イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ギ・ド・モーパッサン(1)

先日4月30日に触れたティツィアーノ・スカルパはその著書『ヴェネツィアは魚だ』(Universale Economica Feltrinelli)の中で、アンリ=ルネ=アルベール=ギ・ド・モーパッサン(1850.08.05トゥールヴィル=シュール=アルクのミロメニル城~1893.07.06パリ)の紀行文『Venise』(1885.05.05)の、彼の伊語訳を巻末に掲載しています[モーパッサンは1885年4月4日、イタリアに向けてパリを発ちました]。題して『Venezia(Venise)』。その和訳を試みてみます[仏語を読みたい方は、次のサイトをどうぞ。Venise]
Tiziano Scarpa『Venezia e` un pesce』「ヴェネツィア! 詩人達に、より愛され、称えられ、歌われ、その賞賛者には更に羨望され、訪れる人はいや増し、著名となっていく、そのような町が存在するのだろうか?

ヴェネツィア! これ以上のものを夢想させる名前が、人類の言葉に存在するのだろうか? 優雅な町だとは言え、賑々しくも甘美である。直ぐ様、この名前は陽気な仮装行列の素晴らしい思い出や眼前一杯に広がった魅惑の夢物語を呼び起こしてくれる。

ヴェネツィア! この言葉だけがただ一つ魂を熱狂で揺さぶる。我々に内在する詩的なるもの全てを刺激し、我々の賞讃能力を自由に解き放つ。そしてこの特異な町に到着するや、出発前に学んだ眼が間違いなく更に惹きつけられるように熟視し、夢の如くに目を凝らし続ける。

何故かならば世界を経巡る人にとって、実際に見た風景と自ら抱くイメージをゴチャゴチャに混糅させない、なんてことは不可能に近いからだ。旅行者は嘘をついているとか、読者を欺いているとか非難される。否、嘘をついているのではなく、眼でというよりむしろ頭でものを見ているのだ。

我々を魅了した長篇物語、我々を感動させた20行ほどの詩句、我々を旅人の格別な詩情に誘ってくれる短編小説があれば充分だ。そしてそんな風に遥か遠くの、ある町での欲求に捕らわれたなら、この町は抗いようもなく我々を魅惑して止まない。

ヴェネツィア以外のどんな土地であれ、このように待ち伏せを企んでいたかのように熱狂を引き起こす場所は他にない。初めてかの有名なラグーナに漕ぎ入れて行った時、その時初めて我々の感情がラグーナに反応するのであって、幻滅するなどということはあり得ない。

読書した人、夢見た人、今入って行く町の歴史を知っている人、既に体験した人のあらゆる意見を知っている人は、概ね出来上がった印象を常に身内に携えている。愛すべきこと、無視すべきこと、称賛すべきことは熟知している。

先ず最初、列車は奇妙な井戸で蜂の巣状になった平野を走り抜ける。それは大洋と大陸が描かれた、ある種の地図と呼べるかも知れない。そうして本土が少しずつ姿を消していく。列車は走る、最初長い海岸線、直ぐに途方もなく長い橋を突き進む、海に投げ出されたかのように、かしこに立ち上がる町へ向かって、それは動く気配もない棺衣の上に、果てしなき海の上に高く聳える鐘楼やモニュメントの町だ。また時折、島の農園を耕す島民達が右手や左手に現れる。 

駅に到着する。運河岸には幾艘かのゴンドラが待機している。細身で長く黒い舟体には、不思議な、しかし豪奢な船首、光り輝く金属の舳先飾りが立ち上がっている。ゴンドラは栄光の歴史に輝いているのだ。

一人の男が旅客の背後に立ち、木製の、捻じれたある種の天秤である櫂1本で舟を操る。その櫂は右舷[のフォルコラ]で支えられる。粋であり厳格であり、愛すべきであるが好戦的でもある船頭。“デッキ・チェアー”に横になった旅人を甘美に揺り籠のように揺する。優しい椅子の座り心地、舟の快適な揺れ具合、緩急自在の船の速度は、予期せぬ甘い心地良さを与えてくれる。

人は無為の中で全て快調、休息し、周りを眺める、その動きに愛撫され、心身が抱擁され、突然に、はたまた絶え間なく、肉の快楽(けらく)が肉身を貫き、魂が深い至福に満たされる。

雨の降る時は、舟の中央に銅飾りで覆われ、黒い緞子を敷き詰めた、木彫のある小さな部屋[felzeのこと]が設えられる。死あるいは愛のミステリーがもたらされるか、時には狭い小さな窓の後ろに素晴らしい美女がいることに気付かされるかのようである。

大運河岸で下船しよう。最初、川が道であるとでも言うのか、むしろ開かれた暗渠であるかのようなこの町の景観に驚いていた。これは正に最初の驚愕が収まってから、ヴェネツィアが与える印象である。他の町では、住民にそんな狭い暗渠で船を航行させるよりは、汚い水の流れに蓋をしてしまっていることだろう。しかしこの地の冗談好きの技術者は、壁面をしっかり造って塗り込めた穹窿のような蓋など取り払ってしまったかのように思われる。 ……」 [続く]
  1. 2014/06/04(水) 00:08:34|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0
<<第59回旧四大海洋共和国レガッタ――ヴェネツィア優勝 | ホーム | ヴェネツィアの祝祭: 2014年のセンサ祭>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

カウンタ

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア