イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: グリマーニ・マルチェッロ館からベルナルド館へ

カッペッロ・レイヤード館の右隣はグリマーニ・マルチェッロ館です。この館について E.&W.エレオドーリ著『大運河』(1993)は次のように書いています。
ジュスティニアーン・クェリーニ館他「ジョヴァンニ・ブオーラ家の、16世紀初頭の美しい建物である。ファサードは完全に大理石で覆われ、左右のバランスが完璧で、はっきりとロンバルドの影響が見て取れる。コンポジット式の扶壁柱で三つの部分に分けられ、2階、3階の中央部分には広々とした三連窓があり、両脇にもアーチ形の窓がある。その窓の間に色付きのパネルと円形プレートが置かれている。1階窓はニッチ風である。」

その右隣はジュスティニアーン・クェリーニ・デュ・ボワ館で、E.&W.エレオドーリ著『大運河』(1993)は次のように述べています。

「1600~1700年代風の大きな建物で、建物はヴェネツィア建築ではよくあるように、三幅対祭壇画のような配分案を採用している。中央は多連窓であり、両脇は楣(まぐさ)式構造を持つコーニスを含んだアーチ形の単一窓である。」

更にその右隣はベルナルド館です。R.ルッソの『ヴェネツィアの建物』(1998)は次のような事を述べています。

「二つの入口の大玄関は、このゴシック式邸館が同じ家系2家族の住まいであったことを示している。この建物は15世紀半ばの物であり、多くのゴシック様式の二家式建築は、正しくこの期間に遡るのである[2010.08.21日のジュスティニアーン館他に書きましたジュスティニアーン館もこの例です]。

ベルナルド家の邸宅は、色々の機会に共和国の招きでヴェネツィアにやって来た名士達を迎え入れた。それはベルナルド家が館の別の場所に引き籠もってしまった時もそうであった。最も著名な賓客の中で、フランチェスコ・スフォルツァとビアンカ・ヴィスコンティ夫妻が1442年にここに滞在したが、それは館がやっと完成を見た頃であったようである。」

また『大運河』(1993)の表現は次のようになっています。

「大運河のこの区間の、ゴシック様式の最も興味深く、壮麗な建築物の一つであり、非常に保存のいい物の一つでもある。大運河に玄関が二つあり、2階、3階の中央部には美麗な六連窓がある。1階は先端に花形装飾を持つ尖塔風窓と張り出した露台。

2階は四葉模様の窓と歯飾りを施した四角い枠取り、それは下の階の物と若干ずらして配置されている。透かし細工が施された単一窓(monofora)もまた非常に美しい。一方、建物背後の中庭には有名な外階段がある。

ベルナルド家によって1442年に建てられたが、その賓客の中には、ミラーノ公爵フランチェスコ・スフォルツァとビアンカ・ヴィスコンティ夫妻があった。」 
  1. 2011/08/06(土) 00:01:29|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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