イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: コルネール=マルティネンゴ・ラヴァ館(P.Corner-Martinengo Ravà)

ダンドロ=ファルセッティ館から更に右へ進むとコルネール=マルティネンゴ・ラヴァ館です。G.ロレンツェッティ著『ヴェネツィアと入江』(1926)は簡単に次のようなことを述べています。
コルネール=マルティネンゴ・ラヴァ館[中央左の褐色の建物] 「かつてカヴァッリという一家が住んでいたので、建物前の運河通りや左脇の道はカヴァッリの名前を冠している。1838年イギリスの小説家フェニモア・クーパー[James Fenimore Cooper(1789.09.15ニュージャージー州バーリントン~1851.09.14ニューヨーク州クーパーズタウン――彼はイギリス人ではなく、アメリカの流行作家で、日本では『モヒカン族の最後』等で知られています。]が住んだ。

その後レオン・ビアンコ(Leon Bianco)という旅籠になった。美術研究家アルド・ラヴァの持ち物になると、絵画や家具、また陶磁器等、1700年代ヴェネツィアの洗練された調度品で飾られた。」

現在はヴェネツィア市の所有物で、例えば結婚課等もあり、2階はその結婚式場となっています。市が公式行事と認めるヴェネツィア市の結婚はここで執り行われ、その記録は市に永遠に保存されます。教会等で行われる結婚式は私的な事とされるので、挙式後、市に届け出なければ法律的に有効な結婚と看做されません。

例えば、ハワイ等で挙式する日本人の事はよく耳にしますが、ここでも日本人同士の結婚を引き受けてくれます。ただし正式の行事とされるので、その手続きが少し煩雑かもしれませんが、順を追って紹介してみましょう。

① 先ず結婚式の日取りを決め、この建物にある市役所の結婚課に日時を予約します。
② 日本の戸籍謄本、家族全員の住民票を揃え、日本の法務局で、外国で結婚してよろしいという許可証を取得します(簡単)。
③ それらの一括書類の承認を外務省で受けます(簡単)。
④ それらの一括書類をイタリア語に翻訳します。専門用語だらけなので、イタリア文化会館等で慣れた翻訳業者を紹介して貰い、翻訳を依頼します。
⑤ 翻訳成った一括書類を日本のイタリア大使館に持参、承認を受けます(日時が掛ります)。
⑥ イタリア大使館で承認を受けた翻訳書類全てをヴェネツィア市役所結婚課に直接届けるか、あるいは Fax で全てを送付し、予約日の確認をします。[Fax で送った場合は、渡伊後、オリジナルの翻訳書類を挙式日までに結婚課に届けます]
⑦ 挙式1ヶ月前に、結婚課の指定する機関にその結婚費用を振り込みます。

◎ 渡伊後、ヴェネツィアでする事(以下のような交渉事は、日本語の話せる人、ヴェネツィア在住の日本人のコーディネーターのような人がいれば、スムーズに事が運びます)。

⑧ 出来ればホテルから式場まで式服で、ゴンドラを使って移動したいものです。式参加の人数によりゴンドラの艘数等、船頭さんとの交渉があります。あらまほしは、ホテルはゴンドラが横付け出来る運河に面していることです。
⑨ 式場の花飾り、新郎新婦が乗るゴンドラの花飾りはどうするか?
⑩ 一生の記念となる写真のカメラマンは参加者の誰かか、あるいは別に人を頼むのか?
⑪ 花嫁の化粧は自分でするのか、美容院にメイクを頼むのか(結婚式場も美容院も休日は休み)?
⑫ 式後の、お祝いの午餐会はどうするか? もし大運河沿いのホテルのレストラン等でするとなれば、そこまで乗ってきたゴンドラで、式場からレストランまでの華やかな大運河の旅となるでしょう。
⑬ お祝いの会終了時に参加者に渡す記念品等はどうするか?(銀器を入れたドルチェをセットして)
[ヴェネツィアのスーパー等で、予めイタリア米を買い揃えておき、新郎新婦がこのコルネール=マルティネンゴ館から大運河前に現れた瞬間、彼らの頭から振り掛けましょう、結構な数の鳩が、訳知り顔に待ち構えていたように米粒に突進してくるやも知れませんが。]

⑭ 結婚式最後に、新郎新婦とそれぞれ一名の証人が正式の結婚契約書にサインをして式の終了となります。この署名した書類は永久にヴェネツィア市に保存され、例えば将来生まれた子供達(またその孫達)が、両親の結婚式を確認したいとヴェネツィア市役所に赴き請求すれば、そのサイン入りの契約書を何時でも閲覧させてくれるそうです。
⑮ 一番最後に、日本の役所に提出する書類(証明書)が渡され、帰国してそれを当該の役所に届ければ、何年何月何日イタリアのどこそこで結婚した旨が戸籍原簿の中に書き込まれ、この書き込みも永遠に残ります。
  1. 2012/06/02(土) 00:07:43|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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