イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

固有名詞

娘に一つくらいは稽古事を、と近くにピアノを教えている人ありと聞き、レッスンに通わせました。日曜日、娘のピアノ練習終了後、私もバイエルを取り出してピアノに向かい、自分の固い指に運指を強制し、練習に励んで見ました。そしてバイエルも最終頁に差し掛かり、バイエルはもうよろしいと自分で勝手に判断した頃には、何とかかんとか指を左右別々に動かせるようになっていました。その後は、先生もいないことですから、継続させる強い意志があるかどうかです。

ピアノフォルテを発明した人は、イタリア人のバルトロメーオ・クリストーフォリ(1655.05.04パードヴァ~1731.01.27フィレンツェ)と一般的に言われています。ピアノフォルテは、弱音(ピアーノ)と強音(フォルテ)が出せる鍵盤楽器ということで名付けられています(日本ではフォルテを省略)。

クリストーフォリは1690年頃フィレンツェに移り住み、メーディチ家に仕え、楽器類の管理に携わり、1709年頃ハープシコードとは異なる発音法、ピアーノとフォルテが出せる打鍵の原理を発明したと言われています。

この新楽器のことを、歴史家、劇作家として名高かったフランチェスコ・シピオーネ・マッフェーイ(1675.06.01ヴェローナ~1755.02.11ヴェローナ)が、『Giornale dei Letterati d'Italia』という文芸紙に書き残しているそうです。以後ピアノフォルテは改良に改良が重ねられました。

ドイツのハルツ地方出身のハインリヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェーク(Steinweg、1797~1871)が、ドイツでピアノ製造業を始めました。その後彼は4人の息子と共にアメリカに渡り(長男は除く)、アメリカでピアノ製作のスタインウェイ社(Steinway & Sons)を1853年ニューヨークに立ち上げました。世界に冠たるピアノの始まりです。長男のテオドールはドイツに残って、ドイツでピアノ製作を続行しました。

この一家の事を読んでいる時、シュタインヴェークと共に一緒に渡米した息子達、カール、ハインリヒ、ヴィルヘルム、アウグストの子供達、二世達の名前はアメリカナイズされていき、当時その実際の呼称は親達にどういう風に発声されたのかと思ったのです。英語風の発音なのか、独語風の訛りのある発声なのかと些細なことが気になりました。

というのは、以前来日した伊人演出家、Giorgio ○○ さんが日本で英語での対談で、Giorgio の英語名 George ではなく、そのまま英語式にジョージョウと発音されたのか、カタカナ表記がそうなっていたからです。

イタリア音楽がヨーロッパを席捲していた頃、イタリアの音楽家達はヨーロッパ各国をツアーで駆けずり回っています。ある音楽家はフランス宮廷に雇われていた時、子供が生まれるとフランス名前で命名し、次の国イングランドで子供が生まれると英語名を名付け、というように行く先々の国の名前を付け、ヨーロッパの方程式、Charles(チャールズ、英)=Charles(シャルル、仏)=Carl(カール、独)=Carlo(カルロ、伊)=Carlos(カルロス、西)=Ka'roly(カーロイ、洪)=Karl(カルル、露)とは別の命名法をしている音楽家の話を読んだことがありました。兄弟姉妹の名前が国際色豊かでした。

例えば英語のマネージャーはマネジェル、コンピューターはコンピューテルと読む伊人ですから、名付けた親はフランス名でもロシア名でも、イタリア語式の読み方で子供を呼んだのではないかと思いました。人々が世界各国から入国してくるアメリカには世界各地の名前が氾濫していると思われます。今では名前の読み方には法則が定着しているのでしょうが、いずれにしても自分達に読み易いように読んでいるのでは、と推測します。イタリアも同じことでしょう。

現在の日本では出来るだけ現地音に忠実にカタカナ表記するようになってきました。しかしかつては音楽家の名前等は最初独語式に読まれ、紹介されていました。例えばポーランドのピアニスト、ジンメルマンはツィンマーマン、アルゼンチンのピアニスト、アルヘリッチはアルゲリッヒ、それでいてN響指揮者ザヴァリッシュはサヴァリッシュ、ヨハン・ゼバスチャン・バッハはセバスチャン・バッハ等、名前の表記は一筋縄ではいきません。

ニューグローヴ音楽大事典(講談社版全20巻。有料のインターネット版(小学館)も何年か前に閲覧可能になりました)を見ると、古い音楽家の名前が少しずつスペルが違いながら、沢山並べてある人がいます。音楽家が色々国を回り、各国の表記法が区々あることと、どうしても生じる誤記も含めて文献に残っている故でしょう。

ジョアッキーノ・ロッスィーニの場合など、本来の名前は、Gioacchino のようですが、彼自身は c を一つ取った Gioachino でサインすることを好んだそうですので、二つ併記してあります。

