イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

L'universita` degli Studi di Venezia(U)(ヴェネツィア大学)

学んだ語学学校(Istituto Venezia)の裏手になるカ・フォースカリ通り(Calle de Ca' Foscari)のフォースカリ館(ヴェネツィア大学の本拠地)のすぐ前にある書店が語学生に割引で本を売ってくれるので、何度か書籍を買いに行きました。
カ・フォースカリとジュスティニアーニ館カ・フォースカリ[ヴェネツィア大学本部のあるフォースカリ館] そんな折、大学校舎の壁面にずらりと貼り出された手書きの白いポスターの前に、沢山の人が群がっていました。そのポスターには、ヴェネツィア大学でドクターの称号を得て卒業出来る学士を祝福するために、友人達が新学士を披露するために描いた漫画チックな横顔や紹介文が書いてあるのです。

初めてこうした光景に出会ったのは、パードヴァに行き、パードヴァ大学(かつてその場所に Bo という旅籠があったため《ボ》とも呼称されます)を見学した時のことでした。

2階の見学を終えて中庭に下りた時、「ドットーレ! ドットーレ!」と学士(dottore)になった学生を褒めそやしながら2階から降りてきた学生達が、2人ずつ組になって両手を高く掲げ、手を結び合って何組かの人間トンネルを作りました。

トンネルは長い方が楽しいのか、私と妻も来い(Venite)と呼ばれ、一緒にトンネルを作りました。そしてそのトンネルの下を学士様が走り抜けるから、お尻を蹴っ飛ばすようにと言われました。

学士様は頭が秀逸なように、運動神経も俊敏で、とても蹴っ飛ばす暇などない程素早くトンネルを往き、すぐに復路を駆け抜けました。

校門の外に出ると、大学の壁一面に新学士達の横顔を描いたポスターが所狭しと貼ってあり、一人の女学士は白い水着姿一枚で、両親や親族、仲間達の前でポスターに書かれた自分の紹介文を読まされていました。相当読みづらそうにしていましたから、ある事ない事、持ち上げたり扱き下ろしたりが仲間達に創作されていたのでしょう。しかし両親は時々顔を伏せながらも大笑いして嬉しそうでした。

白い水着姿の意味は? 実は前日大聖堂(Duomo)を見て野菜広場(Piazza di Erbe)にやって来ると、7月とはいえパンツ1枚で噴水の池の水の中に入って体を洗っている若者が居ました。イタリアではついぞ見かけたことのない光景です。回りで囃し立てる若い男女がおり、一人の青年が背後からこっそり近寄り、彼のパンツを引き下ろしました。

下ろされたパンツを上げるのに大童で、彼はあがらうことも出来なかったのですが、体を洗い終ると一団の学生達は和気藹々と果実広場(Piazza di Frutta)の方に立ち去りました。するとやはり同じような一団が、月桂樹の首飾りをし、体中に泥絵具のようなものを塗り掛けられた学士様を真中に、隣の大学の方からやって来ました。白い水着姿の運命は、自ずと想像出来ます。

カ・フォースカリ大学の場合はこれほど蛮カラではないようで、月桂樹の葉で作られた丸く太い首飾りを首に下げ、両親親族と仲間達が一団となってヴェネツィアの街を練り歩いています。ある商店に入って挨拶をしている学士様を見たことがありますから、お礼参りということでしょうか。

サン・パンタローン広場(Campo S.Pantalon)の教会の前で、突然耳元で「卒業……(ha laureato‥‥)」と聞こえました。そう言う小父さんの指差す方に月桂樹の首飾りをした娘さんが仲間達と居ました。

その仲間の一人の男性が「僕は今大阪で日本語を勉強しています……」とまだ関西弁になっていない日本語で、日本語学部を卒業した女学士さんを紹介しました。私を日本人と見て声を掛けた人は娘さんのお父さんでした。

「アドリアーナ・ボースカロ教授の名前は知っていますよ」と伊語で言うと、彼女が「私の先生です」と日本語で応じました。

夕方、リアルトの近くを歩いていると、10人ばかりの行列が3人連れに減った彼女に再会し、「チャオ!」と声を掛けられ、「チャオ!」と返して分かれました。こうした再会、嬉しいですね!
  1. 2008/01/09(水) 14:08:24|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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