イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

『世界遺産 ヴェネツィア展』――ヴィットーレ・カルパッチョ(1)

『ヴェネツィア展』パンフレット『ヴェネツィア展』『ヴェネツィア展』パンフレット中面『ヴェネツィア展』パンフレット中面偶々観世会の能楽堂に置いてあったので『世界遺産 ヴェネツィア展――魅惑の芸術-千年の都』のパンフレットを貰ってきました。2001年に始まった、今年何回目かの《日本におけるイタリア》2011の年であり、そのメイン・イヴェントとして、この催しが9月23日~12月11日に東京で開催されます。以後来年も引き続いてこの展覧会は全国を巡回し、仙台にも行くそうです。東北大地震もありましたが、仙台は伊達政宗の命で渡欧し、ヴェネツィアにも挨拶状を送った支倉常長の故郷でもあります。

この6~7月ヴェネツィアを中心にイタリアを回りました(ラヴェンナ音楽祭が楽しかったです)が、ヴェネツィアでは友人の案内で美術館に入るチャンスもなく、この企画は大変待ち遠しく思っています。
『ラヴェンナ・フェスティヴァル・マガジン』アフリカのIsango-Portobello Companyの、モーツァルトの『魔笛』ラヴェンナ音楽祭で見た南アフリカの、来日したこともある Isango-Portobello(イサンゴ・ポルトベッロ)Company の演じる、モーツァルトの『魔笛』をアリギエーリ劇場で見ました。またラヴェンナ大聖堂に入って暫くすると突如パイプオルガンの煌びやかな演奏が始まり、門が閉まるまで1時間あまり聞いていました。明日の演奏会のための予行演習だと門衛の人が言っていました。

2001年のイタリア年初年は、最初の展覧会は『イタリア・ルネサンス――宮廷と都市の文化』として、ヴェネツィアの美術品も展示されましたが、フィレンツェを中心としたものでした。その後、『華麗なる18世紀絵画――ヴェネツィア絵画展』が上野の森美術館で2001年3月24日~5月27日にありました。2007年9月2日~10月25日には『ヴェネツィア絵画のきらめき――栄光のルネサンスから18世紀へ』として、Bunkamura ザ・ミュージアムでヴェネツィア絵画が並べられました。そして今回が日本での3度目のヴェネツィア美術との出会いです。

このイタリア年のイタリア美術との邂逅となった、その前哨戦となったのは、1999年3月20日~6月20日にサンクト・ペテルブルグのエルミタージュ美術館所蔵の『フィレンツェとヴェネツィア』という美術展でした。エルミタージュの学芸員達の、イタリア美術の素晴らしさをわざわざイタリア語で大変楽しく語る講座もありました。1800年代美術館として名を成していたピザーニ・モレッティ館右隣のバルバリーゴ・デッラ・テッラッツァ館は1850年その美術品を全てロシア皇帝に売却し、エルミタージュ美術館作品の一部となったそうです。

このパンフレットによりますと、今回登場する絵画はサン・マルコ大聖堂正面にあるコッレール美術館所蔵、日本初公開のヴィットーレ・カルパッチョ『二人の貴婦人』等です。パンフレットには《上図・参考図版》として、米国ロサンジェルスのポール・ゲッティ美術館にあるカルパッチョの『潟(ラグーナ)での狩猟』が並べて掲載されていますが、ヴェネツィアで1999年、翌年1月まで延長して、大運河に面して建つグラッシ館で展示されたように、両者同時に見ることが出来るのでしょうか?

今回ヴェネツィア展公式サイトに発表された内容から、来日されたヴェネツィア市立美術館群総館長ジャン・ドメーニコ・ロマネッリ氏が「東京のみ特別出展の、話題のあの絵のミステリーについても……」と語っておられることから、もしや? 二つが同時に見られるかも、と思い込んでいるところです。

