イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアを撮影した映画(3)

これまでに見たイタリアのヴェネツィア映画を、アト・ランダムに挙げてみます。『ある女の存在証明』(ミケランジェロ・アントニオーニ監督)では、最終場面主人公達は結論を見出そうとヴェネツィアに行くのですが、解決らしいものは見付かりません。ホテル・グリッティ・パレス(館名は P.Gritti-Pisani)のサロンから対岸のサルーテ教会隣のカ・ジェノヴェーゼを映しながら、男女は決定的に分かれるのです。

『女テロリストの秘密』(ジュゼッペ・ベルトリッチ監督)は、冒頭サン・マルコ湾からカメラは回り、サン・トロヴァーゾ教会前と覚しき広場で主人公の女テロリストが2人の男を射殺します。しかしこれら2本の映画は《ヴェネツィア映画》と称するには余りにもその場面が過少です。

『鍵』(ティント・ブラス監督)は、谷崎潤一郎の小説『鍵』の舞台をジュデッカ島に設定した映画で、『イタリア式離婚狂想曲』(ピエートロ・ジェルミ監督)で日本初お目見えのあの可憐だったステファーニア・サンドレッリが、惜しげもなくその見事な全裸を披露しています。監督ティント・ブラスの故でしょう。

『薔薇の貴婦人』(マーウロ・ボロニーニ監督)は、ヴェネツィア語で書かれた16世紀の喜劇の映画化で、イタリアの百科事典はその原題である《Venexiana, La (o, Veniexiana)》の項目を次のように書いています。

「1500年代に書かれた作者不詳の喜劇で、大部分がヴェネツィア語で書かれ、全イタリア劇作品の中でも最も著名なものの一つである。1928年エミーリオ・ロヴァリーニに発見され、彼は成立年代を16世紀初頭の作とした。近年G.パドアーンがアレティーノのための詩人作家の集まりで復活上演した。現実に起きた事から書き起こされたものと思われ、著者はロレンツォ・ヴェニエールやも知れぬと仮説を提出した(この喜劇の中に窺える大胆な政治性・宗教性故、また序文で表明された意見と、高名な医者・詩人として詩学的発想で著述したと思われることから、ロヴァリーニはジローラモ・フラカストーロ作の可能性を示唆している)。」
『ヴェネツィア女』[『La Veniexiana』(Giorgio Padoan序、Marsilio Editore、1994)]
ラーウラ・アントネッリ扮する未亡人の住む館として、美しいソランツォ=ヴァン・アクセル館が何度も登場します。かつての《乳房橋》近辺の遊郭の雰囲気、あるいはまた中世の昔のヴェネツィアはこうであったかと知りました。

『家庭教師』(アルド・ラード監督)は、テッラ・フェルマ(本土)の若者とクェリーニ・スタンパーリア館付近のお屋敷に住む金持ちの少女との恋物語で、この街の現風景がふんだんに現れ、何とも楽しい映画でした。

『ヴェネツィアのノスフェラトゥ』(アウグースト・カミニート監督)は、英語版でしたが、クラウス・キンスキが吸血鬼となって街中を駆けずり回ります。サン・マルコ小広場で吸血鬼が溜息の橋を背にして、裸の恋人を抱いて歩く場面は多くの物見高い観光客を避けて、ノスフェラトゥには適合した丑三つ時の撮影だったと思われます。

イタリアにはヴェネツィアを舞台に選ぶと、その映画は当たらないというジンクスがあるという話を聞いたことがあります。『ベニスで恋して(Pane e tulipani)』(スィルヴィオ・ソルディーニ(Silvio Soldini)監督)については2007.10.28日に―《Campo Do Pozzi》―で、この映画についても触れましたように、このジンクスを書き換えました。監督の高々観客2万の予想が大幅に外れて130万超の大当りとなったのです。
「ベニスで恋して」パンフレット「ベニスで恋して」場面1「ベニスで恋して」場面2  スィルヴィオ・ソルディーニ「ベニスで恋して」[左、映画パンフレットより(3点)。右、『Pane e tulipani』台本(Silvio Soldini/Doriana Leondeff、Marsilio、2000.07)]                        
この映画は劇場で見、ビデオ屋さんからテープを借りてきて何度も見ました。2007.10.28日のブログでも書きましたように、語学学校通学のため、語学学校のマッシモ先生の家を借りてのことで、家はアルセナーレ直ぐ西側の《二つの井戸広場》(Cp.Do Pozzi―Do(ヴェ語)=“二つ”の意)から北上するマーニョ通り(Cl.Magno)にありました。通学にはこのド・ポッツィ広場を通り抜け、停留所アルセナーレからカ・レッツォーニコまでヴァポレットです。

