イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――河東碧梧桐

『世界紀行文學全集第五巻 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)の中に、俳人河東碧梧桐(1873~1937)がイタリアを経巡り、最終的にヴェネツィアに至る旅をした記録『異国風流』(大正九年)があります。その中からヴェネツィアをご紹介しましょう。
世界紀行文学全集「……ベニスは世界の商業地であったと同時に、ベニス派芸術のルネッサンス時代にすら、一方の覇者ではなかったか。僅か数世紀前のお前達の先祖は、芸術美化の血をお前達にも、満ちてくる潮のように、注ぎかけている筈なのだ。私はいつか、無言の号令を群衆に対してしているような気にもなった。

チラとキャナルのような水の動きが見えた。石畳みの踏み心地が違った。空洞の上を歩む、鈍い音が、雑然と起こった。橋だなと思った、がそこらに露店めいたいろんな店が、ずっと軒を並べているので、橋を渡るような眺望もなければ、大キャナルを渡る気分もしないのであった。

これが、有名なリアルト橋なんだ。昔は東西ベニスを繋ぐ唯一の交通でもあった。この橋を挟んで、歴史つきの建物が屈指に遑ないほどある。ベニスの商人のシャイロックの物語にも出て来る。長さが百五十七呎あって、幅が七十二呎あるという、ベニスの誇りの一つであるところのリアルト橋……。まァそういう気分のする長い橋であった。

私は始めて、群衆の渦中に投じている私の位置を明らかに指示されたように思った。私はベニスの大通りを歩いている。群衆もそれぞれの用達しの用を持っている。何かの祭や一揆や示威運動のそれではないのだ。有閑階級の散歩や、カフェーの女あさりでもないのだ。どこに行く方向も、何をする要用も、希望も事務も、一切の持合せのなかったのは、ただ私一人であったのだ。

私は次第に京都の裏通りを歩いているよりも、もっと狭苦しい、この大通りの、余りに振わないショウウィンドをのぞいて行く余裕を見出した。ここにも目の覚めるような、強烈なる色彩に富んだ花屋があった。間口の極めて狭い、奥行きの果てしないベーカリーもあった。中にも、堂々たるガラスのドアを持った、大きな本屋と、美術写真屋が目についた。それよりも、私の是非見つけて置かなければならなかったのは、英国製両切れを売る煙草屋であった。
……
ベニスにも、こんな別な世界があるのか。私は我に返ってから、この大空地の一端から、敷石の一つ一つを踏み始めた。

この空地は、ベニスの心臓と言われる、サン・マルコの広場であったのだ。左右の勾欄を持った建物は、曾てはベニス最高官の棲んだ記念建築なのだ。最も奥の方に蟠居している怪物、それがサン・マルコの正体であったのだ。紀元後八百年代旧バシリカ風の建築であったものが、同九百年代のビザンチン風に改築され装飾され、其の内部のモザイクは今に、其の時代のベニスの代表作として尊重されている最古の芸術であったのだ。

品川の砲台の上に築かれた町、と見くびってもいいベニスの中に、このピアッツァ・サン・マルコの存在は、それがベニスの心臓であるよりか、ベニスの天国であり、ベニスの極楽浄土であった。サン・マルコの広場を持つことによって、ベニシアンの雄偉な、荘重な、しかも典雅と優婉を失わない画意詩情を代弁するのであった。

エトランジァのユートピアは、心からのベニス憧憬に早変わりするのであった。」
  1. 2015/03/19(木) 00:10:54|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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