イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ヘルマン・ヘッセ(2)

2014.02.05日にヘルマン・ヘッセについて書きました。彼の全詩集を繙くと、その中で最長の詩は『ヴェニスのゴンドラの語らい』と題する詩で、彼のヴェネツィアに対する思いがその事だけで伝わって来ます。
『ヘルマン・ヘッセ全集』「 ヴェニスのゴンドラの語らい
       Ⅰ
さあ、貧しい僕らがいつか王族になり
それぞれに宝物をひとつ求めるとしよう
それを交換して僕らの身を飾るのだ
さあ、考えてみよう、何にしようか――
僕が君に選ぶのはネックレス
はるかな東洋で採れた真珠のネックレス
内に重厚な光を宿しながら
オパール色にきらめく真珠のネックレス
それらの真珠を贅沢につらねて
端には笑うようなルビーをいくつか置こう
それは君の胸を飾るすばらしい星となって
競うように君の美しさを引き立てるだろう
ルビーの真中には古い金のプレート
そこに細やかに彫り込まれて輝く姿は
あらゆる伝説の中で一番愛されている女神
泡に濡れて波間から浮かび出るヴィーナス
女神の美しさは君自身の美しさそのものだ

お返しに僕はガラスの花瓶がほしい
それはほっそりと背の高い花瓶
表面には海のように緑色に輝きながら
リド島の浜辺にそそぐ陽光のようにきらめき
その光に百もの色彩がたわむれて
一時も休みなく虹のように揺れるのだ
それはあらゆるガラスの中の奇跡
作るのはムラーノの最高のガラス職人
昼も夜も骨身を削って励みつつ
色彩の奇跡が夢のように花を咲かせ
彼の一番豊かな夢が炎と燃え立って
この世ならぬ姿があふれ出るだろう
それから今日のように暖かい夕べに
その花瓶はめずらしい音を響かせ
僕らがふたりして静かに耳を傾けていると
やがてその音から歌が立ち昇るだろう
それは見知らぬ時代の物語のように
見知らぬ美しい響きのゆったり流れゆく歌
魔法の幸福の中に深々と心を浸して
どんなに内気にこがれる望みもかなえてくれる
聞いているかい、ジーナ、聞いていないのかい
ほら、もう岸辺からメロディーが流れてくる
僕らの花瓶の千もの色彩が群がって
めくるめくような輝きを放っている
太陽はレデントーレ教会の向こうに傾き
重々しく熟して血のように赤く燃えている
ラグーンは広々と燃えさかる野原となって
咲き乱れる赤いバラのように輝きながら
あらゆる色彩のきらめく贅を尽くした祭りを祝い
言葉もなく見とれている僕らを華々しく圧倒する
もうガラス職人の手を煩わせることはない
だってほら、ここに僕の花瓶が輝いているのだから
そしてどこか青い海の向こうに
君のネックレスも見つけられるだろう
      Ⅱ
何を夢みているの――そう君は尋ねるのかい
昨日、僕らはふたりして死んだのだ
白い衣をまとい、白い花をほつれた髪にさして
僕らは黒いゴンドラに乗って海へと進んでゆく
遠い鐘楼から鐘の音が鳴りわたり
その音も次第に弱まりつつ
やがて船底にざわめく波の音にかき消されて
僕らはさらに海の彼方へ運ばれてゆく
数々の船が天に突き上げるマストを立てて
水平線に黒々とやすらうところへ
漁師の小船が赤や黄色の湿っぽい帆を上げて
一層深々と輝いているところへ
青い大きな波がさかまくところ
荒くれカモメの住んでいるところへ――
水の扉の青々と開いた口を通って
僕らの軽い小船は深々と下ってゆく
珊瑚の木々が不思議なかたちをして
広々とした空間をうめつくし
ひそやかにほのめく貝のなかに
青白い大きな真珠が妙なる光を放っている
臆病な銀色の魚が淡く輝きながら
色彩の痕跡を残して僕らのそばを通りすぎ
その後には金と赤の細い尾をした魚の群れが
さらに鮮やかないろどりを添えて泳いでゆく
僕らは深い深い海の底にうっとりと夢みながら
時には鐘の音が風のそよぎのように聞こえて
僕らに呼びかけるように思えるだろう
けれどもその遠い歌を僕らは理解できない
その歌の語り告げるのは
僕らが遠い昔に立ち去った狭い路地
僕らがかつて知っていたもの
僕らがかつて見つけた道――
ひとつの通りを、ひとつの教会を
ゴンドラの呼び声といくつかの名前を
はるかな昔に幾度も耳にしたそれらを
僕らはいぶかりながら思い出して
まどろむ子供のように微笑みながら
もの言わぬ唇を動かすだろう
そして僕らが回らぬ舌で言う前に
その言葉は忘却の中に沈みゆき
夢のような死へと落ちてゆくだろう
僕らの上に大きな船がすべりゆき
暗い帆船が色とりどりの帆を広げるだろう
大きな鳥が太陽の日ざしを浴びて飛び
漁網が水に浮かんできらめくだろう
頭上には高々と清らかに青い空が広がり
太陽が晴れやかに輝くだろう 」   ……(Ⅲ~Ⅵ省略) 
 ――『ヘルマン・ヘッセ全集 16 全詩集』(日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会編、臨川書店、2007年4月30日)より
  1. 2014/08/21(木) 00:00:32|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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