イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

言葉・名前(2)

神保町の《萱》という飲み屋さんで盃を傾けながら、カウンター内のママとお喋りしていました。

偶々話がガラスの事に及び、ヴェネツィアのムラーノ島の事に発展しました(ママもイタリアを経巡っているのです)。例えば、私の居住する町の八王子城が発掘された時、当時ムラーノ島でしか作れなかった白いレース・ガラスの破片が発見されされたそうで、それは天正の四少年使節が帰国した時、ヴェネツィア土産のレース・ガラス等のガラス製品が太閤秀吉に献上され、それがまた論功行賞等で誰かに渡され、八王子城が落城した時、そのガラスが城周辺に四散した、等ということでもあったのでしょうか。[追記: 八王子城落城=1590年、天正使節帰国=1592年]

隣の席で友人とお喋りをしていた若い女性が、私が《ムラーノ島》と口にしたのを耳にし、私に話し掛けてきました。自分はヴェネツィアに行き、《ムーラノ島》にもガラスを見に行きました。《ムーラノ島》の人は自分達の島を《ムーラノ》と言っていましたよ、と親切に教えてくれました。しかし聞き違いでしょう、ムラーノが正しい筈です。

コンメーディア・デッラルテを見たいと思い、ジュデッカ島にあるパンタスキーン座を訪ねた時、ヴァポレットを降り、停留所直前のバールに入って《ユングハンス(Junghans)》広場への行き方を尋ねました。バール・マンの男性は、私の《ユングハンス》の発音に一瞬キョトンとした表情を見せました。店の客と顔を見合わせてから、おもむろに《ユンガンス》は店の前を右に行って一つ目を右に曲がるようにと教えてくれました。

その時、私はヴェネツィアに行くようになってまだ殆どイタリア語が話せない頃の体験が蘇ってきました。《グッゲンハイム(Guggenheim)》美術館への道順を尋ねた時、日本のガイド本通り発声すると、聞かれた人は私の言った事を内心検索する風情でした。そして《グッゲナイム》美術館への道を《sempre diritto》と教えられたことがあったのです。

今にして思えば、例えばイタリア語で《上海》は《Shanghai》と書いて《シャンガイ》と《h》を基本的に読まないことに思い当たりました(実際は、《上海》は伊語では《Sciangai》と綴り、h のスペルはないようですが)。

日本のガイド本等で書かれている固有名のカタカナ表記と現地発音の違い等は、例えばローマなどでは古代ローマの建造物等の名前が、多分日本でしか通用していない、《正しい古代ローマ式発音》で書かれています。しかしそれを口にしてもローマでは通用しなかった覚えがあります。

例えば、現在通用している音楽用語の場合、《マニフィカト(magnificat)》は古典羅典式はマグニフィカト、《ディエス・イレ(dies irae)》はディエス・イラエ、《レジナ・チェリ(regina caeli)》はレギナ・カエリ、《アニュス・デイ(agnus Dei)》はアグヌス・デイと隔たっているため、ローマでアウグストゥス帝の《アラ・パチス(Ara Pacis―平和の祭壇)》をアラ・パキスと言ったら分かってもらえませんでした。私は《郷に入って郷に従え(Quando a Roma vai, fa' come vedrai)》という格言通りやりたいと思っているのですが……。

ヴェネツィアのサン・マルコ広場にある、世界で一番古いカフェはフロリアーンですが、日本のガイド本には独語式に《フローリアン》と書かれることが多いようです。フロリアーノ(Floriano)という人が始めたこの店は、ヴェネツィア式に《Florian》と語尾の《o》が脱落して呼称されていますが、アクセントの位置は変わっていない筈です。
カッフェ「フロリアーン」カッフェ「フロリアーン」[カッフェ《フロリアーン》。『Le Tre Venezie』N.88(Anno XIV 2007)他から借用] YouTube で検索してみますと、ある伊人アナウンサーが、Florian の人にインタヴューしている動画があり、両者《フロリアーン》と発音しています。しかしもっと探してみると、《フローリアン》と発声している伊人アナウンサーの動画もありました。ローマのアナウンサーでしょうか。次のサイトでフロリアーンをお楽しみ下さい。cafe Frolian

Maria` Fortuny i de Madrazo(マリア・フォルトゥニ・イ・デ・マドラソ)は、カタルーニャの画家フォルトゥニ・イ・マルサルの息子で、画家、デザイナー、舞台美術家でもあります。ヴェネツィアの彼の美術館が日本のガイド本には、フォルトゥニー美術館と書かれています。日本のデザイン関係の人達は英語式にフォーチュニーと発音しているそうですが、何故、西語の語尾の《Y》が《イー》となるのでしょうか。

ジュデッカ島にあるデザインのフォルトゥーニの工場は、同じこの島のユンガンスにあるパンタスキーン座のコンメーディア・デッラルテの演劇活動等を援助しているのだそうです。

YouTube で検索してみました。美術館の展覧会のオープニングで、前ヴェネツィア市長マッシモ・カッチャーリさんが話している動画がありました。マッシモさんは《マリアーノ・フォルトゥーニ》と発声していました。Mariano Fortuny という言い方は、カタルーニャの Maria` が Mariano とイタリアナイズされたものだそうです。次のサイトをご覧下さい。カッチャーリさんが video 半ば(3.40分過ぎ)で話し始められます。museo Fortuny

最近知った発音に《マーリブラン》劇場があります。西人音楽家マヌエル・ガルシアの娘マリアが仏人貴族マリブラン(Malibran)と結婚し、当時ヴェネツィアでサン・ジョヴァンニ・グリゾーストモと稱された劇場で、マリア・マリブランはベッリーニの『夢遊病の女(Sonnambula)』を歌ったのです。オペラは大成功で、マリアは出演料を劇場再建のために全額寄付したのでした。劇場は彼女に敬意を表し劇場名を《マーリブラン劇場》と変えました。2010.06.05日のサン・ジョヴァンニ・グリゾーストモ劇場にマリア・マリブランのことを書きました。

このスペインの歌姫は《マリア・マリブラン》であり、ヴェネツィアの劇場名は《マーリブラン》ということになります。

ヴェネツィアは古くは Venedia、Venesia、Venetia、Venexia、Vinegia 等と書かれたそうです(誤記を含めてではないでしょうか)。英語ではVenice(ヴェニス)、仏語Venise(ヴニーズ)、独語Venedig(ヴェネーディヒ、Veは《フェ》とはならないようです)、蘭語Venetie"(フェネティエ)、ポーランド語Wenecja(ヴェネツヤ)、チェコ語Bena'tky(ベナートゥキ)、西語Venecia(ベネシア、西語の《ve》は《べ》の音です)、葡語Veneza(ヴェネーザ)、トルコ語Venedik(ヴェネディキ)。

日本ではかつて威尼斯と漢字で書かれる前は部禰舎と書かれたそうです。またカナでヱニスやヱニスのヱに濁点を振ったものがありました。それ以外にも久米邦武は『米欧回覧実記』の中でヴェニェシヤとかヴェニシ、ベ子チャ等と表記しているようですし、鷗外はヱネチヤ、上田敏はヱネチヤのヱに濁点を振っています。

[9月2日サントリー美術館に『あこがれの ヴェネチアン・グラス』展に行ってきました。そこで次のような展示物のコメントを知りました。
《ヴェネチアン・レースグラス破片(八王子城出土)》八王子市教育委員会――1590年以前のヴェネチアン・グラス
1992年、八王子城跡の発掘調査で出土したレースグラス片。八王子城は1582~87年頃に北条氏照(1540/43~90)が築いたが、豊臣秀吉の小田原攻めの際、1590年に落城、焼き討ちによって消失した。これらのレースグラスは南蛮船の渡来、あるいは別のルートで北条氏に献上されたと考えられる》。天正の四少年使節のヴェネツィア土産とは無関係のようです]
  1. 2011/07/30(土) 00:01:22|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:8
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コメント

こんばんは! ちょいちょい発音の事でお世話になっておりますが、いつも有難うございます。  いやぁ、固有名詞のような感じで、それ特有な発音が多いですねぇ。  決まりがあるのはこちらがしっかり覚えないといけませんが、それ以外にも例えばイタリア語式に英語を発音する事などは、お書きになっておられるようにけっこうあります。

フロリアーン、ですね、はい、次回書くときには気をつけないと。  ですが、ムーラノというのは、その時のその人の発音方法だった様な気もしますが。 ただ一言だけMuranoを発音したとか、の。 

上のベルナルド館、ですか、お客様の名前が凄いのに驚きました! どういう経緯でお泊りになったのか、興味がわきました。

  1. 2011/08/08(月) 21:33:35 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
 ムラーノをムーラノと聞いた人は聞き違いしたか、現地以外の人が偶々そう言ったとか、と思いました。YouTubeでフロリアーンの店の人(ボーイさんではなく)はそう発音していたのですが(他にもヴェンドラミーン等あります)、他のYouTubeでは店を紹介する動画で伊人がフローリアンと言っているものもあります。
 同じスペルで南と北ではアクセントの位置が違う地名があったりしますし、NHKラジオ講座でネイティヴの講師はマゼールと言っているのに、日本人講師はマーゼルと受けたのを聞いたこともあります(両者自国語で話している時)。偶々語調でそうなったのでしょうか。
 ミラーノではマンゾーニですが、私の最初の伊語会話の先生はレッジョ・カラーブリアの人で自分の町にはマンツォーニ通りがあると言い、私の町で会話を勉強しなさいと誘われたことがありました。
 固有名詞の発音は非常に難しいと思いました。このブログではアクセントの位置を示す意で自分のためにそこに音引き(ー)を入れています。『DOP』(Edizioni RAI、1981)という大きな発音辞典を参考にしています。
  1. 2011/08/09(火) 02:55:30 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
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こんにちは! 再度お邪魔いたします。 
今夕アップのサン・マルコ広場の記事で、このフロリアーンの写真を乗せ、発音について触れており、かってにこちらの記事にリンクさせて頂いております。
どうぞよろしくお願いいたします。
  1. 2011/08/19(金) 16:09:14 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