パンフレット上に《世界でもっとも美しい板絵》と英国の批評家ジョン・ラスキンが言ったとありますが、この絵はかつて『二人の娼婦』と題されていました。娼婦と言い出したのは、当のラスキンだったと聞きました。ヴェネツィアに残る当時の版画の髪型と比べてみても、丸で違うのですが。
カルパッチョの『二人の貴婦人』『潟での狩猟』ジャーコモ・フランコ『著名な高級娼婦』(コッレール美術館蔵)[コッレール美術館のジャーコモ・フランコ画『著名な高級娼婦』]  その後1990年代初め、上記の『潟での狩猟』が『二人の貴婦人』の上部半分を切り取ったものであることが判明(上部の花瓶の花の茎が一致)したことから、色々なことが明らかになってきました。

故須賀敦子さんの『地図のない道』(新潮社、1999年10月30日)の中で次のようにあります(引用の初出は、トンボの本『ヴェネツィア案内』(渡部雄吉、須賀敦子、中嶋和郎著、新潮社、1994年5月20日)の中で、《ザッテレの河岸で》として巻末に掲載されています)。
須賀敦子『地図のない道』「……彼女たちの乾いた、虚ろとしかいいようのない表情をみてみると、ロマン派の批評家でなくても、これはコルティジャーネに違いないと思いたくなるのは無理ないのではないか。視線のさだまらない、大きく見ひらかれた目も、あらわにはだけた胸もと、手前の赤い衣裳の女のものだろう、画面左上にだらしなく脱ぎ捨てられた、舞妓のこっぽりの重そうな靴、そして、画面全体が発散している、凄絶なほどの頽廃というか、しどけなさ。

これらをまえにしては、私だって娼婦を描いたものとかたく信じてしまうにちがいない。それとも、乾いた目をしていたのは、男たちにもてはやされた娼婦ではなくて、むしろひとりでは街を歩くこともできなかった良家の女たちだったのか。

 しかし、この絵をコルティジャーネの肖像とする説はいまや古い過去のものだと説明書にはあった。大理石の欄干におかれた、たぶんファエンツァ焼きだろう、白黒の網目模様がついた花壷の家紋から、この絵はトレッラ家というヴェネツィアの由緒ある家柄の婦人たちであるということがわかったのだそうである。

彼女らが小さな帽子をかぶっているのも、コルティジャーネではない証拠かも知れない。中世以来、帽子をかぶることをゆるされていたのは、《ちゃんとした女》だけだったはずだから。

 だが、こんな反論も考えられはしないか。そもそも十六世紀のヴェネツィアでは娼婦が街にあふれて、教会にまで着飾って現れるので、《住民はまともな女性と悪い女性を区別できない》ことさえあったということを、どこかで読んだことがある。

花瓶の家紋にしても、トレッラ家の男が、彼女たちを館のひとつに住まわせていたと考えることはできないのか。現に、ヴェネツィア最初の公娼館は、貴族の持家があてられたという史実がある。 ……」

須賀さんの《トレッラ家》の時代から時が進み、また違った史実が浮かびました。詳細は2008.01.19日にFondamenta Zattereにその辺の事情を書いています。

8月17日追記:  今年は《日本におけるイタリア》2011の年であり、『世界遺産 ヴェネツィア展』以外にも、箱根のガラスの森美術館で11月3日まで『華麗なるヴェネチアン・グラス』展と、六本木のサントリー美術館で10月10日まで『あこがれのヴェネチアン・グラス』展があります。この続きは2011.09.06日の『世界遺産 ヴェネツィア展』――カルパッチョ(2)です。
  1. 2011/07/26(火) 00:04:58|
  2. ヴェネツィアに関する展覧会
  3. | コメント:2
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コメント

ペさん、こんにちは。
9月の半ばに米子に帰ります。10月1日の東高50年の同期会に出席のためです。
そのあと東京に出て1週間ほど、今度は仕事も何もなく友達に会うためにだけの目的で滞在します。
ぜひ会いたいと思っているのですが・・・
  1. 2011/07/29(金) 01:23:42 |
  2. URL |
  3. September30 #MAyMKToE
  4. [ 編集 ]

M. Septembre, merci beaucoup de ton message.
C'est magnifique, cette nouvelle-ci ! On va se revoir sans faute a' Tokio. Je t'envoie le nume'ro de te'le'phone sous pli se'pare' d'E-mail. Merci.
  1. 2011/07/29(金) 03:24:18 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #j9tLw1Y2
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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