イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ヘルマン・ヘッセ(1)

1946年ノーベル賞を与えられたヘルマン・ヘッセ(1877.07.02バーデン=ヴュルテンベルク州カルフ~1962.08.09ティチーノ州モンタニョーラ)は、1901年(24歳)と1903年(26歳)、二度イタリア旅行をしたと年表にあります。
ヘルマン・ヘッセ[ウィキペディアから借用] そのためか『ヘルマン・ヘッセ全集 全詩集』第16巻(日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究室編訳、臨川書店、2007年4月30日発行)を見ると、イタリアを歌った詩がかなりあり、取り分けヴェネツィアを歌った詩が幾つか見受けられます。

それらの題を列挙してみます。1899~1902年の詩からは、『ヴェニスのサン・ステファノ教会の回廊』(1901)、『ヴェニスのゴンドラの語らい』(1901――Ⅵ節からなる長編詩)、『ピアツェッタ』(1901)、『ある仲間に』(1902)。1903~10年の詩から『ゴンドラ』(1907)、『ヴェニスへの到着』(1903)、『ゴンドラの舟歌』(1903頃)、『しずしずと、ゴンドラのゆくように』(1901)、『ヴェニス』(1902)。

また遺稿からは『ラグーン』(1901)、『ヴェニス』(1901)、『ヴェニスのサン・マルコ広場の鐘楼』(サン・マルコ広場の鐘楼が突如崩壊した1902年に書かれた)、『憂鬱――ヴェニスの墓の島で』(1903~04頃)、『ヴェニス』(1907頃)、『ヴェニスのゴンドラ』(1911)等があります。1903~10年の詩から2編の詩を引用してみます。

「 ゴンドラの舟歌

水に映える光がきらきらとまたたき
僕の小舟はラグーンにたゆたいながら
上に下に大きく重々しく揺れる
砂州に寄せる海が叫ぶように声高く歌い
僕の帆は暖かい真昼の日ざしを浴びて
うらうらと眠りに沈み
僕の望みは港にくつろぎ
僕の櫂はやすらっている 

力みなぎる不思議な命よ
おまえは僕の額を焦がし
数の嵐をさし向けて
定められた航路から僕を押し出した
吹きすさぶ嵐の中で僕は抵抗し
(あざけ)りをこめておまえの魅力には
おまえの愛撫する歌には、僕はさからえない

夢みるように僕のまなざしは大空をただよい
一筋の雲が弧を描いて海へと伸びている
夢みるように僕は波の歌に耳を傾け
響きわたる調べが僕の心に平和を呼びさます――
僕の帆は暖かい真昼の日ざしを浴びて
うらうらと眠りに沈み
僕の望みは港にくつろぎ
僕の櫂はやすらっている

ヴェニス

穏やかにリズムを刻みながら軽い雨粒が落ち
かすかにきしみをたてる物音が運河に響き
その他には音もなく、急ぎゆくゴンドラもなく
足音も、人声も、夜ごとのリュートの調べもなく
呼び声も、遠い音も、鳥のさえずりもない――
僕は冷たいベッドの中にやすらいながら
まるでおとぎ話のようにはるかな島の岸辺に
人々の住むあらゆる国からひとり遠ざかり
人々のあらゆる賑わいから離れているようだ
そしてこの闇の何と暗く深いことだろう
星も見えず、月の光もなく
屋根の輪郭すら失せた世界が黒々と広がり
窓の外で無言の見張りをしている
いったい僕はどこにいるのだろう――
葉の落ちる音すら苔の中に消えてゆく森の中だろうか
あるいはおとぎの城に魔法で呪縛されているのだろうか
かつては命と光と青春が芽生えたところ
今は人々が闇と伝説と永遠とに浸(ひた)されて
喜びも苦しみもなく眠り続ける城にいるのだろうか
それとも狭苦しい墓の穴の中で
孤独と忘却と夜に包まれているのだろうか――
どうして僕は慣れ親しんだ世界からこの沈黙の国へと
かくも秘密に満ち、夜に包まれて重々しく広がる国へと
どんなに小さな音もない国へとやってきたのだろう
もう何もわからない、だが僕は知っている
まもなく狭い門が開き
美しい人が雨に濡れて重い外套に身を包んで
恥じらいつつ、熱く、僕の横に立ち
僕にキスするだろう
――寝ぼけた音を立ててドアがきしんでいる
王女よ、君はもう来ているのか 」  (2へ続く)
  1. 2014/02/05(水) 00:01:23|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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