イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの印刷・出版(2)

A.D.2000年になった時、アメリカの雑誌『ライフ』は、この1000年で起きた最重要な出来事として、独人グーテンベルクが1455年に金属活字により印刷した『42行聖書』の印刷をその第一位に挙げたそうです。それ程金属活字による印刷術の発明は、革新的なことだったのです(金属活字以外による印刷は各地で色々試みられていたようです)。

その印刷技術が、先ず華開いたのは15~16世紀のヴェネツィアでした。その立役者になったのは、2007.10.31日のLibreria Emilianaと2007.12.13日に書きましたRio tera` S. Paternianのアルド・マヌーツィオ(ALdo Manuzio=ラテン式アルドゥス・ピウス・マヌティウスAldus Pius Manutius――1449Bassiano[ローマ近くセルモネータ近郊]~1515.02.06ヴェネツィア)です。ピーコ・デッラ・ミランドラ等友人の多かったアルドは、本人自身、人文主義者としてこの町に到来したのでした。
アルド・マヌーツィオの肖像[アルドの肖像] 当時ルネサンス文化が華開き、僧侶に独占されていた文化、写本という狭い世界に限られていた知識は、民衆の高まってきた知識への欲求から、印刷という形態を暗黙の内に希求していたと思われます。上掲の『グーテンベルクの謎』は述べていますが、15世紀後半、オスマン・トルコの攻撃で東ローマ・ビザンティン帝国は瓦解し、アルドが活躍した時代、ヴェネツィアには亡命ギリシア人が沢山来ていたそうです。

ベッサリオン枢機卿がヴェネツィアに遺贈したギリシア語写本がサン・マルコ図書館(Biblioteca marciana)には500冊もあったそうです。図書館の管理を任されていたピエートロ・ベンボともアルドは知り合いでした。

この本によれば、クレタ島出身のマルクス・ムスルス(1517没)がアルド出版の編集長で、クレタ人ヤンニス・グレゴロプーロスは筆頭植字工であり、1500年にアルドが創設したアッカデーミアではギリシア語が日常語であり、そこにはロッテルダムのエラスムス[伊語でエラーズモ]もいたのだそうです。

アルドは2人のギリシア人の助けで、各種のギリシア文字をデザインし、20年間に120種250巻の書物を上梓し、中でも重要なのが、2折判5巻本の『アリストテレス著作集』(1495~98)だそうです。1502年以降もアイスキュロス、ソポクレス、プラトン、ヘロドトス等の古典を印刷・出版したそうです。

彼は本が多数の読者に迎えられるようにと、イタリック体をデザインさせ、16折判の小型ポケット判を出版しました。この小型本の伝統は、19世紀に出版されたドイツのレクラム文庫から現代日本の文庫にまで繋がっています。

アルドの出版物の中でも特に有名なのは、1499年のフランチェスコ・コロンナ著『ポリフィーロの夢酔譚』と言われているそうです。この物語はポリフィーロとポリーア[ポーリア?]の恋物語を168点の挿絵を用いて印刷された作品で、ローマン体活字の一段組みの本文と画家不詳の木版挿絵がよく調和した美麗な物だそうです。
ポリフィーロの夢[『ポリフィーロの夢酔譚』の本文頁、Wikipedia から借用] イタリア Wikipedia はフランチェスコ・コロンナについて次のように書いています。
「彼(1433ヴェネツィア~1527ヴェネツィア)は、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会、そのドメーニコ会修道院の僧であった。折り句風の文体に隠されたその文章を手掛かりにすれば、彼は単に『ポリフィーロの夢』として著名な『Hypnerotomachia Poliphili, ubi humana omnia non nisi somnium esse docet. Atque obiter plurima scitu sane quam digna commemorat.』というラテン語の長ーい長い題名の寓意的な散文作品の著者と考えられている。……これはルネサンス期に印刷された最も美しい書物である。
……
ヴェネツィア木版挿絵の傑作である『ポリフィーロ』は、旅行の入門書である。そのテーマはプラトニックな愛であるが、愛する女を探し求めるメタファーでカモフラージュされている。主題として旅の入門を含む別の物語、即ち2世紀後半のローマの作家アプレイウス(Apuleio)の『黄金の驢馬(Asino d'oro――変身物語の意)』を必ずや思い起こす。この作品が古代ローマの神々への呼び掛けを伴う異教的性格を持っていることはよく知られている。」

『澁澤龍彦全集』13巻(河出書房新社、1994年6月15日)中の≪胡桃の中の世界≫の中に《ポリュフィルス狂恋夢》という章があり、この物語の事が詳しく語られており、大変に興味深いことでした。

この『ポリフィーロの夢』を種にしての小説『フランチェスコの暗号』上下(イアン・コールドウェル&ダスティン・トマスン著、柿沼瑛子訳、新潮文庫、平成十六年十月一日)という推理小説も出版されています。
マヌーツィオの碑マヌーツィオの碑の壁面  アルド・マヌーツィオの碑ヴェネツィアに残る二箇所のアルド・マヌーツィオの碑。左は、サン・ポーロ区サンタゴスティーン広場傍のセコンド埋立て通りの、アルドが最初に印刷所を設置した場所、右は、サン・マルコ区マニーン広場とサン・ルーカ広場を結ぶサン・パテルニアーン埋立て通りの引越し先の印刷所の碑。
  1. 2011/06/11(土) 00:09:27|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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