イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: Casa Tornielli から Palazzo Corner Gheltof まで

クェリーニ・ベンゾーン館から更に遡ると、右隣にはミキエール運河があり、その右隣にトルニエッリ(Tornielli――Tornelliではない)の家があります。2階中央部に楣(まぐさ)式構造の三角形のペディメントを上に載せた三連窓がある、19世紀の新ルネサンス様式の小さな建物です。
クルティ・ヴァルマラーナ館、コルネール・スピネッり館更に右隣のクルティ・ヴァルマラーナ(Curti Valmarana)館は、18世紀に改築された1600年代の建物で、2、3階のファサードは中央に三連窓がそれぞれ脇に片面窓を従えています。3階の三連窓はアーチとなっていますが、2階は角形でそれぞれが露台付きと際立っています。右隣のカ・コルネール運河の次は、ランド・コルネール・スピネッリ(Lando Corner Spinelli)館です。E.&W. エレオドーリ『大運河』(1993)は次のような事を記しています。

「この初期ルネサンス様式の美しい建物は1490年頃建てられ、マーウロ・コドゥッシの建築ではないかとされている。事実、彼の最も成熟したヴェンドゥラミーン・カレルジ館に酷似している。

1階のファサードは完全にイーストリア(イストラ半島)石の浮き出し飾りのある切り石積みで、小さな窓が凸凹とM型に配置されている。2階は装飾が施され、大きなアーチの四連窓が中央にあり、 両脇に二連窓がある。軒蛇腹には花綵(はなづな)飾りを彫り込んだ帯状装飾であり、屋上に天窓がある。

この館はランドのために建てられ、1542年ジョヴァンニ・グリマーニが手に入れると完全に改築しようとミケーレ・サンミケーリが呼ばれた。天井には9点の油絵を描かせようとジョルジョ・ヴァザーリが招かれたが、全て失われてしまった。

1700年代カステルフランコ・ヴェーネトのスピネッリ家が借りたが、1850年舞台芸術家マリーア・タッリオーニの所有となり、入口の階段脇に手摺が付けられたが、カ・ドーロのために移されてしまった。」
テアートロ小広場、バロッチ館、ホテル・サンタンジェロ更に右の19世紀のサローンの家(Casa Salon)、そして次はテアートロ広場で、2011.04.03日のヴィヴァルディの家で書きましたようにアンナ・ジロの住んだ家があった場所です。その右の建物は1804年までサンタンジェロ劇場があった場所で、取り壊された後、バロッチ(Barocci)館が建てられました。現在は右隣のホテル・サンタンジェロと共にそのホテルとなっています。

更に右隣のガルゾーニ運河の隣はガルゾーニ館で、E.&W. エレオドーリ『大運河』(1993)は次のようなことを言っています。
ガルゾーニ館、倉庫、20世紀建築「15世紀のゴシック様式のこの大きな建物はその後改築され、よくあるように、窓は2、3階の中央部に四連窓として集められているが、その窓はシンメトリーな規則性で特徴付けられている。2階の窓の配置は歯飾りのコーニスで飾られ、重要である。1289年にヴェネツィアにやって来たガルゾーニ家が手に入れた。この一家の活動はヴェネツィアに評価され、市民権を得た。」

ガルゾーニ通りを挟んで右隣は1階建ての平屋で倉庫に使われていたようですが、最近は、ビエンナーレ美術展の展示場が市内各地に広がり、そんな展示場の一つに使われています。Magazen 通りを挟んで右隣には20世紀の住宅建築があり、更に右隣にはコルネール・ゲルトフ・アルヴェラ(Corner-Gheltof Alvera`)館があります。E.&W. エレオドーリ『大運河』(1993)は次のように述べています。
コルネール・ゲルトフ館、新モチェニーゴ館「元々ゴシック建築だったが、16~17世紀に改築されたもの。2階はセルリアーナ式の三連窓が中央にあり、3階には四連窓がアーチ型の片面窓を従えている。……Gheltof 家はアムステルダム出身の商人で、1697年貴族を許された。」

そしてモチェニーゴの館と続いていきます。
  1. 2012/10/06(土) 00:01:18|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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