イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ギ・ド・モーパッサン(2)

[続き]
「大運河岸で下船しよう。最初、川が道であるとでも言うのか、むしろ開かれた暗渠であるかのようなこの町の景観に驚いていた。これは正に最初の驚愕が収まってから、ヴェネツィアが与える印象である。他の町では、住民にそんな狭い暗渠で船を航行させるよりは、汚い水の流れに蓋をしてしまっていることだろう。しかしこの地の冗談好きの技術者は、壁面をしっかり造って塗り込めた穹窿のような蓋など取り払ってしまったかのように思われる。
Tiziano Scarpa『Venezia e` un pesce』しかしこのように幾つかの非常に狭い運河は、時には快適であるが、奇妙奇天烈なのである。みすぼらしく崩れ落ちた古い建物が、色褪せて黒ずんだ壁面を水の上に映す。雨水の流れに浸されながら跪く乞丐(かたい)のように、ひび割れた靴の、汚れた足元に水が染み込む。

意識の中では水が溢れ返っているが、石の橋はこうした水を渡河している。二度ばかりfalsa と井桁のことを囲み記事にしたことがあった。巨大なパラッツォのある巨大都市をかつて想像したことがあっただろう。ことほど左様にこの海の古き女王の名声は赫々たるものである。

全ては小さくて、あまりにも小さくて、あなた方は驚くだろう。ヴェネツィアはおもちゃ、蠱惑的であるが貧相で壊れてしまった、古き芸術的おもちゃでしかない。しかし古き栄光の時代の誇りに満ちて燃えている。

全てが破壊されてしまったかのようである。全ては疲弊してしまった町を支えるこの水の上で崩れようとしているかのようだ。館は時代と共に崩れてきたファサードを持つ、湿気でうす汚れ、石と大理石を破壊する《ハンセン病》で腐食されている。

誰かが今にも倒壊しそうな、こんなにも長い間基礎の杭の上に立って、支えるのに疲れてしまった傍の壁にちょっと凭れ掛かった。突如、水平線が拡大し、ラグーナが広がった。右側には家の立ち並ぶ島が立ち現われ、左側には感嘆に値するムーア様式のドキュメント、驚異的なオリエント風の優雅さがあり、壮大にして優美なる総督宮殿が立ち現われる。

サン・マルコ広場はパレ・ロワイヤル広場に似ている。この教会のファサードは張子作りのコンサート・カッフェのショーウィンドー風である。しかし内部は絶対的美を実感出来るものと言うに尽きる。描線と諧調を貫く調和、重厚な大理石の間で和らいだ光を発する古い金のモザイクが反映さすもの、数ある穹窿全体の素晴らしいバランス、そしてまた明確には言えない、何か神聖な物として創出されたものが、総体としてまた柱の間で宗教的雰囲気を醸し出す早朝の穏やかさの中で、はたまた眼を通して精神の中にもたらされる感性の中で、我々に理解出来る最も称賛に値するものが聖マルコによって作られたのだ。

しかしこのビザンティン様式の芸術品の比類なき傑作を刮目すれば、それは超越的なものであり、他の宗教的モニュメントと比較しながら鑑賞を始める。しかしこれは、北の海の灰色の果物の中に確固としてあるゴシック芸術の傑作、モン・サン・ミッシェルの大きな入江の中にスクッと立ち上がった花崗岩の巨大な宝石とは丸で違ったものである。

同じ条件ではないが、ヴェネツィアが《ヴェネツィア》となったのは《絵画》による。ヴェネツィアは美術館、教会、邸館などでも知ることの出来ないと思われる、第一級の画家の祖国であり、母である。ティツィアーノ、パーオロ・ヴェロネーゼの天才的閃きはヴェネツィアでしか現れない。

彼らは少なくとも、その才能、その豊饒さにおいて輝いていた。フランスでは不公平にして知られていないが、この芸術家に匹敵するカルパッチョ、別けてもティエーポロがいる。後者は、過去、現在、未来と続いて最高の天井画家である。人間の顔立ちの優雅さ、官能的な目線に酔わせる魅力的な陰影、芸術が精神に与える特異な酩酊、といった夢見るような魅惑を、彼のように壁面に描いた画家はいない。

彼は、Watteau(アントワーヌ・ヴァトー)や Boucher(フランソワ・ブシェ)のように優雅で粋であり、とりわけ称賛に値する、太刀打ち出来ない、人を魅了する能力を持っていた。彼以外の誰かを、正当な判断で称賛出来るかどうか、それに耐え得る者は他にいない。

彼の構成の妙! デッサンの予期せぬ力強さ、豪奢さ、表現の多様性、色使いの独特の新鮮さは彼の手から生まれる。この計り知れない表現力から生まれた天井画の下で、ずっと過ごしていたいという止むに止まれぬ欲求を我々に生みつける。
ラービア館ラービア館はいわば一つの遺跡である。この大芸術家が残した最も称賛さるべき作品を見せている。彼は内部の大広間に描いた。天井、壁面に装飾、建築全てを筆で成し遂げた。主題はクレオパトラの物語、18世紀のヴェネツィアのクレオパトラ。

大理石の下、描かれた柱の背後、ドアを通り越し部屋の4面に広がっている。人物はモールディングの上に寝そべり、飾りの上に腕や足を伸ばし、魅力的に着飾った人々とここに集っている。

この傑作を所持する館は売りに出されたという。館内ではどんな生活があったのか。」
  ――Tiziano Scarpa『Venezia e` un pesce』(Universale Economica Feltrinelli、2000.04)から。次回はそのラービア館について。
  1. 2014/06/11(水) 00:01:03|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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