イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ダナ・レオン(1)、とスプリッツ・コン・ビッテル

ダナ・レオンとかドナ・レオンと表記される作家(1942年米ニュージャージー州生まれ~ )は、ヴェネツィアに住み、グイド・ブルネッティ警視シリーズを執筆中で、日本でも『死のフェニーチェ劇場』(春野丈伸訳、文藝春秋、1991年7月)、『異国に死す』(押田由起訳、文春文庫、1998年3月)等、翻訳されています。『ヴェネツィア殺人事件』(北條元子訳、講談社文庫、2005年4月15日)を読んでみました。
『ヴェネツィア殺人事件』ヴェネツィア在住と言われるだけあって、ヴェネツィアの地図に則りブルネッティ警視が動き回る様子は、映画等のように映像の面白さに合わせて街の景観が奇想天外に実際には繋がらない場所へ飛んでいくのと丸で異なります。歩行やモーターボートでの移動は地図的に正確で、私には非常に臨場感がありました。ジェソーロという英語式(?)表記が何回か登場するのですが、Jesolo(イエーゾロ)という地名と分かるまで、時間が掛かりましたが。

「ブルネッティはサンフランチェスコ・デッラ・ヴィーニャに向かってバルバリア・デッレ・トーレ(Barbaria de le Tole)を歩き始めた。右手にはかつらをつけた果物売りが店を畳むところで、果物や野菜の箱に緑色の布をかけているのが見えた。その手つきが、ロッシの顔に布をかけたときのしぐさを思い起こさせて、いやな気がした。……
……
ボートに乗り込んで時計を見たブルネッティはもう5時をはるかに回ってしまっているのに気づいた。ということは警察署に戻る潮時だ。大運河に入り、ボンスアンは右に回ってバジリカや鐘楼へと続く長い S 字の水路を、ピエタ橋から警察方面へと辿って行った。」
Questura(警察署)とサン・ロレンツォ広場近辺地図サン・ロレンツォ運河を挟んでサン・ロレンツォ広場(Campo S.Lorenzo)の向かいに警察署(Questura)はあります。

「アルセナーレ(Arsenale)の奥までくると、ペルティーレは左に急角度に旋回し、通常の停留所を幾つも通り越した。病院前、フォンダメンタ・ヌオーヴェ(Fdm.Nove)、ラ・マドンナ・デッロルト(La Madonna de l'Orto)、サン・アルヴィーゼ(S.Alvise)、そしてカナレジオ運河(Canal de Canaregio)の突先へと回り込む。最初の停留所を過ぎた直後、海岸通り(riva)に立って、近づいてくる一行に手を振っている警官が見えた。
……
ブルネッティは気持ちを切り替えると、サン・マルコ広場に向かい、そこを横切って右へ、町の中心部をサン・ルカ広場へと戻った。ブルネッティが着いたときにはフランカはもう来ていて、顔は知っているが名前は知らない男と話していた。近づいていくと、二人が握手しているのが見えた。男はマニン広場のほうへ曲がり、フランカは本屋のショーウインドウを覗いた。
《チャオ、フランカ!》フランカの横にたってブルネッティが声をかけた。
……
《チャオ、グイド》と言って、ブルネッティのキスを受けるため頭を反(そ)らせた。
《一杯おごろう》と言いながら、ブルネッティは何十年来の習慣でフランカの腕を取ると、バーへと導いた。
中へ入り、スプリッツァーを飲むことにして、バーテンがワインとミネラルウォーターを混ぜ合わせ、ほんの印だけカンパリを垂らし、グラスの縁にレモンのスライスを差して、カウンターの上を二人のほうへ滑らせてよこすのを見守った。
《乾杯(チンチン)》二人は声をそろえて言い、一口すすった。
バーテンが目の前にポテトチップスの入った小さな皿を置いたが、二人は無視した。バーの人いきれがしだいに二人を奥に押しやり、とうとう窓に押し付けられる格好になってしまった。……」
 ――『ヴェネツィア殺人事件』(北條元子訳、講談社文庫、2003年3月15日)より

スプリッツ(spritz)の作り方は各店で異なると思われます。私の好みは、フェニーチェ劇場隣のバール《Al Teatro》のファービオさんが作ってくれるものです。白ワインにカンパーリを注いだカクテルにタンクから炭酸水を振り掛け、最後に串刺ししたオリーヴの実を一個入れます。カンパーリの味が濃厚で、アルコール濃度が高く感じられます。そして必ずカップに山盛りの、サーヴィスのポテトチップスが随伴して出てきます。

私見ですが、1866年までヴェネツィアはオーストリア軍の支配下にありました。独語で Spritzer(シュプリッツァー)は“ワインをソーダ水で割った物”と辞書にあり、ヴェネツィア人はそれにヴェネツィア人の好きな赤色のカンパーリ等でカクテルした物を考案したのではないでしょうか。カンパーリは苦みがあるので、spritz con bitter(スプリッツ・コン・ビッテル)と通称されますが、同じ赤色の飲み物に、アペロール、セレクト(or セレ)、チナール等のカクテルがあります。アルコール拒否症の人用にも、色そっくりの飲み物が用意されています(ヴェネツィアで spriz という綴りも見ました)。

この飲み物はヴェーネト州には広まっていますが、他のイタリアでは見掛けたことはありません。2008.03.13日のブログ濃紅色でも類似したことを書いていますので参考までにどうぞ。

2014.09.09追記: 私が版画集《ヴィゼンティーニのヴェドゥータ》を買ったサン・ルーカ広場の美術本の本屋は数年前から姿を消してしまいました。その隣がローザ・サルバのバールでしたが、ローザ・サルバのチェイン店ではなくなってしまいました。
  1. 2011/11/19(土) 00:01:02|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:2
<<文学に表れたヴェネツィア――ダナ・レオン(2) サン・ロレンツォ教会とスプリッツ | ホーム | ヴェネツィアの建物: Il Casin degli Spiriti di Palazzo Contarini dal Zaffo(コンタリーニ・ダル・ザッフォ館)(2)>>

コメント

Spritz

ペさん、こんにちは。
Spritzを自宅で作ってみたいのでが、白ワインに入れるカンパリはどのくらいの量から試すべきでしょうか?
ソーダ水を混ぜてシェーカーで振ってみたらどうでしょう? いろいろやってみます。
  1. 2011/11/21(月) 05:52:38 |
  2. URL |
  3. September30 #MAyMKToE
  4. [ 編集 ]

september さん、コメント有り難うございます。
このダナ・レオンのスプリッツの作り方は、カンパーリが印だけと書いているので、私の好みの物ではありません。10年もヴェネツィアに住んでいる作家だから、分かって書いている、ということは、この店のスプリッツはお勧めではないという意ではないかと思いました。
日本ではカンパーリが手に入りやすいので、私は自宅で各三分の一から始めました。カンパーリのbitter の味が好きなのです。どうぞ色々やって自分の定番を作り、現地の味と比べて下さい。現地も各種あるようです。
  1. 2011/11/21(月) 10:24:07 |
  2. URL |
  3. pescecrudo #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

カウンタ

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア