イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

民話に表れたヴェネツィア(2)

『世界の民話――南欧(2)』(小沢俊夫編、安達茂之・沼田俊則訳、ぎょうせい、昭和52年3月10日)という本を読みました。そのイタリア編の中に《ヴェニス総督とどろぼう》という一編がありました。ヴェネツィアのお話です。次のように始まります。
『世界の民話』「たいへん古いヴェニスの都に、むかし、ひとりの総督がいた。心の広い、知恵のある、金持ちの男で、なにごとにつけ慎重で抜かりがなかった。この人は、メッセレ・ヴァレリアーノという名で、メッセレ・ヴァノッツォ・アッチェンターニの息子だった。

さて、ヴェニスのサン・マルコ大寺院には、世界でいちばん美しい、みごとな鐘楼があった。それはまた、当時ヴェニスの町がいちばん自慢にしていた建物だった。ところがこの鐘楼は、土台に何か欠陥があって、くずれ落ちる危険があった。

そこでヴェニス総督は、イタリアじゅうに人を捜しもとめ《鐘楼の修繕工事を引き受けようと思う者は、総督のもとに出頭せよ。その者には、金は要求するだけ与えよう》と、おふれを出した。

この話を、フィレンツェに住むビンドーという名の腕ききのとうりょうが聞きつけた。鐘楼がどうなっているのかそのようすを知ると、この仕事を引き受けることにした。そこでとうりょうは、息子と妻を連れてフィレンツェを引き払い、ヴェニスへ引っ越した。

鐘楼を調べた結果、これは改修できると思い、とうりょうは総督のところへ行って《閣下、鐘楼を修理しにまいりました》と申し出た。総督はとうりょうに大いに敬意を表し、よもやまの話をしながら、こう言った《とうりょう、このしごとはなるべく早くとりかかるように頼むよ。そなたのしごとぶりをぜひ見たいものだ》。《閣下、かしこまりました》と、とうりょうは返事した。

こうしてさっそくしごとにとりかかると、とうりょうは念いりに、しかも短期間で鐘楼を修理したので、前のものよりもりっぱになったほどだった。そのため総督は大喜びで、請求どおりに金を払い、とうりょうをヴェニス市民にし、収入もじゅうぶんに与えた。

それから、総督は言った《こんどは、宮殿を建ててもらいたい。そこには、ヴェニス市の宝物と財産をぜんぶ保管できる部屋を作ってほしいのだ》。

とうりょうはさっそく、総督の望みどおりに宮殿を建てるため、あらゆる努力をはらった。宮殿の中には、例の宝物を収めるための部屋を、ほかのどの部屋よりも美しくりっぱに作りあげた。

ところが、とうりょうはその部屋に、抜けめなく巧妙に石をひとつはめ込んで、取りはずしたり、もとどおり押し込んだりできるようにしかけをした。このようにしておけば、好きな時に部屋の中へ入り込めると考えたのだった。この秘密の入り口のことは、とうりょうのほかは世間のだれも知らなかった。…… 」
『図説 ヴェネツィア』ドージェ表メッセレ・ヴァレリアーノやヴァノッツォ・アッチェンターニ[メッセレ⇒Messere(メッセーレ―敬称の殿、氏、様の意)?]を総督一覧表で点検しても同じ名前がありませんので、現実にあったお話ということではないようです。
  1. 2014/10/09(木) 00:03:20|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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