(Dizionario dei Nomi italiani)』(Oscar Mondadori刊)
「Stefano(ステーファノ)の変化形=Stefanio、Stefanino、短縮形=Steno、Stenio、女性形=Stefana、Stefania、Stefanella、Stefanina、短縮形=Stena、Stenia。

全イタリアに普及した名前だが、シチーリアでは特に Stefano、Stefana の形の密度が高く、AD.37年にエルサレムで最初に殉教した聖ステパノや数多くの小聖人への信仰が反映している。

ギリシア起源の Ste'phanos は王冠の意の ste'phanos から作られ、ラテン語化して Stephanus となり、装飾と勝利のシンボルとしての冠に関連しているが、殉教の冠の意味でヒットした名前となった。

Stefania の形は女性のラテン語形の Stephania に由来する形を継承しており、2人の聖女と殉教者への崇拝に支えられて、響きの良さとエキゾチックな調子(仏、英、独の形、響き)という最近の流行はそうした評価から生まれている。」

同名の外国語形=Ste'phane、Ste'phanie、Ste'phen、E'tienne(仏)、Stephen、Stephanie、Steve、Stevie、Fanny(英)、Stephan、Steffen、Stef、Stephanie、Steffi、Fanny(独)、Esteban(西)、Este'va'o(葡)、Stefan、Stefania(ポ)、Stepan(露)
  1. 2011/04/02(土) 00:01:43|
  2. ヴェネツィアの行事
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは! お久し振りです。 下の記事もずっと拝見して来ましたが、
いつもながら、あれこれと教えて頂く事がたくさん。 サンタバルバラの意味も
初めて知りました。
下にサン・マルティーノの祭日の子供達の事がありますが、今頃はハロウィーンと
両方しっかりお菓子を貰いに来たり、籤の売り付けにもやって来ます。子供達の
昔からの遊びを取り戻そう、という動きも各地であるようです。

先日チェーネダの「戦争博物館」をグループで見学に行きましたら、ロレンツォ・
ダ・ポンテの司教の紋章があり、そこから同名の彼の話がちょっと出ました。
戻り際にもう一度確かめましたら、彼の家はチェーネダのドゥオーモの南にバールが
ありますが、ご存知ですか? そこの隣2軒目という説もあるそうです。
ですが、チェーネダのゲットーはも少し東の方になるのだとか、という事でした。
  1. 2011/04/07(木) 23:40:37 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
この町には二度行きましたが、ちゃんとした下調べをしないで行ったので、ただ
闇雲に歩き回るだけでした。
今度行く時は、イタリア文化会館の図書室で色々調べて行きたいと思いますが、
貴重な情報有り難うございました。モーツァルト好きとしては、ロレンツォ・
ダ・ポンテの事は避けて通れません。
  1. 2011/04/08(金) 07:47:06 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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