イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴィットーレ・カルパッチョ(6)

フランスの哲学者ミッシェル・セールは『カルパッチョ――美学的探求』(阿部宏慈訳、法政大学出版局、2009年7月15日)の中で、サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニ同信会館にカルパッチョが描いた聖ゲオルギウスの物語について次のようなイメージを語っています。
ミッシェル・セール著『カルパッチョ』「英雄聖ゲオルギウスは黒い鎧に身を包んでいる。〔彼は〕色彩に対する否(ノン)、黒い否、であり、空間に対する否である鎧に身を包んでいる。それは限定的否定である。境界線、縁取り、国境線そして閉鎖による限定である。デッサンの囲いのなかの、色彩の欠如による限定である。市壁による、銃眼を穿たれた城壁による、城塞都市の城壁による、島による、艦船による、塔と鎧による否定(ネガシオン)。

否定的な昆虫の節くれだったキチン質。それは黒い。平面を色と呼んでいたピュタゴラス学派以来、デカルト、バークレー、フッサール以来、そして通常の感覚からしても、われわれは、空間があって初めて色彩があるということを知っている。一方は他方の不変更であるのだ。空間は常に色彩をもち、色彩は常に空間的である。

空間を否定してみたまえ。色彩も否定することになる。箱の蓋を閉めるならそれは黒い箱(ブラック・ボックス)となる。炉を閉じてみたまえ。そこから発する光は黒い光となる。二度ではなく一度で十分である。そして鎧は黒いのだ。
……
泣くよりもまず笑いたまえ。ゲオルギウスは竜を切り刻みはしなかった。スキヤヴォーニの同信会館であなた方は、この絵から一歩先に行ったところで、竜がつながれているのを目にするだろう。竜ならとても元気ですよ、どうもありがとう、頸と頭の傷もふさがりかけている。

これらの人々、男や女、王子や王女たち、赤い長衣や赤い巻衣(トーガ)をまとい、太鼓やラッパを手にした人々も、竜がいなければどうしたらいいかわからないのではないだろうか。抑圧されたものが定期的に回帰してこなかったとしたら。亡霊(ルヴナン――戻り来る者)の論理。そんなことになったら、彼らの否定のもって行き所がないではないか。

竜がいなければ、壁のうちに閉じこもり剣を鍛える理由などどこにあろう。『聖ゲオルギウスの勝利』において、そのゴムの怪物が、いかにして円天蓋つきの六角形の寺院の礎石になるかを見るがいい。尖った剣と閉ざされた建物の下で。それはまるで戦いが終わるや色彩が逆転する、否定の二形態の条件でもあるかのようだ。そこでは黒いのは剣であり、赤いのは屋根である。
……
……つまり、私は生産する、私は限定する、私は創立する、私は生じさせる。ひとことで言うなら私は支持主張し、展開するのである。ひとつの空間を描出すること、それが第一の限定である。その空間に均衡を、闘争の諸変異のあいだに不変更をもたらすこと、それが第二の限定である。

総括的には、命題(テーゼ)は否定的である。措定された固定的な命題、肯定的に述べられた命題は、現に二重に否定的なのであり、さらに、検討されたあらゆるモデルにおいて否定的なのである。それこそがここにおいてまさに論証されるべきことがらであったのだ。

テーゼとアンチテーゼとを対とするのは、聖ゲオルギウスと竜という永遠に存在を欠いた神話的名称と同様に錯覚でしかないのであって、あるのはアンチテーゼだけなのだ。

あるのは剣によって、オッカムの剃刀によって切り取られた幾つかの場所だけなのだ。剣の陰の下にあるカルパッチョ流の天国。イスラムへの門としてのヴェネツィア。それはまさにおのれ自身のためにひとつの空間を裁断する人馬宮(サジテール――射手座)である。縁取りの線それ自体は連続的なものだが、それはまた空間の広がりを傷つけるものである。 ……」
 ――ミッシェル・セール著『カルパッチョ――美学的探求』(阿部宏慈訳、法政大学出版局、2009年7月15日)より
『竜と戦う聖ゲオルギウス』『竜を退治する聖ゲオルギウス』サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニ同信会館の『竜を退治する聖ゲオルギウス』。ボケたコピーで申し訳ありませんが、左はAugusto Gentili『Carpaccio』(Giunti)、右は『Carpaccio――Pittore di storie』(Marsilio)より(右の色がより実物に近いです)。
ギュスターヴ・モローの模写ギュスターヴ・モロー画『ヴェネツィア』パリのギュスターヴ・モロー美術館から。左は美術館最上階メイン展示室に掲げられたモローのカルパッチョの聖ゲオルギウスの模写。その模写の克明さから、モローのカルパッチョに対する思いが伝わってきます。右はそのモロー画の『ヴェネツィア』。サン・マルコのライオンが描かれています。
  1. 2012/11/10(土) 00:02:49|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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