イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

八百屋さんと拳骨橋

かつてのデヴィッド・リーン監督の映画『旅情』の中で、キャサリーン・ヘップバーンがサン・バルナバ広場(Campo S.Barnaba)に面する運河に落ちたシーンはよく知られています。
[ヘップバーンは、綺麗とは決して言えない運河に落ちるシーンのために、大量の予防薬を飲み、敢行したそうです。]

その落下直前のシーンで、その運河に浮かぶ船の八百屋が映し出されました。位置関係は映画とは異なりますが、このサン・バルナバ広場の運河に船の八百屋さんが実際にあります。
サン・バルナバ運河すぐ隣の埋立て通り(Rio Tera' Canal)の語学学校に通っていましたので、放課後、この八百屋さんでフィノッキオ等の野菜を買って帰ったことが何回かあります。今年2月、船は係留してあるのに、八百屋さんの顔も野菜等の姿もありませんでした。どうしたのでしょうか。

他の場所にも船の八百屋さんがあります。東のカステッロ区(Sestiere Castello)のヴェネツィア一幅広い、ガリバルディ通り(Via Garibaldi, o Rio Tera' Garibaldi)は、Rio Tera' とあるように、かつては運河だった所を埋め立てたもので、当初は直ぐ傍に公園(Giardini Pubblici)があるために、新公園通り(Strada Nuova dei Giardini)と呼ばれていたそうです。

1866年、イタリア統一戦争中イタリアがオーストリアを破り、イタリア王国軍がヴェネツィアに進駐した時、時の将軍の名前をこの道の名としたのだそうです。

この大通りを暫く北上すると道が途切れ、すぐそこからサンタンナ運河(Rio de S.Anna)が始まります。その地の構成からも埋め立てられたことがはっきり分かります。その運河の始まる箇所にも船の八百屋さんがあります。
[サンテラーズモ島辺りからカオルリーナ舟で運んできた野菜を売る人達なのでしょうか。]

運河は土地建物とは無関係な上、船の運航に全然支障がなければ、市の許可を得て(?)開店出来るのかもしれません。こんな船の店はまだ他にもあるのでしょうか。野菜といえば、イタリアではスペイン等から輸入した野菜の残留農薬が問題になっています。

サン・バルナバ広場のこの船の八百屋さんが係留している直ぐ傍の橋は、ヴェネツィア・ガイド等にも必ず載っている有名な拳骨橋(Ponte dei Pugni)で、橋の両端の上に足型が向い合って貼り込まれています。

カンナレージョ(Canaregio)区のサンタ・フォースカ(S.Fosca)広場から、北のザンカーニ通り(Cl.Zancani)にかけて架かるサンタ・フォースカ橋にも拳骨橋と同じように足型が示されてあり、ここでも西のニコロッティ(カンナレージョ区、サンタ・クローチェ(S.Croce)区、サン・ポーロ(S.Polo)区の住民)と、東のカステッラーニ(カステッロ区、サン・マルコ(S.Marco)区、ドルソドゥーロ(Dorsoduro)区の一部の住民)の間で、かつて殴り合いの競技的抗争があったのだそうです。

近くのゲットの住民、ユダヤ人達も時代が下ると町に馴染んだのか、ニコロッティ・グループでこの戦いに参加する者が現れるようになったと言います。

サン・マルコ区のサン・ジュリアーノ(S.Zurian)教会裏にあるグェッラ橋[Ponte de la Guera〈=伊語Guerra(戦争)〉]でも、同じく2派に分かれての戦いがあり、かつては欄干のない橋が多かったと言いますから、組んず解れつで、絡み合ったまま水中に落ちた者も多かったことでしょう。

竹竿のような棒を使っての殴打は、死人が多数出てからは共和国政府によって禁止されたそうです。他に見られない、国民こぞって対外的戦争に対処したお国柄だったと思われるのに、こんな狭い土地の中で死者があってもこうした擬似戦争を真剣にやっていた意味は何だったのでしょうか、理解し難いところです。いずれにしても後には、この乱暴な戦争ごっこそのものも禁止になったそうです。
  1. 2008/05/02(金) 21:40:01|
  2. ヴェネツィアの街
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは。いつも読ませて頂いています。

今日は、フィノッキオの話が出ていたので・・・。
私はハーブが好きで、庭にいろいろ植えているのですが、フィノッキオ(フェンネル)は難しいですね。
日本では葉を飾りに使うくらいですが、茎が大きくなるフローレンスフェンネルだと、白い茎の部分がおいしいですよね。確かイタリア原産だと思いましたが・・・。

私はさっと煮して付け合せとか、野菜スティックのようにしてオリーブオイルや塩をつけて食べたことしかないですが、イタリアではどのようにして食べるのでしょうか?
よければ教えてください。

それにしても、やはりヴェネツィアの運河、想像するほどきれいではないのでしょうか。
大女優がスタントなしで予防薬(抗ウィルスとか?)を飲んで敢行・・・。今だったら保険を何億もかけるところですね。

橋の上での戦争ごっこ、欄干がなければ怖すぎです。私は高所恐怖症なので、渡るのも無理かも。
また楽しいお話を聞かせて下さい。
  1. 2008/05/07(水) 12:14:21 |
  2. URL |
  3. キリコ #eSLToZDQ
  4. [ 編集 ]

この野菜の特徴は、その歯応えにあるような気がします。そのまま生を輪切りにし、レモンを振り掛け、ワインのつまみの一つとして、生ハムなどと共に食べたことが何度かあります。不思議な食感です。そんな高い野菜ではなかったと思います。一個が200円未満だったと思います。
生でも炒めても食するようですが、私は生の体験しかありません。最近プンタレッレという不思議な野菜を試みてみました。高価な割には美味しいという物ではなかったのですが、やはり奇態な食感で、日本人が土筆を食べたり、蕗の薹を調理する感覚に似ている気がしました。
回答になっていなくて申し訳ありません。調理法、調べてみます。
(余談ですが、finocchio というのはホモの青年を指します)
  1. 2008/05/08(木) 15:44:45 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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