イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

フェニーチェ歌劇場日本公演

本日10時20分頃東京で震度3の地震がありましたが、昨日は淡路島付近を震源に、阪神大地震以来の大揺れの震度6弱の地震がありました。震度6、というと恐怖です。3.11のことを思い出します。

今朝の地震を感じながら、偶々ヴェネツィアの新聞La Nuovaを見ていました。その中に《日本におけるイタリア2013》の一環として8年ぶりに来日公演しているチョン・ミョンフン指揮のフェニーチェ歌劇場の人々が、大阪で体験した模様が記事になっていました。そのLa Nuovaの記事を次に訳してみます。

「《大阪ツアーで、地震がフェニーチェ座員をベッドから放り出す
現地時間5時33分(イタリア時間22時33分)マグニチュード6.3の揺れで、日本ツアー第6日目のフェニーチェの楽員と合唱団員はベッドから叩き起こされた。震源は神戸市近くで被害はそれほどでもなかったが、その地は、新しいフェスティバルホール(2700収容)で水曜日(10日)、フェニーチェ座がコンサートの夕べで公演を開始した大阪から30㎞ほど離れた場所である。265人の団員、楽員、合唱団員の間に数秒の恐怖が走ったが、再びすぐに眠りに就いた。

全世界を股にかけてツアーを行うフェニーチェ座の職人衆にとって、これは初めての予期せぬ出来事ではない。事実1996年1月29日はポーランドのワルシャワにいた、その夜フェニーチェ劇場が炎に包まれた。2010年4月はアイスランドにいた、その時火山の爆発でヨーロッパの空半分が飛行不能になった。

フェニーチェの“歴史を経験した”合唱団員であるジャンパーオロ・バルディーンは哲学的表現をする: 《我々が行動に移る時、世界は心配の種になるかも知れない。しかし結局、こうした“不都合な出来事”は我々にいつも幸運をもたらした》と。」
1792年のフェニーチェ1837年のフェニーチェ劇場1977年のフェニーチェ劇場フェニーチェ劇場図録左、1792年ジュゼッペ・サルディが印刷したフェニーチェ劇場正面。中左、1837年ジョヴァンニ・ピヴィドールによる、ジョヴァンニ・ブザートの幕の見えるフェニーチェ劇場内部。中右、1977年の焼失前の、フェニーチェ劇場舞台風景。右、焼失前のフェニーチェの最終図録(1996年刊)。
[今回の大阪公演はヴェルディ生誕200年記念公演として、第51回大阪国際フェスティバルでリニューアル・オープンしたフェスティバルホールの杮落とし公演であり、13日(土)の地震の日も《特別コンサート》が行われたようです。また本日14日は名古屋で『オテロ』公演、東京では4月17・19日『オテロ』、18日《特別コンサート》の上演があるそうです。]
  1. 2013/04/14(日) 15:10:53|
  2. ヴェネツィアの劇場
  3. | コメント:4
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コメント

4.13地震

はい、地震について書いたのは13日の午前中です。
Pescecrudo さんの記事・La Nuova の訳を読ませていただきました。
La Nuova も見ました。
フェニーチェ 265名の方々、驚かれたでしょうね。
3.11のときは確かフィレンツェからの引越し公演の時期でしたね。
団員などキャンセルが相次いだと聞いています。

今回、13日当日夜は、新装フェスティバルホールで特別コンサートがありました。
私は行ってないのですが、行った方から昨日話しを聞いたばかりです。
コンサートでは、地震の影響は感じられず、話題にも登らなかったそうです。
フェスの音響とか、歌手はベルカントではなかったとか、そんな話を聞きました。

予期せぬ出来事、不都合な出来事、起こります。
それを受けるひとりひとりの問題なのだと思っています。

    ”拍手” にお礼を書きましたが上手く届かないようなので、こちらにお返事させていただきました。

M.Miyaji
  1. 2013/04/15(月) 06:49:02 |
  2. URL |
  3. miyajimachiko #-
  4. [ 編集 ]

M.Miyaji さん、コメント有難うございます。
いつも天変地異のことを素早く書かれるのに驚嘆しています。星や惑星、太陽のことなど
沢山教えて頂きました。

3.11の時のフィレンツェの話は私の中からは完全に欠落しています。後で知った事ですが、
独の救助隊は福島の放射能の事を知り、直ぐなりふり構わず帰国しました。大使館も大阪に
直ぐ越したそうです。
赤十字の国スイスの救助隊は自分達で詳細を調べ、最後まで救助活動に邁進したそうです。
同じ独語を話しながら違うものです。
ベルスコーニの伊国は国としての寄付は0でした。
今後ともよろしくお願い致します。
  1. 2013/04/15(月) 12:49:34 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

こんにちは! ご無沙汰しております。

先ほどフェニーチェ劇場に付いてアップしましたが、中で、こちらの「ヴェネツィアの劇場」にリンクさせていただきました。 事後承諾のお願いなのですが、どうぞよろしくお願いいたします!

日本は暑そうですね!
どうぞご自愛くださいますよう!!
  1. 2014/07/18(金) 17:03:06 |
  2. URL |
  3. shinkai #-
  4. [ 編集 ]

リンク、有難うございます。
今後も、ヴェネツィアの基本情報となるだろうものを探して、
書いていこうと思っています。願わくは、選んだ参照資料が
こちらの希望通りであることです。今後もよろしくお願い
いたします。
  1. 2014/07/19(土) 04:20:23 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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