イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの印刷・出版(4)

「……最初の印刷所はグーテンベルクによって導入された技術を知り、美しい印刷活字を生み出す母型を作り出すことの出来る職人達によって設置された。ニコラ・ジャンサンNicola Jensen[仏人ニコラ・ジャンソンNicolas Jenson?]はパリ造幣局の見習いだったが、ケルン(Colonia)に赴き、印刷技術を学んだ。
アルド・マヌーツィオの肖像[別のアルド・マヌーツィオの肖像]  彼はジョヴァンニ・ダ・スピーラ[独人Johann von Speyer]同様に、彼の母型から生み出された美しい活字で賞賛された。その母型は彼の工場の基本的な物であり、その印刷機も高価な物ではなく新技術という訳ではなかった。母型から新たに一つか二つの活字のシリーズが付け加えられると、印刷所の施設にとって本1冊の紙のコストを少々上回る資本の投下を意味した。

しかし資本は職人の賃金、工房に在庫して置かねばならない本の用紙代やインク代、更に多くの本を売るのに必要な輸送費に必要だった。

直後は印刷所の開設でジャンサンは、資本を供給出来る会社を興し、販売を容易にした。後には企業家達は職人というより本屋や出版人としての手段を持つ者となっていた。彼等は何を出版するかを決め、母型を作り、活字を溶融する、印刷機を操る職人を雇った。紙を供給し、比較的適正な賃金を払い、市場を拡張する努力をした。

この種の企業人として有名なのは、アルドの義父のアンドレーア・トッレザーノでアルド同様大陸側から渡ってきた。アンドレーアは本屋を開業し、ニコラ・ジャンサンの母型を購入し出版方針はアルドに任せ、企業家として仕事を分けた。編集方針はアルドの分野で、経済面では利益の多い、文化的には有意義なものとなった。

自分達の仕事のために、アンドレーアとアルドは30人以上の使用人を自分達の方針の下に統合した工場(工房)を組織した。植字工、印刷者や見習い工以外に、アルドの新しい《イタリック》体活字の母型の作れる職人として、色々の専門家が雇われた。初めて本の大扉に彼によって、その事が記録されたのである。

他の専門家としては本の校閲者や校正をする人がいた。中でも当時のヨーロッパで最も知られた知識人、ロッテルダムのエラーズモ(Erasmo―エラスムス)が挙げられる。彼はアルド家に滞在し、辛辣な記録を残している。

《アンドレーアは主人だった。アルドもまた彼の使用人と考えられていた》と、大人文主義者は書いている。若い頃居たこの出版社の校正係と見なされることを彼は嫌がっている(後に彼はそこで友人となった人々と喧嘩をし、喜劇的で辛辣な冷やかしの文章を彼等に呈した)。

《僕は校閲をした。著者の間違いを正すだけである。植字の誤りを正す、雇われ校正者は別にいた》と、エラスムスは言う。ギリシア語の知識については、アルドによって集められたギリシア人インテリと比べて、彼は自分に課せられた役目は大したものではなかった、そして皆はアルドを働かせ過ぎだと断言し、《自分は頭を掻くくらいの時間はあるが、アルドはこんな騒音と混乱の中で、よく難なく色々物を書くことが出来るな、と驚いたものである。》

アルドの勤勉さは、自分の周りの人々を鼓舞し、彼が書いた文章の中にそれが見える。殆ど経済広告としての《offerta Lavoro》であるが、印刷所の入口に掲げてあった。ラテン語であったが、概ね以下の意のようである。

――誰であろうと、出来るだけ自分を抑えて頂きたい、そして力尽きたアトラスに対したヘラクレスのように、あなたも立ち去って頂きたい、救助の手を差し伸べる余裕はないのです。ここへわざわざお出掛けの方々全てに対しては、我々は充分にお手伝いするでしょう。――

エラスムスの中傷文書は、工場の知的責任者であるアルドについて比較的敬意をもって書いているが、主人のアンドレーア・トッレザーノのしみったれについては手厳しい。そうした伝統的な家族的な工房がアルドの印刷所のように色々な使用人を抱えた大きな工場として生きていくということは、使用人全員が主人に養われるということを意味していた。

エラスムスは、アンドレーアが利益増加のためには使用人のワインは水で割り、殆どかすみを食わせていると断言している。質素が特徴のヴェネツィア料理に対する嫌悪感と共に、この企業人が経費を節減しようとする態度に、この人文主義者は執拗に怒りを爆発させていた。

エラスムスは北国の人間で、肉をたらふく食べるのが好きであり、《蛸、烏賊、貝類といった海産物の類は、排水溝に棄てるだけ》。譬え質素過ぎたとしても、アンドレーア・トッレザーノは企業人として成功を収め、アルド亡き後も会社を発展させ、孫達に栄えある印刷所を残したのである。

一つの工場内でのアルドの編集組織は、典型的なケースということではなかった。多くの編集者は、出版を2,3台の印刷機を抱えた小さな工房の印刷所に依頼した。こうした印刷者が小編集者に独立することもよくあったし、彼等は自分達の産品を書店や見本市で売り捌いた。

10~15人の労働者(植字工、印刷人、校正者、専門職、見習い工、下働き)を抱えた工房を経営するこうした印刷者は、私が呼ぶところの職人経営者(artigiani-gestori)の部類に属し、ヴェネツィアでは比較的重要な職種であった。 ……」
  ――『ヴェネツィア史(Storia di Venezia)』(Frederic C.Lane 著、Franco Salvatorelli 訳、Giulio Einaudi editore 刊)、p.365~366 から訳出

エラスムスの文庫本的な『格言集』は132版という驚異的な版を重ねたそうです。また Giovanni da Spira 以前にイタリア最初の印刷者、僧の Clemente da Padova と言う人がいて、ヴェネツィアとルッカで活動したそうです。Spira は、ヴェネツィア最初の出版物、キケロの『Epistolae ad familiars(家族書簡)』とプリニウスの『博物誌(Historia naturalis)』を1468年出版し、『家族書簡』は直ぐに重版になったそうです。

追記: 2013.08.31日にアレッサンドロ・マルツォ・マーニョを書きました。このヴェネツィア人はヴェネツィアの印刷出版やゴンドラ等について執筆しており、翻訳があります。非常に参考になります。
  1. 2011/06/25(土) 00:00:17|
  2. ヴェネツィアに関する印刷・出版
  3. | コメント:2
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コメント

こちらにもお邪魔します。 以前も拝見したのですが、もう一度纏めて読ませて頂きました。
アルドの出版社で働いていたギリシャ人について、またピエトロ・ベンボとの関係、まさに人材が仕事の幅を広げたのですね、などなど大変興味深いお話を有難うございます! 
ですが、義父のアンドレーアの渋ちんの実業家ぶりには笑いました。 まさに中小企業、零細企業の初代事業家と言うのはどこも同じですね。 水増しワインが可笑しいです。 肉が好きな北欧のエラスムスには魚やイカは溝に捨てるべき、も笑えます。
そうですね、まさにヴェネツィアは文化、人種の交流の街だったのですね。
  1. 2011/07/14(木) 14:00:50 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

アルド・マヌーツィオ

shinkai さん、コメント有り難うございます。
かつて会社人間時代、通勤途上にこの米国の歴史学者レインの『ヴェネツィア史』を読みました。米国人の書く物は、大変分かりやすく、説得性がありました。今回当時の事を思い出しながら、マーカーや付箋の箇所を捲りました。
アルドの義父の事を読みながら、ヴェネツィア人は昔から質素に生活を営んできたのではないかと思ったのです。共和国の繁栄の一因ともなったに違いない、身命を賭して国のために尽くした戦士や商人、外交官等が、他の国に比して圧倒的に多いと感じたのは、そういう面にも現れているのではないかとも思えたのです。

語学学校で知り合ったポーランド人のヨランダは、アパートで夕食会をした時、用意したシャコや烏賊は殻を剝いてやっても、食べるのは魚類以外の肉だけでした。
  1. 2011/07/15(金) 07:20:33 |
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  3. pescecrudo #/plE8HKU
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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