私の兄がオーストリアを旅し、チロルに行こうとして駅で《チロル》と英語を使って言っても駅員に理解して貰えず、紙に Tirol(ティロール)と書いてようやく通じたとか言ってました。また新宿の駅で道に迷ったらしい人に話し掛けるとナーポリの人と判明し、妻がポンペイを見てきましたとナーポリ人に言っても分かって貰えず、私がポンペーイに行ったんですと言うと直ぐに反応し、素晴らしい所だろう、と鼻高々でした。アクセントの重要さを思い知った瞬間でした。

名前についてのコメントを幾つか頂いたので、名前についての感想を書いてみました。私は出来るだけ現地音(?)に合わせるように努めています。
  1. 2011/08/30(火) 00:03:27|
  2. 固有名詞
  3. | コメント:5
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コメント

こんばんは。ピアノについての私の思い出をひとつ。
明道校の高学年だった頃、ヤマハだったかカワイだったかフルコンサートのピアノが購入されました。まるでトラックほどの長さがある(と当時は感じた)そのピアノは音楽室ではなくて講堂のステージに置いてあったのですが、もちろん普段は鍵がかけられていました。母が先生にかけあってくれて弾きたい時は鍵を借りれるようにしてくれたのですが、初めてそのピアノを弾いたときの感動を今でも思い出します。
鍵盤はかなり重くて指で押した時の沈む距離がとても長く、同じ曲を弾いてもずっと手が疲れるのです。
でも、一番感激したのはその深みのある音でした。
現在ではパーティなどで人に弾いてくれと所望されてもまずピアノを弾くことはもうありませんが、時々良質のスタインウェイを見たりすると、思わず蓋を開けてポツポツと音を出さずにはおれません。
  1. 2011/08/31(水) 02:34:13 |
  2. URL |
  3. September30 #MAyMKToE
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september さん、コメント有り難うございます。
娘のピアノの先生の、生徒達のコンサートが年一度あり、生徒全員がピアノを弾きます。家ではアップライトで練習しているので、たまのコンサートでのピアノはグランドなので、鍵盤が重く指が疲れて大変だと言っていました。
会場のピアノはベーゼンドルファーで、生徒の演奏の前に先生の友達の深沢亮子さんの模範演技があり、その柔らかい、深みのある音に感じ入ったものでした。
アメリカのスタインウェイ、ドイツのベーゼンドルファー、フランスのプレイエル、日本のヤマハ等、音の特徴はそれぞれあるにちがいありませんが、私などの耳では違いは分かりません。ロシアのリヒテルが日本に来ると、標高の高い八ヶ岳のロッジのコンサートでヤマハを弾いたそうです。乾燥した空気がヤマハを一変させるのだそうです。
  1. 2011/08/31(水) 12:53:29 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
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こんにちは! 遅れて参りました。 
いや、確かにこういうアクセントの違いとか、日本語では当たり前になってしまっている言葉がまるで通じない事は良くありますね。
私にとっての大きな想い出は、最初にイタリアに来た時列車のコンパートメントでナポリからの親子連れに会い、ローマで「バチカン」を見て素晴らしかった、というのにバチカンが通じず、あれこれ友達と説明し、漸くにご主人が、「オー!ヴァティカーノ!」と分かってくれました。 
これがやはりその後に、少しでも気をつけないと、と思う基礎になっています。

上のドナ邸、そしてそのエピソードは大変興味深いです。 ドージェの本も読んでみます。 有難うございます!
  1. 2011/09/03(土) 10:45:40 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
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shinkai さん、コメント有り難うございます。
私の友達で永年ローマに住んでいた人があります。ヴィチェンツァのホテルで出会い、パードヴァに行くことになった時、彼女が「パドーヴァ」と言うのです。日本の本が「パドヴァ」と書いてあるので、例によって音引きを抜かして書いていると判断したためのようでした。以後私は煩瑣であっても、アクセントのある所は音引き(ー)を入れることにしています。
私の伊語の先生で固有名詞のアクセントのある箇所を気にかけない人がいて困りますが、古いイタリア・オペラの固有名詞が正確に読めない人は、特にドイツ音楽をやって先生になった人に見受けられます。
  1. 2011/09/03(土) 15:40:41 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> shinkai さん、コメント有り難うございます。
> 私の友達で永年ローマに住んでいた人があります。ヴィチェンツァのホテルで出会い、パードヴァに行くことになった時、彼女が「パドーヴァ」と言うのです。日本の本が「パドヴァ」と書いてあるので、例によって音引きを抜かして書いていると判断したためのようでした。以後私は煩瑣であっても、アクセントのある所は音引き(ー)を入れることにしています。
> 私の伊語の先生で固有名詞のアクセントのある箇所を無視する人がいます。古いオペラの固有名詞の読めない先生達は限りがありません(特にドイツ音楽をやった人達)。
  1. 2011/09/03(土) 15:47:16 |
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  3. ペッシェクルード #-
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Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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