イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ハーマン・メルヴィル(2)

(続き)
「……聖歌隊、銀の吊り香炉が揺れている――信者達の上に香の煙。驚くべき効果である。香煙の下降は滑り降りてくるようである――草と草の間を。香の薫りは古めかしくて、それはこの町の教会の特徴である。今日に限って、その理由――原因が分かった。
ハーマン・メルヴィルハーマン・メルヴィル像、ウィキペディアから借用
町に帰る。輝かしい一日の終りは蜃気楼のような趣――マラモッコの島々への航路で船の航跡が揺らめいている。

サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ教会、その八角形。またサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。一連の木彫の彫刻群。溜息の橋の隣の総督宮殿の、庭の地面の広がり。火で燃え焦げたかのように黒ずんだ牢獄。総督宮殿またしかり。事実火災はあった。

サン・マルコ広場を散策。暇つぶしに歩く人々。鳩、鳩、鳩……。歩いてリアルトへ行く。大運河の上から下まで見渡す。ぶらぶら歩きを続ける。
カナレットのリアルト橋カナレットのリアルト橋の西側左、カナレット『大運河とリアルト橋を南から見る』、右、カナレット『大運河とリアルト橋を西から見る』
目を見張るような女達が列をなしている。ティツィアーノが描く女の浅黒い肌色は、いずれにしても自然が教えてくれたもの(ティツィアーノはヴェネツィア人)。明るく、燃えるような、金色に輝く褐色。カメオのように澄み切って、鮮やかな切り口の顔立ち。長く、狭い路地の奥の窓からの眺めである。

月の明かり、サン・マルコ広場のガス灯の明かりでのそぞろ歩き。十数人の歌手や演奏家達――リアルト傍の広場にサーカス芸人やお笑い芸人[ピエロ]。アクロバットの演技。総督宮殿のアーケイドは、言わば建築による垣根である。

この夏の穏やかな数日、ブロンドのヴェネツィア女達が水溜まりの中に生える百合のように、歩き回り、輝くように生きていた。

大運河は真っ直ぐではなく方形に広がって、桟橋を利用するため湾曲部もあり、イレギュラー。まるでサスケハナ川[ニューヨーク州中部から南流し、ペンシルヴァニア州東部とメリーランド州北東部を通過、チェスピーク湾に注ぐ]のように蛇行している。

フォースカリ館のバルコニーからの景観。まさに極上の見もの。巨大なパネル画。宿営のように辺りを睥睨している。オーストリアのハンモック、そして武具に磨きをかける人。広い玄関の間(ま)には料理人と掃除人。

ヴェネツィアではあらゆる交通手段が運河に顔を覗かせる。乗合馬車、個人用馬車、荷馬車、二人乗り馬車、二輪荷馬車(商売用の)、葬式用四頭立て馬車……。[ヴェネツィアでは馬車は走れません。全て船の意です]」
  ――ハーマン・メルヴィル『イタリア日記』《ヴェネツィア滞在記》の伊訳から日本語へ
  1. 2014/12/05(金) 00:02:47|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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