イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの広場: サンタ・マルゲリータ広場(Campo S.Margarita)(1)

ヴェネツィアに行くようになって、地図以外に購入したガイドとして、Guido FUGA-Lele VIANELLO『コルトのヴェネツィア案内(CORTO SCONTO―itinerari fantastici e nascosti di Corto Maltese a Venezia)』(Lizard edizioni、1997)がありました。ヴェネツィア案内人 Corto Maltese の案内でヴェネツィアを巡ります。その他 Giulio Lorenzetti『ヴェネツィアと入江(Venezia e il suo Estuario)』(Edizioni LINT Trieste、1926)は、時々このブログで紹介しました。そして名著 Giuseppe Tassini『ヴェネツィア興味津々(Curiosita` veneziane)』(Filippi Editore、1863)、最近 Alberto Toso Fei『大運河の秘密(I Segreti del Canal Grande)』(Studio LT2、2010)が発行されています。
グイード・フーガ=レーレ・ヴィアネッロ『CORTO SCONTO』『ヴェネツィアとその入江』アルベルト・トーゾ・フェーイ『大運河の秘密』ヴェネツィアをイメージ的に語ったエッセイとしては、Diego Valeri『ヴェネツィア・センティメンタル・ジャーニー(Guida sentimentale di Venezia)』(Passigli Editori、復刻1997)、Tiziano Scarpa『ヴェネツィアは舌鮃だ(VENEZIA E` UN PESCE)』(Universale Economica Feltrinelli、2000)、Paolo Barbaro『再び見出された町、ヴェネツィア(Venezia―La citta` ritrovata)』(Marsilio Editori、1998)、Alvise Zorzi『ヴェネツィア再発見―1895~1939(Venezia ritrovata 1895~1939)』(Arnoldo Mondadori Editore、1995)等を覗きましたが、パーオロ・バルバロ『再び見出された町、ヴェネツィア』(Marsilio Editori、1998)から、私が通った語学学校のある広場、サンタ・マルゲリータ広場の一節を紹介してみます。
ディエーゴ・ヴァレーリ『ヴェネツィア・センティメンタル・ジャーニー』Tiziano Scarpa『Venezia e` un pesce』パーオロ・バルバロ『また見出された町―ヴェネツィア』アルヴィーゼ・ゾルジ『再発見されたヴェネツィア 』「朝も酣な頃、到頭“私の広場”に帰ってきた。ここはヴェネツィアの全広場中、最も素敵で最も人間的と言っていいだろう。即ちサンタ・マルゲリータ広場である。何日間か、ある国際会議に出席する予定がある。サンタ・マルゲリータ広場で、ある国際シンポジウムがあることになっている。以前はこの広場はヴェネツィアでも貧窮者の住宅区域であった――世界は変わった、そして世界は変わらず続いていく。

この大きな広場には、何処かしこと言わず女達の姿がある、魚屋、八百屋、編み物屋の屋台に、また豚肉加工食品店、衣料品店、肉屋の店内や店外、ミニ・マーケットや大スーパー、肉桂色の玩具の店に――今では伝説的となった Pettenello、子供時代、そこで成人してからもショーウィンドーに垂涎の物を見て、あらゆる事を夢見たものだった。
サンタ・マルゲリータ広場の屋台サンタ・マルゲリータ広場に集う人々サンタ・マルゲリータ広場に出たクリスマス用品の屋台[サンタ・マルゲリータ広場点描]  その先には美容院や教会、カッフェ等に、小さな花束と卵の入った大きな籠を抱えた女達の姿がある。カッフェ7軒、バール2軒、大衆食堂1軒、レストラン4軒、教会1堂、元映画館2軒……映画館の1軒は現在では国際会議あるいは国際シンポジウムのホールになった。

女達の声、女達のお喋り、女達の呼び声、女達の顔。この大きな広場を行ったり来たり、買い物したりしなかったり、通り掛かったり帰ってきたり、喋ったり叫んだり、挨拶し合ったりバーチョし合ったり、笑ったり泣いたり。

女達の顔は白、黒、亜麻色や赤い髪、醜女だったり美人だったり、老けた人、若い人。活気のある目、思い沈んだ目、茫然自失の目、愛情溢れた目、狂気じみた目。太った、痩せた、不安定な、従順な、威嚇的な体。妊娠して腹が突き出た人、壊れたカート、ビニールの買い物袋と瓶類の間に赤子を乗せた乳母車。

抜け道で待ち伏せしている――穿鑿好きの女、厚かましい女、陰口を叩くのが好きな女、いわゆる“Cazzafate(ヴェ語)――お節介焼き”の女。しかし笑顔一杯で、少々変わった、親切な女がいる。木立の下のベンチに腰を下ろして、お喋りし、煙草をふかし、辺りを眺め、誰かを待っている。孤独に幻想を垣間見ているかのようである。それも過去の幻視というよりは、明日の、将来のそれである。

今日は寒い、身を切るような冷気である。まあ、そんな事はどうでもいい。お喋りすること、語り合うこと、情報を交換すること、陰口をきくこと、稀には褒めそやすこと、それもいつも声高にである――何という声量! 何というエネルギー! 多少コミカルだ、この土地の言葉は――これって、それがしの言葉なのだが――みんなで話せば怖くない、そうコミカルでもない。

またしても、大・小・太・痩・中背・短軀の女達。食べ物、我が子、時間割、お金、病、楽しみ、笑い、スター、星占いといった、我がシンポジウム以外の話題がお喋りの対象である。繰り返されるその傾向には、良きにつけ悪しきにつけ、厳然たる違いがある。何度も何度も繰り返し反復される。同じ話題を再演し、2、3度は口酸っぱく強調する。

少なくとも話されるエピソードは、意味深の“調子”でリズミックなリトルネッロ(リフレイン)である――スィチーリアの操り人形劇の古風なルフランのようだ。

繰り返されるお喋りの、相変わらずの常套の話題はお金と病気。愛についてあまり話されないのは、多分今はその時代ではないということなのだろう。2人の若い男女が片方の井戸の所でキスし合っている。しかし突然娘は女達の一団に加わる。その女達に、あるいはスター達にでも呼び止められたかのような唐突さで――。

エネルギッシュで、機に敏く、傲った態度で、うんざりもし、海千山千で、底意地が悪い。滅多にお目に掛かれないが、女らしい優しさも見せる(あり得るか?)女達、恐ろしいばかりに生き生きと活動的である。生命力に満ちたこうした女達を見るにつけ、ヴェネツィアに対する信頼が再び甦る。

彼女らが活発であれば、万事、順風満帆なのである。」
  ――Paolo Barbaro『再び見出された町、ヴェネツィア』(Alnoldo Mondadori Editore、1995)より
  1. 2012/01/21(土) 00:05:13|
  2. ヴェネツィアの街
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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