イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア―ソランジュ・ファスケル

フランスの女流作家ソランジュ・ファスケルの作品を集めた短編集に『ヴェニスの街のなんと哀しき――』(榊原晃三訳、人文書院、1995年6月30日)があります。ヴェネツィア編は30ページ足らずの短編ですので30分ほどで読めるでしょうか。
『ヴェニスの街のなんと哀しき』夫のあるポリーヌと妻のあるユベールが、それぞれ連れ合いに内緒で3日間のヴェニス旅行を楽しみます。楽しむつもりが、意に反してそうでない状況に陥っていきます。

「たった三日間の滞在なので、費用のことなどできるだけ気にしないで、静かな豪華ホテルで評判の〈チプリアーニ〉に部屋を取った。このホテルなら、気を使ったりわずらわしい思いをしたりする怖れは少しもなかった。

やがて、二人は大運河でゴンドラに乗った。陽ざしが大気を暖めていて、これが六月かと思われるほどだった。
《想像していた以上にすてきね》とポリーヌは言った。
《神さまのおかげだよ……》

パリでは、時にユベールをひどく打ちのめすこともある日々の重みが、ここではまるで奇跡のように軽くなっているような気がした。このヴェニスの旅は、日常の空間と時間からはみ出した、目に見えない瘤みたいなもののようだが、それもやがては、知らず知らずのうちに、日々の暮らしの中に溶けこんで行くにちがいない。

《もう一度、カ・ドーロの館を見てみたいわ》と、その館が背後に消えてしまった時、ポリーヌが言った。
《明日、行こうよ》
……
しばらくしてから、二人は夕食に出かけた。サン=マルコ広場では、人々の群れがたえず動きまわり、たえずおしゃべりをしていた。あちこちのアーケードの下では、いろいろの国の言葉が切れ切れに聞こえていた。
《あなたとヴェニスにいるなんて信じられないわ》とポリーヌは言った。《あんまり何度も細かいところまで想像し過ぎていたから、想像していたことのほうが、ずっと本物に思えるくらいよ。不思議でしょ?》
……
《すてきな井戸ね》彼女が言った。
ユベールの暗い顔が彼女を戸惑わせた。ユベールは、朝、目を覚ました時からずっと様子がおかしく、いらいらと怒りっぽくなっているようだと彼女は思った。霧雨が絶え間なく降り続いているので、このヴェニスの魅力が失われてしまったというのだろうか? あるいは、このカ・ドーロの館は何か不吉な場所だったのだろうか? 

ジャックと来た時も同じようだった。ジャックは、この館にいる間ずっと一言も口をきかなかった。おそらく、あれは結婚して最初の夫婦喧嘩で、その原因はもう忘れてしまうほど些細なことだったと思うが、あの時のジャックのとげとげしい態度だけははっきり覚えていた。

《もう、あちこち訪ねるのはたくさんだ》とユベールがぶっきらぼうに言った。
ポリーヌがびっくりして、信じられないように彼の顔を見つめた。
《あなたはレッツォーニコ館をとても見たがっていたじゃないの……》
《気が変わったんだよ》
《じゃあ、ハリーズ・バーへ行きましょうよ》とポリーヌは提案した。

館をあとにしながら、彼女はユベールの腕につかまった。彼は腕を引っこめはしなかったが、今はこうして体を触れ合うのが不快に感じていることを彼女は察し、すこし経ってから、当たり障りのない言いわけをして腕をほどいた。

ハリーズ・バーで、ポリーヌはついつい店の雰囲気を楽しんでしまった。ゆっくり味わったアレクサンドラ(カクテル)はすばらしく、彼女は最高の気分を味わった。
……」
  ――『ヴェニスの街のなんと哀しき――』(榊原晃三訳、人文書院、1995年6月30日)より
  1. 2011/10/08(土) 00:02:52|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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