そのような理由で、Do Pozzi 広場のバーカロ、通り道のオステリーア・アイ・フォルネーリには毎日コーヒーやオンブラを飲みに立ち寄りました。ですから映画の中で、ロザルバ(リーチャ・マリェッタ―Licia Maglietta)とコスタンティーノ探偵(Giuseppe Battiston)が出会いの場所として C.Do Pozzi(字幕は「井戸広場」。Do の意が判らなかったのでしょう)を指定して出会った場面を見た時、直にそこと分かりました。

この映画を見てからヴェネツィアに行った時、アイ・フォルネーリを訪ねました。ご主人に『Pane e tulipani』を見ましたよと言うと、撮影時の色々の話を聞かせてくれました。このバーカロの内部から窓を透して井戸の方へ向けてカメラを回したシーンもあったけれど、後で映画を見ると、映画にはその場面が入ってなくて残念だった等。

ロザルバが借りることになったフェルナンド(Bruno Ganz)の部屋、そして友人となるグラーツィア(Marina Massironi)が住むそのアパートの玄関のドアはアーチ状で、ヴェネツィアでも独特なのでしょう。その台所の窓からトロンケットの港付近が見える設定になっていたので、サン・ニコロ・デイ・メンディーコリ教会近くのアルゼレ運河通り(Fdm.de l'Arzere)等の近辺を歩いてみました。いずれにしても2人の追っかけっこの場面等、観光客など殆ど見かけないあの Do Pozzi 広場界隈の複雑な道を色々使っているのが分かり、懐かしさに胸が熱くなりました。
Grana 軒下通りとOchio Grosso 通り[映画で追っかけっこの場面に使われたド・ポッツィ広場傍の Grana 軒下通りとl'Ochio Grosso 通り]
サンタ・マリーア・ノーヴァ(S.Maria Nova)広場(この広場では定期的(?)に骨董市が開かれます)の骨董屋さんで骨董雑器を買った時、女主人にこの映画を見たことを話すと、追っかけっこの末、ミラーコリ小広場(Cpl.dei Miracoli)に設置された花屋に逃げ帰ったロザルバを見張るために、ミラーコリ教会の裏側に隠れたコスタンティーノ探偵のことなど、撮影時の模様を話してくれました。そして次回ヴェネツィアに来る時はアパートを紹介するから電話して、と名刺まで渡されました。
[二つの井戸広場からミラーコリ小広場まで走って逃げるには離れ過ぎています。非現実的だから映画は奇想天外で楽しいです。例えば『ベニスに死す』でもフェニーチェ劇場裏のフェニーチェ橋をタッジオらがマリーア・カッラス運河通り側に渡りますが、その先は劇場で行き止まり、通り抜けは出来ません]。

そして映画のフィナーレは、フェルナンドの歌うタンゴで皆がこのミラーコリ小広場で踊り始め、サンタ・マリーア・ノーヴァ広場へと踊りの輪を広げる人々の楽しい踊りで大団円です。コンメーディア・デッラルテの終演のように≪ものみな踊りで終わる(Tutto finisce con i balli.)≫のです。
[友達になったファビさまから、友人のヴェネツィアのダンス・サークルの人達が踊りの練習をサルーテ教会の門前でするから見に行こうと誘われて、見に行きました。その踊りは格好いいタンゴでした。ヴェネツィアの人達はタンゴに夢中のようでした。]

追記: ジョニー・デップ主演の米映画『ツーリスト』を見たことがありました。現在まだ見ていない『ヴェネツィア・コード』(ティム・ディスニー監督――劇場未公開)という映画を、ビデオ屋さんから借りたいと思っています。ジョルジョーネの『テンペスタ(嵐)』に纏わる話だそうです。
尚、2010.05.01日に―《文学に表れたヴェネツィア―ダ・ポンテ(1)》―にロレンツォ・ダ・ポンテがヴェネツィアで活躍した時代を含めて撮影した映画『ドン・ジョヴァンニ―天才劇作家とモーツァルトの出会い』の事も書いています。
  1. 2012/04/28(土) 00:01:57|
  2. ヴェネツィアに関する映画
  3. | コメント:0
<<ヴェネツィアの建物: コルネール=ロレダーン館(P.Corner- Loredan)(1) | ホーム | ヴェネツィアを撮影した映画(2)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

カウンタ

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア