イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: ファリエール・カノッサ館(P. Falier Canossa)

左岸を Ca' del Duca から更に下るとドゥーカ運河の右にファリエール・カノッサ館が現れます。大運河では異例の作りの15世紀ゴシック建築です。大運河に面して中央に庭、その両側にバルコニー付のロッジャが突出し、上の階の多連窓のある正面ファサードは庭の背後という構成です。ラッファエッラ・ルッソ著『ヴェネツィアの館』(Arsenale Editrice、1998)はこの館について次のように述べています。
ファリエール・カノッサ館とジュスティニアーン・ロリーン館ファリエール・カノッサ館「1094年の聖マルコの遺骸の奇跡的再発見(ティントレットが描いたものがある)は、ファリエール家の著名な先祖ヴィターレ総督(1084~96在位)時代のことであった。

一家の館は1400年代前半に建てられた(ロッジャ風の両側の突出部はその後に追加されたもの)。そして20世紀の一家の消滅までその居宅であった。1492年にはフランチェスコ・ファリエールが住んだが、その年彼はキプロス島に左遷された。

実は以前、十人委員会にそれを必要とする貴族達に年に100ドゥカートを援助すると申し出ていた。十人委員会の計算によれば、その額は年70万ドゥカートにも上り破産しそうな額と思われた。1800の貴族が優に1225ドゥカートの救援金を受けるといった状態なのである。フランチェスコは急遽ヴェネツィアに戻り、十人委員会の長となった。

また別のフランチェスコの父ジョヴァンニはアントーニオ・カノーヴァ研究に功績があった。少年時代からカノーヴァはアーゾロのプラダッツィのファリエール家別荘で、台所の使用人として雇われていた。そしてある日ジョヴァンニは、カノーヴァがバターでライオンを彫ったのを見て、彼をヴェネツィアに送り付けたようである。

カノーヴァが彫刻した『ダイダロスとイカルスの群像』は、ジョヴァンニ・ファリエールのために作られたのであり、現在はコッレール美術館にある。

1860年代この建物の中2階がアパートとして貸し出され、若いアメリカ人文学者 William Dean Howells が借りた。彼はエイブラハム・リンカーンによってヴェネツィアの合衆国領事として派遣されたのだった。

1865年までこの館に滞在し、その後“Venetian Life”という本を出版したのが当時のベストセラーとなった。右脇のヴィットゥーリ通りに面した建物右のロッジャの壁面にハウエルズ滞在を記念する文言がある。」

その碑の文言は以下のようです。《In questa casa dimora' / lo scrittore americano / William Dean Howells / console degli Stati Uniti a Venezia / dal 1861 al 1865 / furono quelli gli anni in cui si formo' il suo genio letterario / 2 dicembre 1961.》[この館に、米国の作家ウィリアム・ディーン・ハウエルズが1861~1865年合衆国の領事として住んだ。その間自らの文学的才を実りあるものとした。1961年12月2日]

ヴェネツィアでは随分前から馬の使用は制限されていましたが、18世紀になっても輸出用に馬車を作っていたことはミケーレ・マリエスキの銅版画で知られるそうです。ハウエルズがサンテーレナ島の公園の厩舎について書いていることから、19世紀半ばにもヴェネツィアに馬がいたことが分かるそうです。

日本でハウエルズの作品は《毎日がクリスマス》が、『贈り物』(三枝祐士訳、角川文庫)、更に『クリスマス物語集』(中村妙子訳、偕成社)の形で、また『ニューヨーク拝見』(白水社)の中に『新興成金の奇禍』(常盤新平訳)があるそうです。
  1. 2013/06/22(土) 00:01:15|
  2. ヴェネツィアの建築・建物
  3. | コメント:0
<<鳥瞰的ヴェネツィア | ホーム | Gli Ospedali(養育院)(2)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

カウンタ

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア