イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ロバート・クーヴァー

ロバート・クーヴァー著『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』(斎藤兆史・上岡伸雄訳、作品社、2012年9月30日)という作品を読みました。読み始めるや原作も読まなくてはと急遽『ピノッキオの冒険』も改めて読み直しました。
『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰るピノッキオの冒険「……《それならさ、中世以来例のない葬式を出そうじゃないか! 九世紀には、有名な二人のプロの遺体泥棒が、香水をつけた籠に盗んだ聖マルコの遺体を入れてアレクサンドリアから持ち帰り、それ以後全世界がうらやむほどの興行収入を上げたろう! ああ、素敵な葬式だったろな! 集まった人の数を考えてごらんよ! すごい市場だぜ! それ以来弔問客が跡絶えないんだから! 映画の宮殿が現われた現代に至るまで、壮麗さにおいて比類なき霊廟に納められたその芳しいお骨なんか、大帝国の種になったようなもんだからね!

それどころか、朽ち果てることのない福音伝道者たちによってこの島々に与えられた神聖な香は、未だにふとした風の向きで馥郁と漂い、改めてあの手の早い旅商人、祝福されたならず者たちへの感謝の念を呼び起こす! そしていま、ねえピノッキオ、もし今度は君の番だというなら、現代においてほかに例を見ないような送別の式を挙げると約束するよ!……》
……
《……そこにはフェニーチェ劇場オペラのオーケストラが待ち構えていて、我らがリッカルド・ワーグナーの名作の中から『ジークフリートの葬送行進曲』を演奏して、大学者、芸術家、政治家、神学者、銀行家、大工、映画俳優、叩き上げの大富豪、それから世界中の社会改革家などの会葬者から成る葬送隊を出迎え、一行は厳かに並木道と法律家通りを下って追いはぎ街に向かい、さらにフューセリ運河に沿ってカッレ・デイ・ピニョーリ、すなわち松の実通りに差しかかり――さて、そこからは君を記念するための通りだ! あそこはいいよ! と言ってる間に、ここはサン・マルコ広場――ああ! こりゃちょうどよかった! 着いたよ!》
……
……三つのカフェの楽団が今朝は一斉に演奏しており、その気紛れな不協和音に混じり合うかのように町中のおびただしい鐘が鳴りわたり、やかましい音楽が再生され、商人たちが口笛を吹き、鷗が鳴き、船が警笛を鳴らし、広場に叫び声と笑い声が響き、近くにある大時計の機械が軋み、そしてそのすべての音が、まるで一つのけたたましい声となって潟の水面にぶつかったかのように反響している。

耳を失った彼にも聞こえるその声は、現在という時の支配を高らかに宣言しているかのようだ。彼の頭上では、黒光りする艶と伝説的な性器ゆえに俗に《ムーア人》として知られている二体の巨大なブロンズ像が、こわばった体を回転させて朝の時間を叩き出し、その下では、サン・マルコ寺院のシンボルである有翼の獅子が開いた本の上に石の足を載せ、銅でできた聖母と幼子が小さなテラスに立っており、さらにその下では、大きな顔の十二宮時計が、容赦なく時を粉々に砕き、歴史を一種の壁画に変えながらも、その穏やかな回転によって永遠を賛美している。……
……
《待った! じゃあ、マルチアーナ国立図書館はどうだい? ついこのあいだ、不平を言ってたじゃないか。遠い島にはすぐに連れて行ってくれるのに、向かいのマルチアーナには行けないって!》《でも、ベッリーニはない――!》

《糞ベッリーニは明日だ! 今日はペトラルカ! キケロにプリニウス! マルコポーロの遺書にフラ・マウロの地図! グリマーニ抄本だ! ベッサリオンの写本だ!貴重な書物が百万もあるんだぞ、ピニ、売却してなければだが! 言うまでもなく、ティツィアーノの“叡智”はどこかに掛かっている。それにドゥカーレ宮殿の金箔の広間にある不滅の“哲学者の回廊”だ! たまらないだろう?》
……」
 ――ロバート・クーヴァー著『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』(斎藤兆史・上岡伸雄訳、作品社、2012年9月30日)

『ピノッキオの冒険』で最後には人間になることが出来たピノッキオは、アメリカに渡り、ノーベル賞を2度も受賞する西洋文化のオーソリティとして、百歳を超え、生まれ故郷イタリア、それもヴェネツィアに戻ってくるというピノッキオの後日談です。

パロディ小説としてのそれは、文章の出来不出来に全ての面白さが掛かっていると思われます。直喩、隠喩、換喩、提喩、風諭、寓喩などの表現法を、“です”調、“だ”調、“である”調、体言止めなどで、擬人法、象徴法、対句法、倒置法、反復法、省略法、両刀論法などを駆使してブラック・ユーモア的世界を語ろうとしています。饒舌が狂騒的に、悪い冗談、でっち上げ、減らず口、罵詈雑言、その他ある事ない事、言いたい放題が言葉遊び的に、ハチャメチャに疾走します。
  1. 2014/08/07(木) 00:05:40|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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