イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

言葉・名前(1)

ヴェネツィアの語学学校(Istituto Venezia)に何度か通いました。ヴェネツィア人が一番 simpatico と言っている広場サンタ・マルゲリータ(S.Margarita)の片隅、カナール埋立て通り(Rio Tera` Canal)にあります。授業は月~金曜日の9~13時で、1日の前半が会話中心の場合は、後半が文法中心といった構成でした。

学校と同じ並びにコンパニーア・デ・カルザ“イ・アンティーキ”の作業場があり、扉は開いていて、ストップ印の大きな掌の像が玄関口に置いてあり、コンパニーアの中心メンバーの一人グェリーノ・ロバートさんの仮面店がその真正面にありました。やはりそのメンバーの一人ドナートさんの本屋さんは学校の真向かいにあり、よく割引の本を買いに行き、知り合いました。

カナール埋立て通りの端は、有名な《拳骨橋(P.dei Pugni)》で、橋の下にはこれまた有名な船の八百屋さんがあり、授業が終わってアパートへ帰る途中、野菜や果物をよく買いました。近年船の八百屋は閉店して、その直前の陸の店一本に変わったように見受けられます。

授業の15分の休憩時間には必ずといっていい程、学校下のバールに「ブオンジョルノ!」とコーヒーを飲みに行きました。その日余りに喉が渇いていたので、「スプリッツ・コン・ビッテル(spritz com bitter――ヴェネツィア語はspriz)」と注文すると、カウンターの中の若い女性に「No!」と拒否され、「スプリッツは授業が終わってからよ」諭されました。彼女には授業が何時まであるか、ちゃんと分かっているのです。

その彼女に言われたことがあります。何故日本人は皆揃って、「ボンジョルノー」とか「グラッツィエー」「カッフェー」と語尾を伸ばすのか、おかしい、と言います。言われてヴェネツィア人の言い方を注意して聞いてみると「ブオンジョールノ」と語尾が切り上がり調子ですが、日本人留学生は「ボンジョルノー」と下がり調子です。語尾は明確に短音でキリッと切り上げないと締まりがない物言いに聞こえるようです。

森鷗外の昔から翻訳に表れた表記は、《タッソー》《アリオストー》、更には《カルーソー》《ゲットー》《ポー川》があり、語尾を伸ばす癖が日本人にはあるのかも知れません。

バールでコーヒーを飲む時、イタリア人はエスプレッソを注文し、カッフェが出て来るや2口ほどで飲み干し、コインをパチリとカウンターに置き、素早く立ち去ります。座ったりしたらそうしたスピード感は生まれません。それはイタリア人の行動美学のように思われます。そういうキリットとした所が言葉にも出るのかなと思った次第です。日本人はコーヒータイムは《お茶する》と言って腰を下ろし、たっぷりしたコーヒーでゆっくり寛ぐ方が好きです。

5月連休の恒例となったイタリア映画祭の第一回目(2001年)に、マイア・サンサさんが出演したマルコ・ベッロッキオ監督の『乳母(La balia)』のため来日され、映画祭図録にサインして頂きました。彼女はその後も同じマルコ監督の『夜よ、こんにちは(Buongiorno, notte)』(2004)にルイージ・ロ・カーショと共演したりして、日本の観客には大変親しい存在になっています。
『Festival del Cinema Italiano 2001』映画祭の座談会で日本人司会者は彼女をマヤ・サンサと紹介されたのですが、イタリアのTVをPC上で見た限り《Maya Sansa》は《マイア・サンサ》と聞こえますし、『DOP』の発音記号は《maia》です。

映画関係者は昔から少し違った伊語固有名を使っています。《ジーナ・ロッロブリージダ》がロロブリジーダ、《シルヴァーナ・マンガノ》がシルバーナ・マンガーノ、《エットレ・スコーラ》がエットーレ・スコラ、《ロベルト・ロッセッリーニ》がロッセリーニ、音楽関係者にはロッセルリーニ(Rossellini)と言ったりする人もいます。

音楽書の中で《ファニー・ペルシアーニ(Fanny Persiani)》という歌手の名前を見ました。伊語では庭球の tennis(伊語は英語を借用)を《テンニス》と発音するように、《ファンニ》となる筈です。仏語なら「ファニ」、英語なら「ファニー」となるでしょう。

ヨーロッパの名前は、日本人にはその使い分けが非常に煩瑣です。例えば英語の William(ウィリアム)は、Wilhelm(独、ヴィルヘルム)、Willem(蘭、ウィレム)、Guillaume(仏、ギヨーム)、Guillermo(西、ギリェルモ/ギジェルモ)、Guilherme(葡、ギリェルメ)、Guglielmos(希、ググリエルモス)、Gulielmus(羅、グリエルムス)等ですが、伊語は Guglielmo(グリエルモ)です。

イタリアでは、この名前の聖名祝日は2月10日だそうです。
  1. 2011/07/23(土) 00:05:07|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:4
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コメント

こんにちは!  ああ、確かに、言葉の発音についてそうですね。 日本人は物言いが固い、とかツッケンドン、と言われるのを恐れる所があり、イタリア語の発音もつい柔らかな言い方になるのかもですね。 イタリア人はハッキリと発音しますし。

そうそう、あの船の八百屋さんは、やはり見かけなくなったですね。
  1. 2011/07/24(日) 23:07:31 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
数年前、サンタ・マルゲリータのカッフェ、ロッソに行った時、船の八百屋さんの船に野菜や果実が積んでなくて、どうしたんだろう? と思ったことがありました。その後も船上が空なので、ふと直前の陸の八百屋さんを見ると、あの船の八百屋さんの、特徴ある顔がありました。おじさんも歳をとり、荷を船に運ぶのがしんどくなったのか、と思った次第です。
アルセナーレの脇のアパートを借りた時、買い物はガリバルディ大通りに行きました。大通りどん詰まりから運河になっており、この通りが埋め立てられたことがよく分かります。そこにも船の八百屋さんがありました。サンテラーズモ島などの農家の人が直接船で野菜を売りに来る、というようなことがあるのでしょうか。船は常にそこに係留されていませんでしたから。
  1. 2011/07/26(火) 03:36:45 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #j9tLw1Y2
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ぺさん、こんにちは。とても楽しい記事でした。ふだんは謹厳な記事のうしろに隠れているぺさんの(私も知っている)素顔がのぞかれて嬉しかったです。
名前のことですが、私の娘のMaya(麻耶)は子供の頃ひとにMia(ミア)と呼ばれるたびにむくれていました。
息子のTaro(太郎)のほうは私は無意識に日本式にタロウと発音しますがアメリカ人はタロ、あるいはタローと呼びます。
最後のWilliamですが、ご存知のようにアメリカではほとんどがBill(ビル)と呼ばれます。
  1. 2011/08/22(月) 11:16:27 |
  2. URL |
  3. September30 #MAyMKToE
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september さん、コメント有り難うございます。
固有名詞は大変難しいです。日本と伊語での通称が丸で違うことはよくあります。同じ名前でも英独仏伊西等それぞれ違います。アメリカは世界各国の寄せ集めですから、各国の姓名の発音は色々でしょう。本来の英語式の発音と生国のスペルと発音、どんな風に読めばいいのか困ったことが何度もあります。
  1. 2011/08/22(月) 13:42:34 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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