イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ワーズワース

ウィリアム・ワーズワース(1770.04.07カンバーランド州コッカマス~1850.04.23カンブリア州アンブルサイド)は、フランスやドイツには行ったと年表にありますが、イタリアまでは足を伸ばしていないようです。

1807年に出版した『二巻の詩集』という詩集の中で、1797年《自由、平等、博愛》の名の下にナポレオンによって滅亡略奪された、中世以来ヨーロッパで冠たる都市国家であった、そのセレニッシマ共和国の訃報に接し、「自由で輝かしい不落の都市であった」と次のような哀悼の詩を歌っています。
『世界名詩集大成 9巻 イギリス 1』「  ヴェニス共和国の滅亡に際して
かつて彼女は豪華な東洋を臣事させ、
西の国々の衛(まも)りであった。
自由の最長子であるヴェニス、
その美徳は彼女の誕生を辱めなかった。
彼女は詐略も誘い得ず、暴力も犯すを得ない、
自由で輝かしい不落の都市であった。
彼女が伴侶をめとるとき、
永遠なる海を夫にせねばならなかった。
これらの栄光が色あせ、
称号が消え去り、力が衰えても何であろう。
しかし、彼女の長い生涯が終りをつげるとき、
われらも惜別の貢物を捧げよう。
われらも人の子、かつては偉大なりしものの
影さえも消え去るとき、哀惜せざるを得ないのだ。」
  ――『世界名詩集大成 9巻』イギリス篇1(平凡社、昭和34年10月20日)前川俊一訳より

この同じ『二巻の詩集』の中の短い《虹》という詩は、《霊魂不滅の頌》等とともに傑作と言われている詩なのだそうです。

「 
空に虹を見るとき、
私の心は躍る。
私の生涯がはじまった時に、そうであった。
大人になった今もそうだ。
老いてもそうであってほしい。
でなければ死んでしまいたい。
子供は大人の父だ。
だから、わたしの生活の一日一日が
自然への愛で結ばれてほしいものだ。」
  ――『世界名詩集大成 9巻』イギリス篇1(平凡社、昭和34年10月20日)前川俊一訳より
  1. 2012/02/04(土) 00:01:12|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0
<<ヴェネツィアの建物: ダンドロ小館(Palazzetto Dandolo)とダンドロ館(1) | ホーム | ヴェネツィアの広場: サンタ・マルゲリータ(S.Margarita)広場(2)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

カウンタ

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア