イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの印刷・出版(1)

『グーテンベルクの謎』(高宮利行著、岩波書店、1998年12月18日)という本を読みました。次のような部分があります。
高宮利行『グーテンベルクの謎』「17世紀半ばでさえ、同様な話が北イタリアで浮上した。小都市フェルトレのフランシス会の修道士アントニオ・カムブルッチは、1470年代にミラノやヴェネツィアで活躍したパムフィーロ・カスタルディこそ印刷術の祖であると主張した。つまり、カスタルディは1456年フェルトレで印刷術を発明したにもかかわらず、《ファウスト・コメブルゴ》によって盗まれたというのである。この人物の名前はいみじくも、フストとグーテンベルクの名を合成してでっちあげたものである。……」
とあります。

イタリアの Wikipedia には次のようにあります。
「パンフィーロ・カスタルディ(Panfilo Castaldi[1398.09.22フェルトレ~1479.ヴェネツィア])は医師・文学者であった上に、《印刷本のマエストロ》であって、初期印刷人の一人であった。

アントーニオ・ダル・コルノ(Antonio dal Corno)、更にはフランチェスコ会修道士アントーニオ・カンブルッツィのようなフェルトレの歴史家は、印刷活字の《真の》発明家として彼に信を置いている。ヨーハン・グーテンベルクに帰せられている印刷術、それを発明したいと当時オランダやボヘミアのようなヨーロッパの他の地域でも試みられていた。

こうした潮流の中でパンフィーロ・カスタルディは、ヨーロッパの商業活動と知識のセンターとして繁栄の真っ只中にあったヴェネツィア共和国の市民となる。パンフィーロは、マルコ・ポーロがその旅を『東方見聞録』として書いた、その国から持ち帰ったかも知れない中国起源の活字を、妻となったマルコの孫娘が持参金の一部として持って来たのかも知れない。

彼の生誕600年記念祭を催す予定の、1997年5月30日の法令3971の企画書によれば、即ち《パンフィーロ・カスタルディは印刷活字の最初の発明者かも知れず、フェルトレでの客人となったファウスト・コネズブルゴ(Fausto Conesburgo―独語式ファウスト・コネスブルク)にその製法を伝授し、ファウストは自分の町マゴンツァ(Magonza―独語マインツ)にそのやり方を持ち帰ったやも知れない。》

19世紀にはイギリスの外交官ロバート・カーゾン(Robert Curzon)が、ヘンリー・コーディアー(Henry Cordier)のマルコ・ポーロについての覚書に言及し、ロンバルディーアとヴェーネトの地域に限られたこの伝説を世間に知らしめようとして、グーテンベルクが金属活字で印刷を開始する22年前の1426年パンフィーロ・カスタルディが、最初ムラーノ島のガラスで活字を作り、次いで印刷機に掛けたのは木版活字であったとレポートした。カーゾンはマルコ・ポーロとの関係やヴェネツィアの印刷とグーテンベルクとの関係を強調し、ヨーロッパにおける印刷の発明は自発的なものではなく、中国の知恵の模倣ではないかと推測している。

現代の研究者は、カスタルディの印刷や北イタリアとグーテンベルクとの関係よりずっと以前の日付については誰も触れておらず、こうした理解はフェルトレ以外の地では殆ど受け入れられていない。

カスタルディが生活し、仕事したヴェネツィアやカポディーストゥリア、ミラーノの古文書館の史料を渉猟すれば、期待されるものが見つかるかも知れない。」
  ――イタリア・Wikipedia より

いずれにしても、1426年に初めて木製活字を作ったとされるカスタルディが、1471年に出版したチチェローネ(Cicerone、日本でいうキケロ)の300部の『書簡集』が有名なのだそうですが、それほどの成功を収めた印刷人であったことは確かのようです。

彼の誕生した町では、マッジョーレ広場(Piazza Maggiore)に高名の同郷人を顕彰するために、彼の彫像が建立されているそうです。彼の彫像等については、2007.03.23日の shinkai さんのブログフェルトゥレ・ドロミテの麓、小さな高貴な町を是非ともご覧じませ。

上掲の本の著者によれば、木版活字印刷から金属活字印刷に移行したのではなく、同時期に並行して模索され、木製と金属製活字が生まれただろうとされています。その当時ヨーロッパ各地で筆写による本が僧院に独占され、広く知識を求めるルネサンス時は、色々な印刷が模索されたのでしょう。中でも鏡職人で金属利用に長けたグーテンベルクの発明した金属活字が、木製等より格段に耐久性の優れていることから、世間に普及したのは当然だったでしょう。
  1. 2011/06/04(土) 00:00:09|
  2. ヴェネツィアに関する印刷・出版
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは! 遅れて参りました、古いフェルトゥレの記事のご紹介有難うございます。 
そして、パンフィーロの事を書いて下さって嬉しいです。 私もこれをウィキペディアで読み、なんとかもっと彼の事績を知らせたいもの、と思っておりました。
グーテンベルグの金属活字には及ばずとも、22年も早いのですもの。

と最近のRAIヴェネトのニュースですが、来年辺りに、ヴェネツィアのあの功績ある出版者、アルド・マヌーツィオの博物館がオープンする、という様な事をちらっと見ました。
  1. 2011/06/10(金) 15:40:15 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
アルドの博物館がオープンしますか? またヴェネツィアに行く口実が出来て嬉しいです。
いつかヴィヴァルディの博物館のことを書かれましたが、私が初めて入った博物館は料金の割に中身がなく、翌年にはなくなっていました。更新された博物館を探してみます。
  1. 2011/06/10(金) 18:09:15 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #-
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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