イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの現在: チェスキーナ洋子さんに弔意を

2015.01.12日のLa Nuova紙によりますと、ヴェネツィア在住の超有名日本人、チェスキーナ永江洋子さんがお亡くなりになったとあります。ご冥福をお祈り致します。

洋子さんは芸大を卒業後、戦後初の公費留学生としてイタリアに渡り、ヴェネツィアのベネデット・マルチェッロ音楽院でハープを勉強中、イタリアでも指折りの億万長者、レンツォ・チェスキーナ伯爵と知り合い、結婚され、伯爵夫人となられます。レンツォ氏没後、その遺産を譲り受けるも、レンツォ氏の甥との10年にも渡る遺産相続裁判沙汰があり、彼女が勝訴し、ヴェネツィアに定住することで決着したようです。

若い音楽家達を援助したり、平和のためのコンサートを開いたりしたことで知られ、ヴェネツィアを取材に来たテレビマン等彼女にお世話になった人々は数多いと思われます。例えば、サン・マルコ広場のカッフェ・ラヴェーナ(Lavena)はヴァーグナーが愛したことで知られますが、チェスキーナ家の持ち物と記憶します。
ヴェネツィア 私のシンデレラ物語チェスキーナ洋子著『ヴェネツィア 私のシンデレラ物語』(草思社、2003年3月)で彼女の事は詳しく知ることが出来ます。
  1. 2015/01/13(火) 22:37:54|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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