イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

バーカロ(1)

バーカロ(bacaro[単数]、bacari[複数])とはヴェネツィアの居酒屋(osteria、hostaria)のことです。ヴェネツィアの語学学校に通った時、学校から提供された教科書に、ヴェネツィアならではの、ヴェネツィア案内の頁にバーカリの事が紹介されていました。題して“Un giro enogastronomico”。夕方の課外授業でも、先生方が希望する生徒達をバーカリのハシゴをしながら、伊語の勉強がてら案内してくれました。

バーカロはヴェネツィア語で伊語ではありません。バール(bar)に似ていますが、ヴェネツィア特有の店です。朝早くから客に酒とそのつまみを販売し、そんな店が町中至る所に散らばっているという現象は、ヴェネツィア独特のことではないでしょうか。早朝からオンブラ(ヴェ語―ワインの意)を飲む人が沢山いるということです。

ヴェネツィア語についてウンベルト・エーコは、ジャン=クロード・カリエールとの対談集『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ、2010年12月30日)の中で次のように言っています。
『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』エーコ: 私が思うに、書物の定義を考えることは、言語と方言はどう違うかを検討するのに似ています。言語学者にもその違いはわからないんです。それでも、方言とは軍隊も艦隊も持たない言語である、というふうに説明することは可能です。だからこそ、たとえば、ヴェネツィア語は言語だと考えられています。なぜなら、外交や商取引で使用されていたからです。逆にピエモンテ語が言語と呼ばれるような働きをしたことはいまだかつてありません。
カリエール: だからピエモンテ語は方言の域を出ない、と。
エーコ: そういうことです。ですから、小さな石碑に記号が一つだけ、たとえば神の名前が一つだけ書いてあったとしても、それは書物ではありません。 ……」

私がヴェネツィアに行くと必ずと言っていいように立ち寄る店は、リアルト橋近くのラヴァーノ通り(Rugheta del Ravano)にある《アンティーカ・オステリーア・ルーガ・リアルト(Antica Osteria Ruga Rialto)》というバーカロです。初めてヴェネツィアに行った時、この店は《レティーツィア》というレストランで、店は混んでいて店の奥の部屋に案内されました。

その後数年して《(略して)アンティーカ・ルーガ》と名前が変わっていました。店に入るとカウンターがあり(以前はなし)、オンブラを飲むバーカロ空間です。奥に食事の出来るオステリーア空間も残されています。今年ヴェネツィアに帰郷していたファビ様の娘エレオノーラ(ミラーノ大3年生)に、お勧めのレストランは? と尋ねると、レティーツィアと発声して、この旧レティーツィアを勧められ、不思議な因縁を感じました。

写真家の篠利幸氏はバーカロについて、雑誌『太陽』(《ヴェネツィア―海の都の物語》1997年10月号)の中で次のように書いていました。
『太陽』1997年10月号「19世紀の中頃、オーストリアと戦っていたヴェネツィアにプーリア出身のパンタレオ・ファビアーノという男が兵士として滞在していた。戦争が終わると彼はヴェネツィアがたいそう気に入っていたので、この町に留まることにした。しかし当時は質の良いワインがこの地にはなく、郷里のプーリア県のトラーニからワインを取り寄せて売ってみたところ、これが評判になった。

ある夜、ゴンドリエのグループが彼の店にきてそのワインを飲み、その内の親分格の男が《これはうまいワインだ。これこそがバーカリのワインだ》と喜んだ。

そもそもヴェネツィアの古い方言では、仲間たちと飲み食いしながら馬鹿騒ぎをすることを“bacara(バーカラ)"と言っていた。この語源は酒神バッカスの祭りである“baccanale”や《馬鹿騒ぎ》を意味する“baccano”と同根と見ても間違いではないだろう。

ゴンドリエの男は“バーカラ!”と言うべきところを思わず間違って、“バーカリ!”と叫んでしまったのだ。以来、ファビアーノはそのワインをバーカリと呼び、また新しく出した店にも《バーカリ・グランド》という名前をつけ、人々はだんだんと居酒屋をバーカリと呼ぶようになったのである。……」

新宿三丁目の伊勢丹前の地下2階にある《イル・バーカロ》というバーカロ風に立ち飲みの出来るヴェネツィア料理の店は、ヴェネツィアのバーカロ《アッラ・ヴェードヴァ》で修行されたシェフ、谷川さんが店長だった店です。現在でもヴェネツィアが懐かしくなるとカウンターでオンブラを飲んだり、ヴェネツィア料理を食べに行きます。
イル・バーカロヴェネツィア・レストラン『バラババオ』谷川さんは現在は、ヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・グリゾーストモ教会脇のレストラン《バラババオ》で修行したシェフが腕を振るう、銀座一丁目の同名のレストラン《バラババオ》に移られました。この店にも立ち飲み空間が用意されています。

他のイタリアンの店のことは余り知りませんが、こういう気さくな立ち飲み空間のあるイタリアンの店は東京に他にもあるのでしょうか。立ち飲みしていると、テリトリーの決められたテーブル席とは異なり、つい隣に立つ未知の人とも気軽にお喋りを始める人が多いように見受けられます。
『Bacari』の本 篠利幸『ヴェネツィア―カフェ&バーカロでめぐる12の迷宮路地散歩』Simone Azzoni、Ermanno Torossi『Bacari―Ristoranti e Osterie di Venezia e dintorni』(Cartografia di Novara、2002年5月)や篠利幸『ヴェネツィア―カフェ&バーカロでめぐる12の迷宮路地散歩』(ダイヤモンド社、2008年8月1日)、といったバーカロについての本を読んでまたバーカリのハシゴをしたいものです。次回は語学学校の教科書から簡単な Bacari の紹介です。
  1. 2011/12/24(土) 00:04:07|
  2. バーカロ
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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