shinkai さん、コメント有り難うございます。
カッフェ・フロリアーンについて書くに当たって、私が参考にしたYouTube の動画は次のサイトです。
http://www.youtube.com/watch?v=pd23ZmBhCG0
このサイトは米国のもので、アナウンサーも米人かも知れませんが、それに対応しているフロリアーンのレナート・コスタンティーニ氏は「フロリアーン」と最後の音節にアクセントを置いて話しています。
しかし他のサイトでフローリアンと言っている伊語のサイトも沢山あるようです。
  1. 2011/08/20(土) 06:37:39 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

ムラーノは私はムーラノと現地で聞いた覚えはありませんが、Imola に行ったとき、イモーラとモにアクセントを付けたらまったく通じませんでした。イモラと頭にアクセントがくるのですね。

米語でよく例に出される、coupon(キューポンとクーポン)、tomato(トマートとトメイト)、advertisement(アドヴァタイズメントとアドヴァーティスメント)などはもちろん両方とも正しいのです。
  1. 2011/08/22(月) 11:41:54 |
  2. URL |
  3. September30 #MAyMKToE
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september さん、名前は本当に難しいです。間違えるとその人に失礼ですし。
アクセントの位置を間違える伊人もいるそうです。また方言の強いイタリアは地方によって発音が違うということはあると思います。
雑誌に特集されていたバレー・ダンスの記事で、伊人演出家Giorgioなんとかさんが英語のGeorgeにならず、Giorgioを英語式に読んで、それがカタカナ書きにしてあり、最初まるで名前のイメージが湧きませんでした。
  1. 2011/08/22(月) 14:09:35 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
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話し言葉より初めから文字が決まっていて
国によって読み方が異なると思える事に度々出会います。
文字は後から付けたのに違い無いのにです。
非常に簡単な例では人の名で Michael 。同じ綴りでドイツ語だとミヒャエル。

Florian は大昔からある名前で聖 Florian なんて聖人がいて、
今も若い子に結構多い名前ですが、中年で Florian と言うのは滅多に無い、
ところでそのどこにアクセントが置かれるかですが、フローリアンでローの部分。
Froriano だとフロリアーノとアの部分がとてもイタリアっぽいのですが、
o が脱落するとアーにアクセントはちょっと苦しいかなと。

Murano 島もムラーノとラーにアクセントをおいたらイタリアっぽくないでしょうか
勉強していないのであくまでも感覚です。

私も Junghans はユングハンスと読んでしまいます、絶対に。
ロンドン滞在中に、友人宅へ戻る時  
ここの駅を目指して乗り換えるのよと言われて紙に書いてもらったのが
Waterloo駅
ウォータールーと口の中で繰り返し、いざ乗る時に、確認のつもりで紙を見ながら
ドイツ語読みをしてしまって
ワーテルロー行きはここですねなんて口に出してはっと気が付いたことがあります。
名前も地名も難しいです。

ドイツ人から私の名前を日本らしいアクセントで呼ばれたこともないです。
  1. 2011/08/25(木) 17:54:25 |
  2. URL |
  3. のほほん #MFKQUQps
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名前

のほほんさん、コメント有り難うございます。
日本の外国人名辞典によりますとミヒャエル(独)は、各国スペルは異なりますが、マイケル(英)、ミシェル(仏)、ミケーレ(伊)、ミゲル(西)、ミヒール(蘭)、ミカル(瑞)、ミハーイ(洪)等とあります。日本人にはこういう使い分けは難し過ぎます。

伊語の発音辞典によりますとFlorianという名は、仏・伊語は a に、独語はo にアクセントがあると書かれています。しかし実際には伊国ではフロリアーン、フローリアンと両用しているようです。ヴェネツィアの場合は、Floriano という姓の語尾の o が脱落したものです。この現象はヴェネツィアには多く、Loredan とかVendramin 等、最後の音節にアクセントがあると書かれています。

私の姓名は Hi~ で始まりますが、伊人は語学学校でもHを読んでくれませんでした(メールの時は名前にHは書いてありますが)。
ヴェネツィアで知り合い、仲良くなった仏人とは彼女が浮世絵が好きだったりして、ボルドーに帰った今も文通をしています。仏国からはヴェネツィアで呼称していたように、Hのない名前の宛名で手紙を書いて寄越します。

ムラーノ島について、私に「ムーラノ島]と言った人は、よくあることですが聞き間違いをしたのでしょう。ムラーノ島にはもう5回以上行きましたが、「ムーラノ島」という発音にはまだ出会ったことがありませんし、Murano の a にアクセントがあると発音辞典にも書かれています。
  1. 2011/08/26(金) 02:06:57 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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